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#timelesz
いちごみるく
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#紅一点
いちごみるく
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コメント
4件
めーっちゃ!ヤバいんだけど?!?! 「ねぇ、最後に君から好きって言って。」も楽しみ!! 〇〇ちゃんには、守りたい人がいる。 松村は、それに嫉妬で🚰 __🚰 最高すぎる。これ。ずーっと、読んでたい。
今回の話の詳しい内容はこちらから!!
32話📢
朝。
カーテンの隙間から光が差し込む。
北斗はゆっくり目を開けた。
隣では〇〇がまだ眠っている。
昨日の疲れが残っているのか、珍しく熟睡中だった。
北斗は静かにスマホを手に取る。
通知が異常だった。
北斗「……なんだよ」
ロックを解除する。
真っ先に目に入ったのはSixTONESのグループLINE。
未読146件。
北斗「多すぎだろ」
開く。
ジェシー
『北斗ーーーーーー!!!!』
『起きろーーーーーーー!!!!』
『大変だぞーーーーーーー!!!!』
慎太郎
『朝からジェシーがうるさい笑』
樹
『北斗まだ寝てるだろ』
『起きたら面白いことになりそう』
大我
『朝からすごい反響だね』
高地
『トレンドほとんど埋まってるよ』
ジェシー
『〇〇綺麗すぎる!!!!』
慎太郎
『ビジュアルやばかった』
樹
『北斗大丈夫?』
高地
『〇〇のドレス姿すごく綺麗だったね』
大我
『作品の雰囲気も素敵だった』
ジェシー
『映画絶対観る!!!!』
北斗「……」
嫌な予感しかしない。
Xを開く。
そして固まった。
トレンド1位。
#ねえすき
トレンド2位。
#ねえ、最後に君から好きって言って
トレンド3位。
姫野〇〇
トレンド4位。
高橋文哉
トレンド5位。
姫野高橋
北斗「はぁ……」
ポスターを開く。
夕暮れの海。
純白のドレス姿の〇〇。
そして高橋文哉。
抱き上げられながら見つめ合うシルエット。
北斗は数秒固まった。
綺麗だった。
映画として。
作品として。
悔しいくらいに。
その瞬間。
グループLINEに既読がつく。
樹
『あ、北斗起きた』
慎太郎
『既読ついた笑』
ジェシー
『北斗ーーーーーー!!!!』
高地
『おはよう』
大我
『おはよう北斗』
北斗
『朝からうるさい』
一瞬で返信が飛ぶ。
ジェシー
『生きてたーーーーー!!!!』
慎太郎
『返事きた笑』
樹
『で?感想』
北斗
『〇〇綺麗だった』
グループが一瞬静かになる。
慎太郎
『そこなんだ笑』
高地
『確かに綺麗だったね』
大我
『ドレスすごく似合ってた』
ジェシー
『〇〇世界一ーーーーー!!!!』
樹
『高橋文哉については?』
北斗
『仕事だろ』
樹
『はい出た』
慎太郎
『強がり』
北斗
『うるさい』
ジェシー
『でもめっちゃ面白そうだった!!!!』
大我
『設定が切ないね』
高地
『最後の一言気になるなあ』
樹
『北斗映画館で泣く?』
北斗
『泣かない』
慎太郎
『泣く』
ジェシー
『泣く!!!!』
高地
『泣きそう』
大我
『泣くと思う』
樹
『満場一致』
北斗
『お前ら』
その時。
隣で〇〇が小さく動いた。
〇〇「……ん」
北斗の視線がそちらへ向く。
寝起きで髪が少し乱れている。
昨日の疲れが残っているのか、まだ眠そう。
〇〇「おはよ……」
北斗「おはよ」
〇〇は目を擦りながら起き上がる。
何も知らない顔。
その瞬間。
〇〇のスマホが震えた。
一回。
二回。
三回。
止まらない。
〇〇「……?」
スマホを見る。
通知99+。
橋本環奈。
永瀬廉。
マネージャー。
映画公式。
事務所。
共演者。
〇〇「なにこれ」
北斗は苦笑する。
北斗「トレンド見てみ」
〇〇「え?」
〇〇がXを開く。
数秒後。
寝室に声が響いた。
〇〇「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
北斗のスマホがまた震える。
グループLINE。
ジェシー
『〇〇気付いた!?!?!?』
樹
『絶対今叫んでる』
慎太郎
『想像つく笑』
北斗
『叫んだ』
樹
『ほらな』
ジェシー
『当たったーーーーーー!!!!』
高地
『想像通りだったね』
大我
『〇〇らしいね』
そして隣では。
トレンド1位の画面を見たまま。
〇〇がまだ固まっていた。
〇〇「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
寝起きとは思えない声が部屋に響く。
北斗は思わず笑った。
〇〇「なにこれ!?」
〇〇「1位!?」
〇〇「え!?」
〇〇「待って待って待って!」
北斗「落ち着け」
〇〇「無理!!」
〇〇はベッドの上で正座になった。
スマホを両手で持ちながらひたすらスクロールする。
〇〇「え、記事いっぱい出てる」
〇〇「トレンド埋まってる」
〇〇「姫野高橋って何!?」
北斗「知らん」
〇〇「私も知らん」
その時。
電話が鳴る。
画面。
高橋文哉。
〇〇「あ」
北斗「……」
〇〇「文哉だ」
北斗「出れば」
〇〇「出る」
即答。
電話に出る。
〇〇「もしもし!」
高橋『おはよー』
〇〇「おはよー!」
高橋『見た?』
〇〇「今見た!びっくりした!」
高橋『俺も朝から通知やばい』
〇〇「トレンド1位だよ!?」
高橋『すごいよな』
二人ともテンションが高い。
撮影以来久しぶりなのか楽しそうだった。
〇〇「ポスターめっちゃ綺麗だった!」
高橋『俺も思った』
〇〇「海寒かったよね」
高橋『寒かった笑』
〇〇「覚えてる?」
高橋『もちろん』
二人で笑う。
北斗は静かに天井を見る。
〇〇「コメント読んだよ」
高橋『俺も読んだ』
〇〇「沈黙の芝居とか言ってたじゃん」
高橋『あれ本音だから」
〇〇「あのシーン楽しかったもんね」
高橋『〇〇とだからできた部分もあったし』
〇〇「嬉しいこと言うじゃん」
高橋『事実です』
また笑う。
仲がいい。
北斗は知っていた。
前の共演から仲が良いことも。
連絡を取り合ってることも。
撮影現場で息が合うことも。
全部知ってる。
知ってるけど。
朝から聞くのはちょっとしんどい。
その時。
SixTONESグループLINE。
樹
『今何してる?』
慎太郎
『〇〇起きた?』
ジェシー
『北斗ーーーーー!!!!』
北斗
『今高橋文哉と電話してる』
送信。
3秒。
既読4。
樹
『あー』
慎太郎
『あー』
高地
『あー』
大我
『あー』
ジェシー
『あーーーーーーーーーー!!!!』
北斗
『うるさい』
樹
『朝からキツいな』
北斗
『別に』
慎太郎
『嘘つけ』
大我
『仲良いもんね』
高地
『再共演だしね』
ジェシー
『北斗頑張れ!!!!』
北斗
『何を』
その横で。
〇〇はまだ楽しそうに話している。
〇〇「公開したら一緒に観に行こうよ」
高橋『行く行く』
〇〇「感想聞きたい」
高橋『俺も』
北斗「……」
樹
『北斗』
北斗
『何』
樹
『顔怖くなってない?』
北斗
『なってない』
慎太郎
『なってる』
高地
『なってそう』
大我
『なってるね』
ジェシー
『絶対なってる!!!!』
北斗は無言でスマホを伏せた。
その時。
〇〇が振り返る。
〇〇「北斗!」
北斗「ん?」
〇〇「文哉がよろしくって!」
高橋『北斗くんおはようございますー!』
スマホ越しに聞こえる声。
北斗は数秒止まって。
北斗「……おはようございます」
〇〇は楽しそうに笑った。
そして北斗は思う。
今日は長い一日になりそうだと。
〇〇「じゃあまた連絡するね!」
高橋『はーい』
〇〇「公開楽しみにしてる!」
高橋『俺も』
〇〇「じゃあねー!」
高橋『じゃあねー!』
通話が切れる。
〇〇はベッドへ倒れ込んだ。
〇〇「びっくりしたぁ……」
北斗「朝から騒がしいな」
〇〇「だってトレンド1位だよ!?」
北斗「そうだな」
〇〇「しかも記事めっちゃ出てる」
〇〇はスマホを見ながら次々スクロールする。
〇〇「え、すご」
〇〇「有休取るって人いる」
北斗「気合い入ってるな」
〇〇「ありがたい」
少し照れながら笑う。
その時。
また着信。
橋本環奈。
〇〇「あ、環奈」
通話に出る。
〇〇「もしもし?」
環奈『おめでとーーーー!!』
〇〇「うるさっ!」
環奈『見たよ!?』
〇〇「見た見た!」
環奈『トレンド1位じゃん!』
〇〇「私もびっくりしてる!」
環奈『てか文哉くんとの再共演激アツなんだけど』
〇〇「あはは」
環奈『ファン絶対喜ぶじゃん』
〇〇「思ったより反応すごくてびっくり」
環奈『そりゃそうだよ!』
環奈『しかもビジュアルやばかったし!』
〇〇「綺麗だったよね」
環奈『〇〇のドレス姿綺麗すぎ』
〇〇「照れる」
環奈『文哉くんから連絡きた?』
〇〇「さっき電話した」
環奈『早っ!』
〇〇「向こうからかかってきた」
環奈『仲良しだなぁ』
〇〇「まあ前から仲良いし」
環奈『だよねー』
北斗「……」
〇〇は全く気にせず笑っている。
環奈『公開したら舞台挨拶いっぱいありそう』
〇〇「ありそう」
環奈『楽しみにしてる!』
〇〇「ありがと!」
電話が切れる。
その直後。
SixTONESグループLINE。
樹
『まだ高橋文哉の話してる?』
北斗
『今は環奈』
慎太郎
『何その報告笑』
高地
『実況してるの?』
大我
『状況説明助かる』
ジェシー
『北斗頑張れーーーーーー!!!!』
北斗
『だから何を』
樹
『色々』
慎太郎
『色々だな』
北斗
『うるさい』
〇〇がその時。
北斗の隣へ移動してくる。
〇〇「見て見て」
スマホを差し出す。
記事だった。
『姫野〇〇×高橋文哉、伝説コンビ再集結』
〇〇「伝説コンビだって」
楽しそうに笑う。
北斗「へぇ」
〇〇「文哉にも送った」
北斗「送ったのか」
〇〇「そしたら“伝説らしいです”って返ってきた」
北斗「ふーん」
〇〇「笑った」
〇〇は記事を読み続ける。
〇〇「沈黙の芝居ってめっちゃ書かれてる」
北斗「実際そうだったの?」
〇〇は少し考えた。
〇〇「うん」
〇〇「文哉ってちゃんと受けてくれるから」
〇〇「変に作らなくても自然に芝居できるんだよね」
北斗は静かに聞いていた。
〇〇「今回もすごくやりやすかった」
仕事の話。
役者としての話。
それはちゃんと分かる。
その時。
グループLINE。
樹
『北斗』
北斗
『何』
樹
『嫉妬してる?』
北斗
『してない』
慎太郎
『嘘』
高地
『嘘だね』
大我
『嘘だと思う』
ジェシー
『100%してるーーーーーー!!!!』
北斗
『お前ら暇か』
樹
『図星』
慎太郎
『図星』
ジェシー
『図星ーーーーーー!!!!』
北斗はスマホを伏せた。
〇〇「どうした?」
北斗「朝からうるさい」
〇〇「ジェシー?」
北斗「主犯」
〇〇「あはは」
楽しそうに笑う。
北斗は小さく息を吐いた。
映画が公開されたら。
舞台挨拶。
番宣。
雑誌。
インタビュー。
これから何度も見ることになる。
『姫野〇〇×高橋文哉』
その文字を。
〇〇はまだ記事を読んでいる。
〇〇「え、これすごい」
北斗「何が」
〇〇「トレンドほぼ埋まってる」
〇〇「文哉も入ってる」
北斗「見れば分かる」
〇〇「あはは」
〇〇は楽しそうだった。
純粋に作品が広まって嬉しい。
そんな顔。
その時。
またスマホが鳴る。
〇〇「ん?」
メッセージ。
高橋文哉。
〇〇「あ」
北斗「また?」
〇〇「また」
北斗「仲良いな」
〇〇「まあね」
悪気ゼロ。
北斗は天井を見た。
〇〇「見て」
スマホを向ける。
文哉
『記事多すぎて追いつかない』
文哉
『トレンド1位おめでとうございます』
〇〇
『おめでとうございます』
〇〇
『公開まだなのにすごいね』
文哉
『公開したらどうなるんだろ』
〇〇
『怖い』
〇〇は笑う。
北斗「……」
〇〇「文哉もびっくりしてる」
北斗「そう」
その時。
SixTONESグループLINE。
樹
『北斗』
北斗
『何』
樹
『また高橋文哉?』
北斗
『なんで分かる』
慎太郎
『図星で草』
高地
『分かりやすい』
大我
『顔に出てそう』
ジェシー
『北斗頑張れーーーーーー!!!!』
北斗
『だから何を』
〇〇「誰?」
北斗「樹」
〇〇「あー」
〇〇は納得する。
その時。
ジェシーからグループに画像。
映画ポスター。
ジェシー
『綺麗!!!!』
慎太郎
『確かに綺麗』
高地
『雰囲気いいね』
大我
『映画館で見たら映えそう』
樹
『北斗保存した?』
北斗
『してない』
樹
『嘘』
慎太郎
『してそう』
高地
『してそう』
大我
『してると思う』
ジェシー
『絶対してるーーーーーー!!!!』
北斗
『してない』
実は。
記事を開いて閉じてを何回も繰り返していた。
〇〇「何笑ってるの?」
北斗「別に」
〇〇「怪しい」
その時。
マネージャーから電話。
〇〇「もしもし?」
マネージャー『起きてる?』
〇〇「起きてます」
マネージャー『今日は朝から取材依頼と問い合わせがすごい』
〇〇「そんなに?」
マネージャー『かなり』
〇〇「えぇ」
マネージャー『公開まで忙しくなると思う』
〇〇「頑張ります」
電話が終わる。
〇〇「忙しくなるらしい」
北斗「だろうな」
〇〇「番宣いっぱいあるかも」
北斗「そうだろうな」
〇〇「文哉ともまた会うかも」
北斗「そうだろうな」
〇〇「?」
〇〇は首を傾げる。
〇〇「なんか今日返事適当じゃない?」
北斗「普通」
〇〇「普通かなぁ」
北斗は視線を逸らした。
その瞬間。
グループLINE。
樹
『北斗』
北斗
『何』
樹
『バレ始めてるぞ』
慎太郎
『頑張れ』
高地
『ファイト』
大我
『応援してる』
ジェシー
『北斗ーーーーーー!!!!』
北斗
『お前ら仕事しろ』
〇〇「なんか今日変じゃない?」
北斗「別に」
〇〇「絶対変」
北斗「気のせい」
〇〇「気のせいじゃない」
〇〇は北斗の顔を覗き込む。
近い。
北斗は思わず視線を逸らした。
〇〇「ほら」
北斗「何が」
〇〇「逸らした」
北斗「普通」
〇〇「普通じゃない」
〇〇はじーっと見てくる。
北斗はため息をついた。
その時。
〇〇のスマホ。
ピコン。
〇〇「あ」
またメッセージ。
高橋文哉。
北斗「……」
〇〇「文哉だ」
北斗「そう」
〇〇「何だろ」
〇〇は普通に開く。
文哉
『取材のスケジュール来た?』
〇〇
『まだ』
文哉
『こっちは来た』
文哉
『結構ある笑』
〇〇
『やばそう笑』
文哉
『また会う回数増えそうだね』
〇〇
『よろしくお願いします』
文哉
『こちらこそ』
〇〇「あー忙しくなりそう」
北斗「そう」
〇〇「文哉も同じこと言ってる」
北斗「そう」
〇〇「……」
今度は〇〇が北斗を見る。
〇〇「絶対何かある」
北斗「ない」
〇〇「ある」
北斗「ない」
〇〇「ある」
北斗「ない」
〇〇「子供か」
北斗「お前がな」
〇〇は笑う。
でもすぐ真顔になる。
〇〇「もしかして」
北斗「何」
〇〇「映画?」
北斗「違う」
〇〇「記事?」
北斗「違う」
〇〇「文哉?」
北斗「……」
一瞬。
沈黙。
〇〇「え」
北斗「別に」
〇〇「文哉?」
北斗「別に」
〇〇「文哉じゃん」
北斗「違う」
〇〇「文哉だ」
北斗「違う」
〇〇「文哉だ」
北斗「違う」
〇〇「文哉だ」
北斗「……」
〇〇が吹き出した。
〇〇「あはははは!」
北斗「笑うな」
〇〇「ごめん無理」
北斗「笑うなって」
〇〇「だって」
〇〇はお腹を抱える。
〇〇「分かりやすすぎる」
北斗「分かりやすくない」
〇〇「分かりやすい」
その時。
SixTONESグループLINE。
樹
『どう?』
北斗
『バレた』
慎太郎
『あーあ』
高地
『早かったね』
大我
『予想通り』
ジェシー
『北斗ーーーーーーー!!!!』
樹
『お前顔に出るんだよ』
北斗
『うるさい』
〇〇「誰?」
北斗「樹」
〇〇「絶対樹だと思った」
また笑う。
北斗はソファの背にもたれた。
〇〇「大丈夫だって」
北斗「何が」
〇〇「文哉は文哉」
北斗「……」
〇〇「仕事仲間だよ」
当たり前みたいに言う。
〇〇にとっては本当にそうなんだろう。
北斗はその顔を見る。
嘘をついている顔じゃない。
ただ純粋に。
信頼している共演者。
それだけ。
〇〇「それに」
北斗「?」
〇〇は首を傾げた。
〇〇「なんで北斗がそんな気にするの」
北斗「……」
〇〇「ん?」
北斗「知らん」
〇〇「なにそれ」
〇〇は笑う。
でも北斗は笑えなかった。
だってその理由だけは。
まだ言えないから。
〇〇「やばい遅れる!」
寝室から声が響く。
北斗はリビングでコーヒーを飲みながら笑った。
北斗「まだ時間あるだろ」
〇〇「ない!」
クローゼットの前。
〇〇は服を何着も並べている。
黒のプリーツミニスカート。
白のオフショルニット。
ロングブーツ。
シルバーアクセ。
韓国アイドルみたいなコーデ。
〇〇「これかな」
鏡の前で合わせる。
北斗がちらっと見る。
北斗「寒くない?」
〇〇「若者は寒さに負けません」
北斗「お前もう十分大人だろ」
〇〇「聞こえなーい」
〇〇は髪を巻き始める。
ゆるく韓国風に。
前髪も整える。
メイクも少しだけ。
ナチュラルだけどしっかり盛れている。
〇〇「よし」
全身を鏡で確認。
ミニスカートにロングブーツ。
肩が少し見える白ニット。
細めのシルバーネックレス。
完全に若者コーデ。
〇〇「どう?」
北斗は数秒見る。
〇〇「どう?」
北斗「可愛い」
即答。
〇〇「即答じゃん」
北斗「可愛いから」
〇〇「珍しい」
北斗「事実」
〇〇は満足そうに笑った。
その時。
スマホが鳴る。
〇〇「あ」
文哉。
北斗「……」
〇〇は普通に開く。
文哉
『おはよう』
文哉
『今日取材よろしく』
〇〇
『おはよー』
〇〇
『よろしく!』
文哉
『朝からトレンド見て疲れた笑』
〇〇
『分かる笑』
〇〇「あはは」
北斗「……」
〇〇「文哉も通知すごいらしい」
北斗「そう」
〇〇「またその返事」
北斗「普通」
〇〇「普通じゃない」
北斗「普通」
〇〇は笑う。
バッグを肩に掛ける。
黒の小さめショルダーバッグ。
〇〇「よし」
玄関へ向かう。
スニーカーを履く。
〇〇「行ってきまーす」
北斗「行ってらっしゃい」
〇〇「今日いっぱい取材してくる」
北斗「頑張れ」
〇〇「頑張る」
ドアを開ける。
そして振り返る。
〇〇「可愛かった?」
北斗「可愛かった」
また即答。
〇〇「よし」
満足そうな笑顔。
〇〇「じゃあ行ってきます」
北斗「気を付けて」
〇〇「はーい」
ドアが閉まる。
静かになる部屋。
北斗は数秒玄関を見つめた。
その後スマホを見る。
トレンド。
『姫野〇〇』
『高橋文哉』
『姫野高橋』
北斗「……」
その瞬間。
SixTONESグループLINE。
樹
『〇〇仕事行った?』
北斗
『行った』
慎太郎
『今日取材だろ?』
北斗
『らしい』
ジェシー
『文哉くんもいるーーーーーー!!!!』
北斗
『うるさい』
高地
『朝から元気だね』
大我
『北斗分かりやすい』
北斗
『うるさい』
樹
『嫉妬頑張れ』
北斗
『してない』
慎太郎
『出た』
ジェシー
『してるーーーーーー!!!!』
北斗はスマホをソファへ放り投げた。
グループLINEはもう見ない。
どうせ樹とジェシーが騒ぐだけだ。
北斗「……」
静かになったリビング。
さっきまで〇〇がいたのに。
急に広く感じる。
テーブルの上には飲みかけの水。
ソファには〇〇が置いていったクッション。
北斗はそれを見つめる。
数十分前まで。
ここで笑っていた。
トレンドを見て騒いで。
文哉からの連絡で笑って。
仕事の話をして。
北斗「仕事だからな」
自分に言い聞かせる。
何度も。
分かっている。
共演者。
仲の良い友達。
それだけ。
でも。
記事を開けば。
『姫野〇〇×高橋文哉』
『再共演』
『伝説コンビ』
『最高の空気感』
そんな文字ばかり。
北斗「はぁ……」
ソファに深く座る。
その時。
スマホが震えた。
〇〇。
北斗はすぐ開く。
〇〇
『忘れ物した』
北斗
『何』
〇〇
『イヤホン』
北斗はテーブルを見る。
確かにあった。
北斗
『ある』
〇〇
『終わった』
北斗
『取りに来る?』
〇〇
『もう車乗った』
〇〇
『マネージャーに怒られた』
北斗
『アホ』
〇〇
『ひどい』
北斗
『事実』
数秒後。
〇〇
『あと』
北斗
『?』
〇〇
『可愛いって2回言った』
北斗「……」
北斗
『だから』
〇〇
『珍しい』
北斗
『そうか』
〇〇
『ちょっと嬉しかった』
北斗の指が止まる。
〇〇
『じゃあ仕事行ってきます!』
〇〇
『北斗も頑張ってね!』
北斗
『頑張れ』
既読。
そしてすぐ。
〇〇
『はーい!』
北斗は思わず笑った。
さっきまでのモヤモヤが少しだけ軽くなる。
北斗「単純だな俺」
誰もいない部屋で小さく呟く。
それでも。
仕事が終われば。
また帰ってくる。
その事実だけで少し安心している自分がいた。
北斗「行ってきます」
誰もいない部屋に声をかける。
鍵を閉める。
エレベーターへ向かう。
スマホを見る。
〇〇からはもう連絡はない。
たぶん移動中。
北斗は車に乗り込んだ。
マネージャー「おはようございます」
北斗「おはようございます」
車が走り出す。
マネージャー「〇〇さんすごいですね」
北斗「何がですか」
マネージャー「映画ですよ」
北斗「ああ」
マネージャー「朝から問い合わせ凄いらしいです」
北斗「らしいですね」
マネージャー「事務所も盛り上がってます」
北斗は窓の外を見る。
事務所の後輩も先輩も。
みんな〇〇の話をしているらしい。
昔からそうだった。
現場に行けば誰かがいる。
人が集まる。
それが〇〇だった。
撮影現場に到着。
スタッフ「おはようございます!」
北斗「おはようございます」
スタジオへ入る。
すると。
共演者A
「北斗くん!」
北斗「おはようございます」
共演者A
「見たよ映画!」
北斗「……」
始まった。
共演者B
「トレンド1位だったね!」
共演者A
「〇〇ちゃん凄いな!」
共演者C
「高橋文哉くんとのやつでしょ?」
北斗「そうですね」
共演者A
「ポスター綺麗だった!」
共演者B
「ドレス姿やばかったね」
共演者C
「事務所大盛り上がりじゃない?」
北斗「そうみたいですね」
北斗は苦笑する。
スタッフまで参加してくる。
スタッフ
「〇〇さんほんと凄いですよね」
スタッフ
「どこ行っても人気者」
スタッフ
「昨日も事務所の人話してましたよ」
北斗「そうですか」
その時。
別のスタッフが笑いながら言う。
スタッフ
「〇〇さん現場でも人気ですもんね」
スタッフ
「共演者みんな仲良くなるし」
スタッフ
「人脈すごい」
共演者A
「確かに」
共演者B
「俺も前共演したけど連絡くれた」
共演者C
「めちゃくちゃ気遣いできるもん」
北斗「そうですね」
それは本当だった。
〇〇は昔からそう。
先輩にも。
後輩にも。
スタッフにも。
自然に話しかける。
だから現場に行けば誰かが寄ってくる。
その頃。
別のスタジオ。
〇〇「おはようございまーす!」
スタッフ
「〇〇ちゃんおはよう!」
共演者
「〇〇ー!」
別の共演者
「久しぶり!」
さらに。
高橋文哉
「おはよう」
〇〇「おはよー!」
〇〇の周りにはすぐ人が集まる。
スタッフ。
共演者。
ヘアメイク。
マネージャー。
笑い声が絶えない。
そんな様子を北斗は知らない。
しかし。
北斗の現場では。
共演者A
「〇〇ちゃん今日取材だよね?」
共演者B
「高橋文哉くんと一緒?」
共演者C
「また話題になるだろうな」
北斗「でしょうね」
共演者A
「北斗くんも観る?」
北斗「観ますよ」
共演者B
「楽しみだな」
共演者C
「泣きそう」
北斗「俺は泣きません」
共演者たちが笑う。
共演者A
「絶対泣くじゃん」
共演者B
「泣く顔想像できる」
共演者C
「〇〇ちゃんの映画なら余計に」
北斗「泣きません」
そう言いながら。
心の中では少しだけ思っていた。
公開されたら。
たぶん誰よりも真剣に観るだろうな、と。
ーーーーーーーーー
🌃🌙
玄関のドアが開く。
〇〇「ただいまー……」
返事はない。
静かな部屋。
〇〇はその場で大きく息を吐いた。
朝から取材。
雑誌。
動画撮影。
インタビュー。
映画の話。
ずっと喋りっぱなし。
〇〇「疲れたぁ……」
靴を脱ぐ。
バッグを置く。
そのままソファへ倒れ込んだ。
スマホが震える。
北斗からだった。
〇〇はすぐ開く。
北斗
『ごめん』
北斗
『撮影押してる』
北斗
『かなり長引きそう』
北斗
『先に寝てて』
〇〇「まだ仕事なんだ」
時計を見る。
もう夜。
かなり遅い時間だった。
〇〇
『了解』
〇〇
『頑張って』
数秒後。
既読。
北斗
『ありがとう』
北斗
『帰ったら静かにするから』
〇〇
『別に起きてるかも』
北斗
『寝ろ』
〇〇
『はいはい』
北斗
『ちゃんとご飯食べろ』
〇〇
『食べる』
北斗
『風呂も入れ』
〇〇
『お母さん?』
北斗
『違う』
〇〇
『北斗ママ』
北斗
『切るぞ』
〇〇は思わず笑った。
少し疲れが飛ぶ。
スマホを置く。
静かな部屋。
朝はあんなに賑やかだったのに。
急に広く感じた。
〇〇「……」
ソファに座ったまま部屋を見回す。
北斗のマグカップ。
クッション。
読みかけの本。
全部いつも通り。
でも本人がいない。
〇〇「遅いな」
ぽつりと呟く。
自分でも驚く。
昔は一人の時間なんて平気だった。
むしろ好きだった。
でも今は。
仕事が終わって帰ってきて。
「ただいま」
と言った時。
返事がないと少し寂しい。
〇〇「何考えてるんだろ」
苦笑する。
立ち上がる。
冷蔵庫を開ける。
適当に飲み物を取り出す。
その時。
今日の取材を思い出した。
何十回も聞かれた。
『高橋文哉さんとの再共演について』
『息ぴったりですね』
『仲が良いですよね』
『伝説コンビと言われていますが』
〇〇「すごかったな今日」
ソファへ戻る。
スマホを見る。
SNS。
記事。
映画関連の投稿。
まだ盛り上がっている。
〇〇「公開までまだあるのに」
笑ってしまう。
でも。
今日一番聞かれた質問より。
今気になるのは。
〇〇「北斗まだかな」
その一つだった。
窓の外を見る。
夜の街。
まだ帰ってくる気配はない。
〇〇はクッションを抱きしめながら。
もう一度北斗とのLINEを開いた。
〇〇「……まだかな」
ソファに座ったままスマホを見る。
最後のLINE。
北斗
『先に寝てて』
〇〇「寝れるわけないじゃん」
そう言いながら。
朝から働きっぱなしだった身体は正直だった。
目が重い。
スマホを胸の上に置く。
クッションを抱える。
テレビもつけていない。
静かなリビング。
〇〇「ちょっとだけ……」
そう思って目を閉じる。
数分後。
完全に寝ていた。
クッションを抱いたまま。
ソファの端で小さく丸くなって。
スマホは手から落ちそうになっている。
それからしばらくして。
玄関のドアが静かに開いた。
北斗「ただいま……」
小さな声。
深夜だった。
撮影は予想以上に長引いた。
疲れた身体でリビングへ向かう。
そして。
北斗「……」
ソファを見る。
〇〇がいた。
寝ている。
北斗「だから寝ろって言ったのに」
苦笑する。
近づく。
髪が少し顔にかかっている。
スマホは今にも落ちそう。
北斗はそっとスマホを取った。
画面。
最後に開いていたのは北斗とのLINE。
北斗は少し目を細める。
〇〇「ん……」
寝言。
北斗「起きるなよ」
小さく呟く。
しかし。
〇〇は起きない。
完全に寝ている。
北斗はしばらく見つめた後。
そっと身体をかがめる。
腕を背中へ。
もう片方を膝の下へ。
軽く持ち上げる。
〇〇「んー……」
北斗「重くなったな」
〇〇「……うそつき」
寝言だった。
北斗は思わず笑う。
〇〇は目を開けない。
ただ北斗の服を少し掴む。
北斗「起きてる?」
返事なし。
寝ている。
完全に。
北斗はそのまま寝室へ向かった。
静かな部屋。
〇〇の寝息だけが聞こえる。
長かった一日がようやく終わろうとしていた。
北斗はそっと〇〇をベッドへ寝かせた。
〇〇「ん……」
北斗「起きないか」
布団を掛ける。
〇〇は無意識に布団へ潜り込んだ。
完全に寝ている。
北斗は少し笑う。
そして部屋を出る。
リビングへ戻る。
テーブルの上には飲みかけのペットボトル。
ソファにはクッション。
〇〇が待ちながら寝落ちしたことが分かる。
北斗「ほんとに……」
ため息をつく。
でも少し嬉しかった。
自分を待っていたことが。
キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開ける。
適当に水を飲む。
スマホを見る。
時刻は深夜一時過ぎ。
北斗「疲れた」
今日の撮影を思い出す。
朝から夜まで。
ずっと働きっぱなし。
そして。
どこへ行っても。
〇〇の映画の話。
『見ましたよ』
『トレンド1位ですね』
『高橋文哉くんとの映画』
『再共演楽しみです』
何回聞いただろう。
北斗は苦笑した。
その時。
寝室の方から。
ドン。
北斗「?」
続いて。
ドサッ。
北斗「おい」
慌てて寝室へ向かう。
ドアを開ける。
〇〇「……」
床。
北斗「何してんだよ」
ベッドから落ちていた。
〇〇は半分寝ながら。
〇〇「んー……」
北斗「大丈夫か」
〇〇「ほくとー……」
北斗「はいはい」
〇〇は目を開けない。
完全に寝ぼけている。
〇〇「おかえり……」
北斗が少し止まる。
〇〇はまだ夢の中。
〇〇「おそい……」
北斗「ごめん」
〇〇「まってた……」
北斗は思わず笑った。
〇〇「ねちゃった……」
北斗「知ってる」
〇〇「ごめん……」
北斗「謝るな」
〇〇はまた眠そうに目を閉じる。
北斗は身体を支える。
そしてもう一度ベッドへ。
〇〇「ん……」
今度は落ちないように壁側へ寝かせた。
〇〇は無意識に北斗の服の袖を掴む。
北斗「……」
離そうとしても離れない。
〇〇「やだ……」
北斗「何が」
〇〇「いかないで……」
寝言。
完全に寝言。
それなのに。
北斗の心臓は少しだけ速くなる。
〇〇「さみしい……」
北斗は数秒黙った。
そして。
ベッドの横に腰を下ろす。
北斗「どんだけ寝言多いんだよ」
小さく笑う。
〇〇は安心したように。
すぐ深い眠りへ戻った。
北斗はそんな寝顔を見ながら。
今日一日の疲れが少しだけ消えていくのを感じていた。
北斗はベッドの横に座ったままだった。
〇〇は完全に眠っている。
さっきまで。
「いかないで」
「さみしい」
なんて寝言を言っていたのに。
今は静かな寝息だけ。
北斗「反則だろ……」
小さく呟く。
本人は何も覚えていない。
それが一番厄介だった。
〇〇の手はまだ北斗の袖を掴んでいる。
離そうとする。
ぎゅっ。
北斗「……」
さらに強く掴まれた。
〇〇「んー……」
北斗「寝てるくせに」
思わず笑う。
結局そのまま座り続けた。
暗い寝室。
聞こえるのは〇〇の寝息だけ。
北斗は今日のことを思い出す。
朝。
映画解禁。
トレンド1位。
高橋文哉。
再共演。
伝説コンビ。
一日中その話だった。
現場でも。
移動中も。
休憩中も。
スマホを開いても。
どこを見ても。
〇〇と高橋文哉。
北斗「はぁ……」
小さく息を吐く。
嫉妬なんて格好悪い。
分かっている。
仕事だ。
役者同士だ。
それも分かっている。
でも。
好きな人が褒められているのを見るたび。
嬉しいのに。
少し苦しくなる。
そんな自分がいた。
〇〇「ほくと……」
北斗の思考が止まる。
寝言。
また寝言。
北斗「何」
思わず返事をしてしまう。
もちろん返ってこない。
〇〇「……」
静かになる。
北斗は笑った。
北斗「聞こえてないか」
しばらくして。
ようやく〇〇の手が緩む。
北斗はそっと袖を抜いた。
立ち上がる。
そして寝顔を見る。
無防備。
警戒心ゼロ。
信頼しきった顔。
北斗は前髪をそっと避けた。
〇〇「ん……」
北斗「寝ろ」
小さく呟く。
そして部屋を出る。
洗面所。
鏡を見る。
北斗「重症だな」
自分で笑ってしまう。
樹たちが言う通りだった。
バレバレだ。
今さら隠せるレベルじゃない。
好きだ。
ずっと。
何年も前から。
でも。
言えない。
今の関係が壊れるのが怖い。
家に帰ればいる。
笑っている。
くだらない話をする。
それだけで幸せだった。
だから。
告白なんてできなかった。
北斗は顔を洗う。
冷たい水。
少し頭が冷える。
リビングへ戻る。
スマホを見る。
樹から個人LINE。
樹
『まだ起きてる?』
北斗
『起きてる』
樹
『〇〇帰った?』
北斗
『帰った』
樹
『よかったな』
北斗
『何が』
樹
『分かるだろ』
北斗
『分からん』
樹
『今日も嘘下手だな』
北斗は既読だけつけた。
するとすぐ。
樹
『寝ろよ』
樹
『明日も仕事だろ』
北斗
『お前もな』
樹
『俺はもう寝る』
北斗
『おやすみ』
樹
『おやすみ』
LINEが終わる。
部屋は静かだった。
北斗は最後にもう一度だけ寝室を見る。
少し開いたドアの向こう。
〇〇は気持ちよさそうに眠っていた。
北斗「おやすみ」
聞こえるはずもない声でそう言って。
ようやく自分も眠りにつくため部屋へ向かった。
ーーーーーーーーー
北斗side
翌朝。
北斗が起きた時には、〇〇はもう起きていた。
キッチンから物音が聞こえる。
北斗「おはよ」
〇〇「おはよー」
何事もなかったような朝。
昨日の寝言も。
ソファで寝落ちしたことも。
本人は全く覚えていなかった。
〇〇「今日も取材だー」
北斗「頑張れ」
〇〇「頑張る」
笑いながら家を出ていく。
そこからの一週間は、本当にあっという間だった。
毎日どこかで『ねえすき』の話題を見た。
朝起きれば記事。
移動中はSNS。
現場に行けばスタッフや共演者。
誰かしらが必ず話題にする。
「見ましたよ」
「映画楽しみです」
「トレンド凄かったですね」
「高橋文哉くんとの再共演熱いですね」
最初は返事をしていた。
でも三日目くらいから。
北斗は苦笑いしかできなくなっていた。
現場でも同じ。
共演者A「〇〇ちゃん忙しそうだね」
共演者B「番宣かなり入ってるらしいよ」
共演者C「今週だけで何本取材受けてるんだろ」
北斗「さあ」
本当に忙しかった。
朝早く出て。
夜遅く帰る。
〇〇と家ですれ違う日も増えた。
それでも。
帰れば必ず何か痕跡がある。
冷蔵庫に貼られたメモ。
『今日も頑張ってね』
テーブルの上のお菓子。
『もらったから半分どうぞ』
ソファに置きっぱなしのクッション。
そんな小さいものばかり。
でも。
家に帰ってそれを見るたび。
少し安心していた。
四日目。
朝。
北斗が起きると。
リビングのテーブルに付箋。
『先に出ます!今日は雑誌取材3本!』
『死ぬ!』
北斗は思わず笑った。
夜。
帰宅。
〇〇はソファで原稿を読んでいた。
〇〇「おかえり」
北斗「ただいま」
〇〇「疲れた」
北斗「顔に出てる」
〇〇「今日だけで同じ質問20回くらいされた」
北斗「何て?」
〇〇「文哉くんとの再共演どうですか?」
北斗「……」
〇〇「もう言いすぎて覚えてない」
〇〇は笑っていた。
本当に仕事として話している。
それは分かる。
分かるのに。
やっぱり少しだけモヤモヤした。
五日目。
映画のティザー映像解禁。
またトレンド入り。
仕事中。
スタッフがスマホを見せてくる。
「北斗くん見ました?」
「〇〇ちゃん凄いね」
「めちゃくちゃ泣けそう」
北斗も見た。
ほんの数十秒の映像。
でも。
夕暮れの海。
振り返る〇〇。
その向こうに立つ高橋文哉。
完成度が高かった。
悔しいくらい。
北斗は思った。
売れる。
この映画。
絶対に。
六日目。
久しぶりに二人とも少し早く帰れた日。
〇〇はソファでぐったりしていた。
〇〇「疲れたぁ」
北斗「お疲れ」
〇〇「北斗」
北斗「ん?」
〇〇「肩痛い」
北斗「自業自得」
〇〇「冷たい」
そんな他愛ない会話。
でも。
その時間が妙に嬉しかった。
忙しい一週間だったからこそ。
余計に。
七日目。
日曜日。
北斗は朝から仕事だった。
移動中。
スマホを開く。
映画公式。
新しいオフショット。
〇〇と高橋文哉が笑っている写真。
コメント欄は大盛り上がり。
『このコンビ最高』
『再共演ありがとう』
『空気感が好き』
『公開が待てない』
北斗は画面を閉じた。
そして窓の外を見る。
気付けば。
この一週間ずっとそうだった。
〇〇の映画の話を聞かない日はなかった。
それだけ注目されている。
それだけ期待されている。
嬉しかった。
本当に。
自分のことみたいに嬉しかった。
でも。
その感情の隣には。
ずっと小さな嫉妬もあった。
帰宅した夜。
玄関を開ける。
リビングから笑い声。
〇〇がいた。
電話中だった。
〇〇「だからそれ違うって!」
楽しそうに笑う声。
相手は高橋文哉らしい。
北斗はすぐ分かった。
〇〇も北斗に気付く。
〇〇「あ、おかえり」
北斗「ただいま」
〇〇は電話を続ける。
楽しそうだった。
自然だった。
北斗はそのままキッチンへ向かった。
コップに水を入れる。
そして思う。
この一週間。
何度も思ったこと。
〇〇は変わらない。
いつも通り。
誰に対しても優しい。
誰とでも仲良くなる。
それが〇〇だ。
分かっている。
なのに。
好きな気持ちだけは。
日に日に大きくなっていた。
ーーーーーーーーー
🌃次の日の夜だった。
北斗は仕事を終えて家へ帰った。
時計は22時過ぎ。
玄関を開ける。
静かだった。
北斗「ただいま」
返事はない。
分かっている。
今日は〇〇は打ち上げ。
一つ前のドラマの打ち上げだった。
久しぶりにキャストもスタッフも集まるらしい。
北斗はバッグを置く。
冷蔵庫を開ける。
適当に水を飲む。
静かだった。
最近忙しくて。
二人ともすれ違ってばかり。
今日も朝しか顔を合わせていない。
ソファへ座る。
スマホを見る。
SNS。
〇〇の名前。
映画の記事。
高橋文哉。
また見慣れた文字。
北斗は画面を消した。
その時。
スマホが震える。
〇〇だった。
北斗はすぐ開く。
〇〇
『まだ終わらなそう』
〇〇
『ごめん』
北斗
『気にするな』
〇〇
『楽しいけど疲れた』
北斗
『飲みすぎるなよ』
〇〇
『飲んでない』
北斗
『ならいい』
〇〇
『帰ったら話聞いて』
北斗
『いいよ』
〇〇
『やった』
北斗は少し笑う。
でも。
その後だった。
SNSを何気なく開いた。
ドラマ関係者の投稿。
打ち上げ会場。
キャスト集合写真。
〇〇がいる。
楽しそうに笑っている。
それだけならよかった。
次の写真。
〇〇と共演俳優。
肩を並べて笑っている。
次。
別の俳優。
次。
スタッフ。
次。
キャスト全員。
どの写真にも〇〇がいる。
中心で笑っている。
コメント欄。
『愛され座長』
『みんなに愛されてる』
『現場の太陽』
『〇〇ちゃん最高』
北斗はスマホを閉じた。
分かっている。
昔からそうだった。
〇〇はどこへ行っても中心になる。
悪い意味じゃない。
人が集まる。
自然と。
だから。
好きになった。
でも。
最近は少し苦しかった。
映画。
高橋文哉。
取材。
再共演。
ドラマ打ち上げ。
共演者。
スタッフ。
後輩。
先輩。
誰とでも楽しそうに笑う。
北斗だけじゃない。
当たり前だ。
分かっている。
分かっているのに。
北斗「……」
ソファにもたれる。
天井を見る。
疲れていた。
仕事も。
感情も。
全部。
時計を見る。
23時。
まだ帰ってこない。
23時半。
まだ帰ってこない。
0時を過ぎた。
北斗はリビングにいた。
テレビもつけていない。
スマホだけがテーブルの上で光っている。
〇〇から連絡はない。
北斗「……」
最初は気にしていなかった。
打ち上げだから。
久しぶりの再会もある。
話も盛り上がる。
遅くなることだってある。
そう思っていた。
でも。
0時半。
連絡なし。
1時。
連絡なし。
北斗はスマホを見る。
最後のLINE。
〇〇
『帰ったら話聞いて』
それだけ。
北斗「遅いな……」
電話をかける。
呼び出し音。
出ない。
北斗は眉をひそめる。
切る。
もう一度。
出ない。
三回目。
出ない。
四回目。
出ない。
北斗の表情が変わった。
最近はストーカー騒動も落ち着いていた。
警備も以前ほど厳しくない。
今日も送りはなく。
タクシーで帰る予定だった。
だから余計に嫌な予感がする。
北斗「何してんだよ……」
リビングを歩き回る。
時計は1時15分。
もう打ち上げは終わっているはずだった。
SNSを開く。
ドラマ共演者の投稿。
『最高のチームでした!』
『打ち上げ終了!』
一時間以上前の投稿。
つまり。
とっくに解散している。
北斗はもう一度電話をかける。
出ない。
LINE。
既読つかない。
電話。
出ない。
北斗「頼むから出ろよ……」
その時。
スマホが震えた。
知らない番号。
北斗は即座に出る。
北斗「もしもし」
『あ、北斗くん?』
聞き覚えのある声。
同じ事務所の後輩だった。
北斗「え?」
『今〇〇さんと一緒です』
北斗はその場で目を閉じる。
力が抜けた。
北斗「無事か」
『無事です』
北斗「そうか……」
本気で安心した。
ここ一時間。
最悪の想像ばかりしていた。
後輩『ただ』
北斗「?」
後輩『めちゃくちゃ酔ってます』
北斗「……は?」
後輩『歩けないです』
北斗「……」
後輩『今寝てます』
北斗は額を押さえた。
後輩『今から送ります』
北斗「頼む」
後輩『はい』
電話が切れる。
北斗はソファに座る。
ようやく安心できる。
そう思った。
しかし。
30分後。
帰ってこない。
1時45分。
帰ってこない。
2時。
帰ってこない。
北斗「……」
再び電話をかける。
後輩。
出ない。
北斗「は?」
もう一度。
出ない。
もう一度。
出ない。
北斗は立ち上がる。
嫌な汗が出る。
さっきまで安心していたのに。
また不安が押し寄せる。
北斗「おい……」
後輩にも電話。
出ない。
〇〇にも電話。
出ない。
後輩。
出ない。
〇〇。
出ない。
北斗「ふざけんな」
時計は2時10分。
家まで来るだけならとっくに着いている。
何かあったのか。
事故か。
トラブルか。
北斗は最悪の想像を振り払う。
その時。
スマホが震えた。
後輩からだった。
北斗は即座に出る。
北斗「今どこ」
声が低い。
後輩『すみません!』
北斗「どこ」
後輩『実は』
北斗「どこ」
後輩『〇〇さんの住所知らないです』
北斗「……は?」
後輩『スマホ開けられなくて』
北斗「は?」
後輩『マネージャーさんも帰ってて』
北斗「は?」
後輩『だから』
北斗「だから?」
後輩『とりあえず俺の家向かってました』
北斗「……」
空気が凍る。
後輩『北斗くん?』
北斗「位置情報送れ」
後輩『いや違うんです』
北斗「位置情報送れ」
後輩『はい』
電話が切れる。
数秒後。
位置情報が届いた。
北斗はスマホを握りしめる。
そして玄関へ向かった。
だが。
ドアノブに手をかけた瞬間。
北斗「あ」
車。
北斗は持っている。
だが。
ペーパー免許だった。
普段運転しない。
深夜。
焦っている状態。
今乗る方が危険だった。
北斗「くそ……」
すぐスマホを操作する。
タクシーアプリ。
現在地。
呼ぶ。
到着予定七分。
北斗「長い」
普段なら短い。
今は異常に長く感じる。
エレベーター。
マンションのエントランス。
外。
夜風が強い。
北斗は腕時計を見る。
2時14分。
まだ七分。
北斗「……」
スマホを見る。
後輩から連絡はない。
〇〇もない。
今どんな状態なのか。
何しているのか。
全く分からない。
頭の中に色んな想像が浮かぶ。
北斗は無理やり振り払う。
数分後。
ようやくタクシーが到着した。
北斗は後部座席へ乗り込む。
運転手
「どちらまで?」
北斗「ここです」
位置情報を見せる。
タクシーが発進する。
信号待ち。
長い。
全部長い。
北斗は何度もスマホを見る。
既読はつかない。
連絡もない。
北斗「……」
運転手がミラー越しに見る。
少し心配そうだった。
北斗はそれにも気付かない。
ただ窓の外を見ていた。
二十分。
三十分。
ようやく目的地近く。
北斗のスマホが震える。
後輩。
北斗は即座に出る。
北斗「着いたか」
後輩『着いてます』
北斗「〇〇は」
後輩『寝てます』
北斗「……」
後輩『全然起きません』
北斗は深いため息をつく。
後輩『北斗くん?』
北斗「今着く」
電話を切る。
数分後。
タクシーが止まる。
北斗は料金を払う。
急いで降りる。
マンション前。
そして。
ベンチに座る後輩。
その肩にもたれて眠る〇〇。
北斗の足が止まる。
〇〇「……すぅ」
完全に寝ている。
後輩は北斗に気付いた。
後輩「北斗くん!」
その声に。
北斗の中で張り詰めていたものが少し切れた。
怒りじゃない。
安堵だった。
本当に。
無事だった。
ただそれだけでよかった。
北斗はゆっくり近付く。
〇〇の顔を見る。
頬は赤い。
眠そうというより。
完全に寝ている。
北斗「おい」
〇〇「……」
反応なし。
北斗「〇〇」
〇〇「ん……」
少しだけ動く。
そして。
うっすら目を開ける。
〇〇「……」
北斗を見る。
数秒。
〇〇「ほくと?」
北斗「そう」
〇〇「……」
また数秒。
〇〇は安心したように笑った。
〇〇「いたぁ……」
その一言で。
北斗は怒る気を完全になくした。
北斗「帰るぞ」
〇〇「んー……」
〇〇は半分寝たまま。
後輩の肩にもたれている。
後輩も困ったように笑った。
後輩「本当にすみません」
北斗「いや」
後輩「俺もまさかここまで酔うと思わなくて」
北斗「だろうな」
後輩「普段全然飲まないですもんね」
北斗は頷く。
知っている。
誰よりも。
〇〇は酒に弱い。
北斗は〇〇の前にしゃがんだ。
北斗「〇〇」
〇〇「……」
北斗「帰るぞ」
〇〇はゆっくり目を開ける。
そして北斗を見た。
〇〇「ほくと……」
北斗「そう」
〇〇「おそい」
北斗「遅いのはお前」
〇〇「へへ」
全然反省していない。
北斗はため息をつく。
そして。
〇〇の腕を肩に回した。
立たせる。
しかし。
〇〇「むりー」
足に力が入らない。
後輩「ですよね」
北斗「だろうな」
次の瞬間。
北斗はそのまま〇〇を抱き上げた。
〇〇「わぁ」
後輩「おぉ」
〇〇は驚いた顔をした後。
すぐ北斗の首元へ顔を埋める。
〇〇「ほくとだ」
北斗「うるさい」
〇〇「ほくとー」
北斗「静かにしろ」
〇〇「かっこいい」
後輩「……」
北斗「黙れ」
〇〇は楽しそうに笑う。
完全に酔っ払いだった。
後輩は苦笑する。
後輩「じゃあお願いします」
北斗「ああ」
後輩「本当にすみませんでした」
北斗「むしろ助かった」
後輩は少し安心した顔をする。
そして頭を下げた。
北斗も軽く手を上げる。
そのままタクシーへ向かった。
後部座席。
〇〇を先に乗せる。
しかし。
〇〇はすぐ北斗の腕を掴んだ。
〇〇「いくな」
北斗「行かない」
〇〇「ほんと?」
北斗「ほんと」
〇〇「よかった」
子供みたいだった。
北斗も隣へ座る。
ドアが閉まる。
タクシーが走り出した。
〇〇は数秒後。
北斗の肩へ頭を預けた。
北斗「……」
〇〇「ねむい」
北斗「寝ろ」
〇〇「ん」
そのまま目を閉じる。
静かになる。
北斗は窓の外を見た。
さっきまでの不安が嘘みたいだった。
帰ってこない。
連絡もない。
電話も出ない。
あの時間が長すぎた。
だから。
今こうして隣にいるだけで安心する。
〇〇「……ほくと」
北斗「ん?」
〇〇「おこってる?」
北斗は少し黙る。
〇〇は目を閉じたまま。
眠そうな声。
北斗「……少し」
〇〇「ごめん」
北斗「明日覚えてたら聞く」
〇〇「わかった」
そう言った数秒後。
〇〇の呼吸が深くなる。
寝た。
完全に。
北斗は小さく笑う。
そして。
眠る〇〇の頭が揺れないようにそっと支えた。
タクシーは静かな夜道を走り続けた。
ーーーーーーーーー
あの深夜の出来事から一週間。
北斗は自分でも分かるくらい変わっていた。
正確には。
変わらざるを得なかった。
あの日。
連絡が取れなくなった数時間。
あの感覚が頭から離れなかった。
だから翌朝。
〇〇が起きてきた瞬間。
北斗は珍しく真面目な顔で言った。
北斗「約束」
〇〇「ん?」
北斗「ストーカーの件が完全に終わるまで」
〇〇「うん」
北斗「23時までには帰る」
〇〇「……」
北斗「マネージャーか警備がいない日は特に」
〇〇は少し気まずそうな顔をした。
昨日のことを思い出したらしい。
〇〇「ごめんなさい」
北斗「聞いてない」
〇〇「ごめんなさい」
北斗「だから聞いてない」
〇〇「本当に反省してます」
北斗「知ってる」
それが二人の約束になった。
そして。
そこからの一週間。
北斗は自分でも驚くくらい〇〇を気にしていた。
月曜日。
仕事終わり。
22時18分。
スマホを見る。
LINEなし。
北斗「……」
22時22分。
北斗
『終わった?』
既読。
数秒後。
〇〇
『今終わった!』
〇〇
『帰る!』
北斗は無意識に安心していた。
火曜日。
撮影中。
休憩。
スマホを見る。
22時47分。
〇〇からLINE。
『タクシー乗った!』
北斗
『了解』
それだけ。
それだけなのに。
安心する。
水曜日。
現場。
スタッフ。
「〇〇ちゃん映画すごいですね」
「毎日記事出てる」
「高橋文哉くんとのコンビ人気すごい」
北斗「そうですね」
笑う。
ちゃんと笑う。
でも以前ほどSNSを見なくなった。
見ると余計な感情が出るから。
木曜日。
22時55分。
〇〇から電話。
〇〇『あと五分』
北斗『何が』
〇〇『23時』
北斗『知らん』
〇〇『守った』
北斗『小学生か』
〇〇『えらい?』
北斗『普通』
〇〇『ひどい』
そんなやり取りをしながら帰宅。
玄関を開けた瞬間。
〇〇『ただいまー!』
北斗『おかえり』
それだけで少し安心する。
金曜日。
仕事が押した。
22時50分。
LINEなし。
22時55分。
LINEなし。
23時。
北斗は少し落ち着かなくなる。
23時03分。
〇〇
『ごめん!』
〇〇
『あと10分!』
北斗
『位置送れ』
送られてくる。
北斗
『了解』
たったそれだけ。
でも。
一週間前の自分なら平気だった。
今は違う。
土曜日。
〇〇の映画取材。
朝から夜まで。
家を出る時。
〇〇「行ってきます」
北斗「行ってらっしゃい」
〇〇「今日遅いかも」
北斗「何時」
〇〇「22時くらい」
北斗「ならいい」
〇〇「保護者?」
北斗「違う」
〇〇「保護者だ」
北斗「違う」
〇〇は笑いながら出ていった。
日曜日。
珍しく二人とも早く帰宅。
ソファ。
テレビ。
コンビニスイーツ。
〇〇「平和だ」
北斗「平和だな」
〇〇「最近毎日連絡してる」
北斗「約束だから」
〇〇「心配性」
北斗「誰のせいだ」
〇〇「ごめんなさい」
北斗「そればっか」
〇〇「だって」
〇〇は笑う。
北斗も笑う。
でも。
心の中では違った。
本当は。
約束だからじゃない。
心配だからだ。
好きだからだ。
あの日。
帰ってこない数時間で。
改めて思い知らされた。
〇〇が当たり前に帰ってくる日常は。
当たり前じゃない。
だから。
玄関が開いて。
「ただいま」
が聞こえるたび。
北斗は誰にも言えないまま。
少しだけ安心していた。
ーー
🌃次の日の夜
22時。
北斗は仕事を終えて帰宅した。
玄関を開ける。
当然誰もいない。
今日は〇〇も仕事だった。
しかも打ち上げ。
出かける前。
〇〇「今日は22時半には帰る!」
そう言っていた。
北斗「本当か?」
〇〇「本当」
北斗「信用してない」
〇〇「今回は飲まないから!」
北斗「前も聞いた」
〇〇「今日は絶対!」
そう言って出ていった。
そして今。
22時。
まだ帰っていない。
まあ予定通り。
問題ない。
22時15分。
北斗は風呂へ入る。
22時25分。
出てくる。
スマホを見る。
連絡なし。
北斗「……」
22時30分。
約束の時間。
LINEなし。
既読もなし。
北斗は少し眉をひそめた。
まあ。
五分くらいはある。
22時35分。
なし。
22時40分。
なし。
22時45分。
なし。
北斗はソファへ座る。
スマホを見る回数が増える。
22時50分。
ようやくLINE。
北斗はすぐ開いた。
〇〇
『ごめん!』
〇〇
『もう少しかかる!』
北斗
『何時』
既読。
しかし返信が来ない。
北斗「……」
23時。
返信なし。
23時10分。
返信なし。
23時15分。
返信なし。
北斗は電話をかけた。
呼び出し音。
出ない。
切れる。
もう一度。
出ない。
北斗「おい」
嫌な予感が蘇る。
あの日。
連絡が取れなくなった夜。
酔いつぶれた〇〇。
後輩。
深夜二時。
あの記憶。
23時20分。
もう一度電話。
出ない。
LINE。
既読つかない。
北斗は立ち上がる。
リビングを歩く。
23時30分。
帰ってこない。
23時40分。
帰ってこない。
北斗「まさか……」
打ち上げ。
酒。
〇〇。
最悪の組み合わせだった。
スマホを開く。
SNS。
共演者の投稿。
『打ち上げありがとうございました!』
『最高のチーム!』
『解散!』
一時間以上前。
つまり。
とっくに終わっている。
北斗の顔が曇る。
23時50分。
電話。
出ない。
0時。
帰ってこない。
北斗は深く息を吐く。
前回と違う。
今回は約束した。
23時までには帰ると。
だから余計に不安だった。
その時。
スマホが震える。
北斗は即座に見る。
しかし。
〇〇じゃない。
樹だった。
樹
『起きてる?』
北斗
『起きてる』
樹
『〇〇帰った?』
北斗
『帰ってない』
既読。
数秒。
樹から電話。
北斗は出る。
樹『まだ?』
北斗「ああ」
樹『連絡は』
北斗『ない』
樹『……』
北斗『前回思い出す』
樹『落ち着け』
北斗『落ち着いてる』
樹『その声全然落ち着いてない』
北斗は黙る。
時計は0時05分。
外は静かだった。
家の中も静かだった。
なのに。
胸の中だけが異常に騒がしい。
北斗は何度もスマホを見る。
通知は来ない。
既読もつかない。
玄関も開かない。
そして。
0時12分。
突然。
スマホの画面が光った。
着信。
〇〇。
北斗は反射的に通話ボタンを押した。
0時12分。
突然。
スマホの画面が光った。
着信。
〇〇。
北斗は反射的に通話ボタンを押した。
北斗「もしもし」
〇〇『あ』
聞こえた瞬間。
少し安心した。
ちゃんと本人だ。
北斗「どこ」
〇〇『ごめん』
北斗「どこ」
〇〇『今帰る』
北斗「今どこ」
〇〇『二次会』
北斗「は?」
〇〇『少人数の』
北斗は目を閉じた。
樹との通話は切っていたが。
今なら絶対笑われると思った。
〇〇『本当にごめん』
北斗「……」
〇〇『一次会終わった後』
〇〇『監督と主演と数人だけで』
〇〇『ご飯行こうってなって』
北斗「連絡は」
〇〇『スマホ見てなかった』
北斗「……」
〇〇『ごめんなさい』
北斗は大きく息を吐く。
怒っている。
でも。
事故じゃない。
酔いつぶれてもいない。
無事。
それだけで十分だった。
北斗「飲んだ?」
〇〇『飲んでない』
北斗「本当に」
〇〇『本当に』
北斗「前科あるからな」
〇〇『今日はお茶』
北斗「ならいい」
〇〇『怒ってる?』
北斗「少し」
〇〇『ごめんなさい』
北斗「何時に帰る予定だった」
〇〇『22時半』
北斗「今何時」
〇〇『0時……』
北斗「分かってるじゃん」
電話の向こうで。
〇〇が小さく笑う。
〇〇『怒られた』
北斗「当たり前」
〇〇『でもちゃんと帰る』
北斗「今から?」
〇〇『今から』
北斗「誰と」
〇〇『みんなで駅まで』
〇〇『その後タクシー』
北斗「着いたら連絡」
〇〇『はい』
北斗「タクシー乗ったら連絡」
〇〇『はい』
北斗「家着く前も連絡」
〇〇『多くない?』
北斗「多くない」
〇〇『保護者だ』
北斗「違う」
〇〇『保護者だ』
北斗「違う」
〇〇は電話越しに笑っている。
楽しそうだった。
北斗は少しだけ肩の力を抜いた。
〇〇『ねえ』
北斗「ん?」
〇〇『待ってて』
北斗「……」
〇〇『帰ったら話すから』
北斗「分かった」
〇〇『30分くらい』
北斗「了解」
〇〇『じゃあ帰る』
北斗「気を付けろ」
〇〇『はーい』
通話が切れる。
静かになる。
北斗はスマホを見つめた。
そしてソファへ座る。
数秒後。
樹からLINE。
樹
『生きてた?』
北斗
『生きてた』
樹
『よかったな』
北斗
『二次会だった』
樹
『は?』
北斗
『少人数』
樹
『お前可哀想』
北斗
『うるさい』
樹
『帰ってきたら説教な』
北斗
『する』
樹
『絶対しないだろ』
北斗は返信しなかった。
なぜなら。
その言葉が正解だったから。
きっと玄関を開けて。
「ただいま」
と笑われた瞬間。
怒るより先に。
安心してしまうことを。
自分が一番よく知っていた。
0時47分。
玄関のロックが開く音がした。
北斗はソファから立ち上がる。
ようやく帰ってきた。
玄関。
〇〇「ただいまー……」
少し疲れた声。
でも無事だった。
北斗は安堵する。
〇〇は靴を脱ごうとしていた。
北斗「遅かったな」
〇〇「ごめんってー」
近付いた瞬間。
ふわりと酒の匂いがした。
北斗の眉が動く。
北斗「飲んでないんじゃなかったのか」
〇〇「あ」
〇〇は固まる。
〇〇「一杯だけ」
北斗「一杯」
〇〇「乾杯だけ」
北斗「はぁ……」
ため息。
だが。
酔いつぶれるほどではない。
歩いている。
会話も普通。
そこまではよかった。
北斗が視線を上げた時だった。
首元。
髪の隙間。
小さな赤い跡。
北斗の動きが止まる。
〇〇は気付いていない。
靴を脱いでいる。
北斗「……」
空気が変わった。
〇〇「北斗?」
返事がない。
〇〇は顔を上げる。
北斗の表情を見た瞬間。
笑顔が消えた。
〇〇「どうしたの」
北斗「それ」
〇〇「え?」
北斗「首」
〇〇は首に触れる。
分からない。
鏡もない。
北斗は視線を逸らさない。
〇〇「何?」
北斗「それ何」
声が低い。
〇〇は戸惑う。
北斗は一歩近付いた。
北斗「誰につけられた」
〇〇「は?」
北斗「誰」
〇〇「ちょっと待って」
〇〇はスマホを取り出す。
インカメラを開く。
首元を見る。
そして。
〇〇「え?」
固まった。
確かに赤い跡がある。
〇〇「いや」
北斗「いやじゃない」
〇〇「知らない」
北斗「知らない?」
〇〇「本当に知らない」
北斗は黙る。
〇〇も黙る。
数秒。
重い沈黙。
〇〇は必死に思い出そうとする。
二次会。
店。
移動。
写真。
集合。
乾杯。
スタッフ。
監督。
共演者。
〇〇「待って」
北斗「……」
〇〇「たぶんこれ」
北斗「何」
〇〇「今日の衣装」
北斗は眉をひそめる。
〇〇「昼の取材でハイネック着てて」
〇〇「首のタグがずっと当たってた」
〇〇「メイクさんにも赤くなってるって言われた」
北斗は何も言わない。
〇〇は急いでスマホを操作する。
マネージャーとのトーク。
メイクスタッフとの写真。
首元のオフショット。
そこには既に同じ位置の赤みが写っていた。
〇〇「ほら」
北斗は画面を見る。
確かに。
今日の昼。
既にあった。
北斗「……」
〇〇「だから違う」
北斗は視線を落とす。
怒り。
不安。
嫉妬。
全部が一気に押し寄せていた。
〇〇「北斗」
北斗「悪い」
〇〇「……」
北斗「勝手に考えた」
〇〇は少し驚いた顔をした。
北斗が素直に謝るのは珍しい。
北斗はソファへ視線を向ける。
北斗「帰ってこないし」
北斗「連絡ないし」
北斗「酒飲んでるし」
北斗「その状態でそれ見たら」
そこで言葉が止まる。
〇〇は少しだけ目を丸くした。
そして。
小さく笑った。
〇〇「心配したの?」
北斗「した」
即答だった。
〇〇は視線を逸らす。
北斗はもう一度首元を見る。
赤い跡。
さっきの説明。
昼からあった。
確かに写真にも写っていた。
でも。
北斗は違和感を覚えていた。
位置が少し違う。
色も濃い。
北斗「……」
〇〇「何」
北斗「嘘ついてるだろ」
〇〇の肩が僅かに揺れた。
北斗は見逃さなかった。
北斗「誰だ」
〇〇「だから違うって」
北斗「違わない」
〇〇「北斗」
北斗「誰」
〇〇「関係ない」
北斗「関係ある」
空気が変わる。
〇〇の表情も硬くなる。
北斗「今日誰いた」
〇〇「いっぱい」
北斗「その中の誰」
〇〇「知らない」
北斗「知らないわけないだろ」
〇〇「知らない」
北斗「〇〇」
〇〇「知らないって言ってるじゃん!」
玄関に声が響く。
北斗も黙らない。
北斗「じゃあなんで目逸らすんだよ」
〇〇「……」
北斗「なんで誤魔化す」
〇〇「……」
北斗「誰だ」
〇〇は拳を握った。
本当は知っている。
二次会の途中。
酔った後輩が距離感を間違えた。
抱きつかれた時。
首元に跡がついた。
すぐ周囲が引き離した。
本人も青ざめて何度も謝った。
まだデビュー前。
これからの子。
もし名前が出れば終わる。
だから言えなかった。
〇〇「言わない」
北斗「は?」
〇〇「誰かは言わない」
北斗の顔色が変わる。
北斗「庇ってんのか」
〇〇「違う」
北斗「じゃあ言えよ」
〇〇「言えない」
北斗「同じだろ」
〇〇「違う!」
北斗「何が違うんだよ!」
〇〇「守りたいだけ!」
言った瞬間。
しまったと思った。
北斗の目が鋭くなる。
北斗「守りたい?」
〇〇「……」
北斗「誰を」
〇〇「だから」
北斗「誰を守りたいんだよ」
〇〇「関係ない」
北斗「俺には関係あるだろ!」
初めてだった。
ここまで感情を露わにする北斗は。
〇〇も負けずに睨む。
〇〇「じゃあ何!?」
北斗「は?」
〇〇「私のこと信用してないの!?」
北斗「信用の話じゃない!」
〇〇「じゃあ何!」
北斗「お前が隠してるからだろ!」
〇〇「言えない事情だってある!」
北斗「その事情より俺は下かよ!」
静まり返る。
その言葉は。
思わず出た本音だった。
〇〇も固まる。
北斗は顔を逸らした。
言うつもりじゃなかった。
でも止まらなかった。
北斗「最近ずっと心配して」
北斗「帰ってこない日があって」
北斗「連絡取れなくて」
北斗「やっと帰ってきたと思ったら」
北斗は首元を指した。
北斗「これ見せられて」
北斗「平気でいられるわけないだろ」
〇〇は何も言えなかった。
北斗の怒りの奥にあるものが分かったから。
怒っているんじゃない。
傷ついている。
北斗「……もういい」
そう言って北斗はリビングへ向かう。
〇〇「北斗」
北斗「今は話したくない」
低い声だった。
〇〇はその背中を見つめる。
後輩を守りたい。
でも。
北斗を傷つけたいわけじゃない。
玄関に一人残された〇〇は。
どうすればよかったのか分からなくなっていた。
〇〇は黙ったままだった。
北斗も何も言わない。
重い空気。
静かな部屋。
ずっと張り詰めていたものが。
限界だった。
朝から夜まで仕事。
映画。
ドラマ。
CM。
雑誌。
取材。
番宣。
イベント。
気付けば何日連続で休んでいないのかも分からない。
寝る時間すらまともにない。
それでも笑う。
それが仕事だから。
それなのに。
帰ってきたら口論。
説明できない事情。
責められる視線。
全部が一気に押し寄せた。
〇〇「……もういい」
北斗が振り返る。
〇〇は靴を履き直していた。
北斗「おい」
〇〇「もういい」
北斗「どこ行く」
〇〇「知らない」
北斗「知らないって」
〇〇「少し一人になる」
北斗「夜中だぞ」
〇〇「だから?」
北斗「だからじゃない」
〇〇「じゃあ何」
北斗も言葉を失う。
〇〇の目が赤かった。
怒っている。
悲しい。
疲れている。
全部混ざっていた。
〇〇「私だって疲れてる」
北斗「……」
〇〇「毎日朝から夜まで仕事して」
〇〇「休みなんかなくて」
〇〇「帰ってきたらこれ?」
北斗は黙る。
〇〇「誰かを守りたいだけなのに」
〇〇「それも許されないの?」
北斗「そういう話じゃ」
〇〇「もういい!」
初めてだった。
〇〇がここまで声を荒げるのは。
〇〇「今何言っても無駄」
〇〇「だからもういい」
北斗「〇〇」
〇〇「無理」
そして。
玄関のドアを開けた。
北斗の顔色が変わる。
北斗「待て」
〇〇「……」
北斗「今出るな」
〇〇「一人になりたい」
北斗「だからって」
〇〇「少しだけ」
北斗「ダメだ」
即答だった。
最近までストーカー問題があった。
完全には終わっていない。
深夜。
しかも今の精神状態。
一人で外へ出すなんて論外だった。
〇〇「別に平気」
北斗「平気じゃない」
〇〇「平気」
北斗「平気ならこんな顔してない」
その言葉に。
〇〇の目に涙が滲んだ。
でも。
もう止まらない。
〇〇「放っといて」
北斗「無理」
〇〇「放っといてよ!」
北斗「無理だって言ってるだろ!」
再びぶつかる。
〇〇は涙を拭く。
北斗は拳を握る。
どちらも冷静じゃなかった。
〇〇は限界だった。
北斗も限界だった。
〇〇「……最低」
小さく呟く。
北斗の表情が固まる。
〇〇自身も言った瞬間後悔した。
でも。
もう引けなかった。
そのまま。
〇〇は玄関を飛び出した。
バタン。
閉まりかけたドア。
その瞬間。
北斗が腕を掴んだ。
〇〇「っ」
北斗「行くな」
低い声だった。
〇〇は振り返らない。
掴まれた腕だけを見る。
〇〇「離して」
北斗「無理」
〇〇「離して」
北斗「嫌だ」
〇〇「北斗」
〇〇の声は震えていた。
怒りなのか。
悲しみなのか。
自分でも分からなかった。
〇〇「今一人にして」
北斗「できない」
〇〇「なんで」
北斗「分かってるだろ」
〇〇「分かんない」
北斗「分かれよ」
〇〇「分かんない!」
〇〇は腕を振りほどこうとする。
でも北斗は離さない。
強くではない。
逃がさないように。
ただそれだけ。
〇〇「もう嫌」
北斗の表情が揺れた。
〇〇「疲れた」
〇〇「本当に疲れた」
〇〇「毎日仕事して」
〇〇「寝る時間もなくて」
〇〇「帰ってきたら喧嘩して」
涙が溢れる。
〇〇「もう嫌」
北斗は何も言えなかった。
〇〇「少しだけでいいから」
〇〇「一人にしてよ」
北斗「できない」
〇〇「だからなんで!」
北斗「心配だからだよ!」
玄関に響く声。
〇〇が固まる。
北斗も。
言うつもりじゃなかった。
でも止まらなかった。
北斗「お前が帰ってこないだけで」
北斗「連絡取れないだけで」
北斗「何回も電話して」
北斗「何かあったんじゃないかって」
北斗「ずっと考えて」
北斗は息を吐く。
苦しそうに。
北斗「やっと帰ってきたと思ったら」
北斗「またこんなことになって」
〇〇は唇を噛む。
北斗「だから行くな」
〇〇「……」
北斗「頼むから」
その言葉に。
〇〇の肩が震えた。
怒鳴り声じゃない。
命令でもない。
ただの本音だった。
〇〇はゆっくり顔を上げる。
目は真っ赤だった。
〇〇「でも私だって苦しい」
北斗「……」
〇〇「誰も悪くしたくない」
〇〇「守りたいだけなのに」
北斗は少し黙った。
そして。
掴んでいた腕の力を少し緩める。
北斗「……分かってる」
〇〇の目が揺れる。
北斗「分かってるけど」
北斗「今のお前を一人で外に出したくない」
〇〇「もう離して!!」
玄関に声が響いた。
北斗の手が僅かに止まる。
でも離れない。
〇〇「離してって言ってるでしょ!」
北斗「……」
〇〇「一人になりたいの!」
北斗「今のお前を一人にはできない」
〇〇「だからそれが嫌なの!」
北斗の表情が固まる。
〇〇の涙は止まらない。
ずっと我慢していた。
仕事も。
疲れも。
プレッシャーも。
全部。
〇〇「誰も私の話聞いてくれない!」
北斗「聞いてる」
〇〇「聞いてない!」
〇〇は腕を引く。
北斗も苦しそうな顔をした。
〇〇「ずっと自分の気持ちばっかりじゃん!」
北斗「……」
〇〇「心配なのは分かる!」
〇〇「でも私だって限界なの!」
〇〇「毎日働いて!」
〇〇「寝る時間もなくて!」
〇〇「帰ってきたら責められて!」
北斗「責めてるわけじゃ」
〇〇「責めてるじゃん!!」
沈黙。
〇〇の肩が大きく上下する。
呼吸も乱れていた。
〇〇「もう嫌……」
北斗は何も言えない。
〇〇「もう何も考えたくない」
〇〇「だから離して」
北斗「……」
〇〇「お願い」
北斗は目を閉じる。
苦しそうに。
そして。
ゆっくり手を離した。
〇〇の腕が自由になる。
〇〇は一瞬驚いた。
北斗は壁に視線を落としたまま。
北斗「五分」
〇〇「……」
北斗「マンションの前だけ」
〇〇「え」
北斗「一人になりたいならなれ」
北斗「でもどっか行くのはダメだ」
〇〇は何も言えなかった。
北斗も限界だった。
それでも。
危険な夜に一人で行かせることだけはできなかった。
北斗「五分経ったら戻れ」
〇〇「……」
北斗「頼むから」
〇〇は唇を噛む。
怒りもある。
悲しさもある。
でも。
北斗の声も震えていた。
〇〇は何も言わず玄関の外へ出る。
ドアが閉まる。
北斗はその場に立ったまま動けなかった。
リビングの時計の音だけが静かに響いていた。
ーー
〇〇side
〇〇はエレベーターへ向かった。
視界が滲む。
涙が止まらない。
エレベーターのボタンを押す。
扉が開く。
乗り込む。
一人。
静かだった。
鏡に映る自分の顔。
最悪だった。
目は真っ赤。
髪も少し乱れている。
〇〇「……」
壁にもたれる。
仕事。
仕事。
仕事。
毎日仕事。
朝早く起きて。
帰るのは夜中。
映画の宣伝。
取材。
撮影。
CM。
イベント。
覚えることも山ほどある。
失敗もできない。
国民的女優。
そう言われるたびに。
期待は大きくなる。
でも。
誰も疲れないわけじゃない。
チン。
一階に着く。
〇〇はロビーへ出た。
深夜。
人はいない。
大きな窓の向こうに街灯の光だけが見える。
ソファへ座る。
そして。
堪えていたものが溢れた。
〇〇「っ……」
涙が落ちる。
一粒。
二粒。
止まらない。
本当は分かっている。
北斗が心配していたこと。
怒っていたんじゃない。
不安だったこと。
分かっている。
でも。
今日は無理だった。
心が追いつかない。
〇〇「なんで……」
小さく呟く。
後輩を守りたかった。
ただそれだけ。
あの子は悪気なんてなかった。
酔って距離感を間違えただけ。
泣きそうな顔で謝っていた。
これからデビューする。
未来がある。
だから言えなかった。
でも。
北斗にも嘘をつきたくなかった。
結果。
全部中途半端になった。
〇〇は両手で顔を覆う。
涙が止まらない。
〇〇「疲れた……」
ぽつり。
本音だった。
仕事も。
人間関係も。
期待も。
責任も。
全部重かった。
ロビーの時計を見る。
深夜一時。
本当なら。
家で寝ている時間。
なのに。
こんなところで泣いている。
〇〇は膝を抱える。
静かなロビー。
泣き声だけが小さく響く。
そして。
ふと。
スマホが震えた。
画面。
樹。
〇〇「……」
きっと北斗だ。
そう思った。
でも。
電話には出なかった。
今は誰とも話したくなかった。
ただ。
少しだけ。
一人で泣いていたかった。
ーーーー
北斗side
ドアが閉まった。
静かになった部屋。
北斗は玄関に立ったままだった。
追いかければよかったのか。
止めるべきだったのか。
何も分からない。
ただ。
〇〇の泣きそうな顔だけが頭から離れない。
北斗「……」
壁にもたれる。
深く息を吐く。
でも苦しい。
全然落ち着かない。
リビングへ戻る。
ソファに座る。
座った瞬間。
テーブルの上に置かれた〇〇のマグカップが目に入った。
朝飲んでいたココア。
洗う時間もなかったらしい。
北斗は目を閉じた。
思い返す。
最近の〇〇。
毎日朝早い。
帰りは遅い。
帰宅しても台本。
移動中も取材。
休みなんてない。
それは知っていた。
一番近くで見ていたから。
北斗「……最低だな」
小さく呟く。
自分に向けて。
心配していた。
それは本当。
でも。
疲れて帰ってきた〇〇にぶつけるべきじゃなかった。
好きだから。
心配だから。
そんな言い訳。
今の〇〇には関係ない。
スマホを見る。
連絡なし。
ロビーにいることは分かっている。
でも。
迎えに行けばまた怒る。
放っておけば心配。
どうすればいいのか分からない。
その時。
スマホが鳴った。
樹。
北斗は出る。
樹『どうなった』
北斗「喧嘩した」
樹『あー』
北斗「外出た」
樹『は?』
北斗「ロビー」
樹『追いかけろよ』
北斗「今は無理だ」
樹『なんで』
北斗「俺見たら余計怒る」
樹『……』
北斗「泣いてた」
電話の向こうが静かになる。
樹も珍しく何も言わなかった。
北斗「俺が泣かせた」
樹『北斗』
北斗「分かってる」
樹『いや』
北斗「分かってるって」
北斗は顔を覆う。
今までなら。
どんな仕事でも。
どんなスキャンダルでも。
冷静だった。
でも。
〇〇のことだけは無理だった。
樹『好きすぎるんだよ』
北斗「……」
樹『だから冷静じゃない』
北斗は返事をしない。
否定できないから。
樹『でもな』
北斗「ん」
樹『〇〇も限界なんだろ』
北斗「分かってる」
樹『だったら今日は勝ち負けじゃない』
北斗は黙る。
樹『どっちも苦しいだけ』
その言葉が刺さる。
まさにその通りだった。
誰も悪くない。
悪意なんてない。
なのに傷ついている。
北斗「……切る」
樹『ちゃんと迎え行けよ』
北斗「分かってる」
通話が切れる。
静かになる。
時計を見る。
五分なんてとっくに過ぎていた。
でも。
〇〇は戻ってこない。
北斗は立ち上がる。
上着を羽織る。
玄関へ向かう。
そして小さく呟いた。
北斗「ごめん」
聞こえるはずもない。
それでも。
自然と口から出ていた。
次の瞬間。
北斗はエレベーターへ向かった。
ーーー
〇〇side
一方その頃。
ロビーのソファに座る〇〇。
涙は止まっていた。
でも。
胸の中はぐちゃぐちゃだった。
仕事。
映画。
ドラマ。
取材。
期待。
責任。
そして北斗との喧嘩。
全部が一気に押し寄せてくる。
〇〇「……」
深く息を吸う。
苦しい。
ロビーにいても落ち着かない。
頭の中がうるさい。
北斗の言葉が何度も浮かぶ。
『心配だからだよ!』
『頼むから』
『行くな』
分かっている。
全部分かっている。
でも今は。
考えたくなかった。
〇〇は立ち上がる。
時計を見る。
深夜一時過ぎ。
約束。
五分だけ。
マンションの前だけ。
そう言われていた。
でも。
今はその約束すら重かった。
〇〇「少しだけ……」
誰に言うでもなく呟く。
自動ドアの前へ向かう。
警備員はいない時間。
静かなロビー。
そして。
外へ出た。
夜風が頬に当たる。
少し冷たい。
でも気持ちよかった。
〇〇はゆっくり歩く。
マンション前。
本当ならここで止まるはずだった。
でも。
足が止まらない。
少しだけ。
本当に少しだけ。
そう思いながら歩く。
街灯。
静かな道路。
深夜の街。
人はほとんどいない。
〇〇はスマホを見る。
通知。
着信。
LINE。
たくさん来ている。
でも開かない。
今は無理だった。
考えたくない。
誰とも話したくない。
ただ一人になりたい。
その気持ちだけだった。
一方。
エレベーターを降りた北斗。
急いでロビーへ向かう。
しかし。
ソファは空だった。
北斗「……は?」
嫌な予感。
一瞬で全身を走る。
ロビーを見渡す。
いない。
トイレ。
いない。
ラウンジ。
いない。
北斗の顔色が変わる。
北斗「〇〇……」
スマホを取り出す。
電話。
呼び出し音。
出ない。
もう一度。
出ない。
北斗「頼むから……」
胸が嫌な音を立てる。
さっきまでロビーにいたはず。
なのに。
今はいない。
そして。
二人の約束も。
破られていた。
〇〇はロビーを出る直前。
ふと思い出した。
このままではまずい。
今の自分は。
顔が知られすぎている。
映画の情報解禁直後。
街を歩けば気付かれる可能性もある。
〇〇はバッグを開く。
中から黒いキャップを取り出した。
深めに被る。
今日の現場終わりに適当に被っていたものだった。
前髪も中へ入れる。
さらに。
打ち上げ帰りから付けたままだった黒いマスク。
それもそのまま。
鏡代わりにスマホを見る。
目元しか見えない。
帽子のつばも深い。
知らない人が見れば。
ただの若い女性。
それくらいだった。
〇〇「……」
そのまま外へ出る。
夜風が吹く。
少しだけ髪が揺れる。
でも。
誰も気付かない。
誰も見ない。
今だけはそれがありがたかった。
〇〇は歩く。
マンション前を過ぎる。
コンビニを過ぎる。
交差点を曲がる。
どこへ行くわけでもない。
ただ歩く。
頭を空っぽにしたかった。
今日の打ち上げ。
映画。
ドラマ。
北斗。
全部忘れたかった。
スマホが震える。
画面。
北斗。
〇〇は見つめる。
でも出ない。
今話したら。
きっとまた泣く。
だから。
画面を消した。
再び歩く。
深夜一時過ぎ。
静かな住宅街。
誰も〇〇だと気付かない。
帽子。
マスク。
うつむき気味の歩き方。
完全に別人だった。
それでも。
胸の苦しさだけは消えない。
〇〇「疲れたな……」
ぽつりと漏れる。
本音だった。
何も考えたくない。
誰にも見つかりたくない。
そんな気持ちのまま。
〇〇は夜の街を歩き続けていた。
その頃。
ロビーから飛び出した北斗は。
スマホを握りしめながら周囲を探していた。
だが。
帽子とマスクで顔を隠した〇〇が。
既に数百メートル先を歩いていることを。
まだ知らなかった。
〇〇は歩いていた。
涙を拭いても。
また出る。
止まらない。
帽子のつばを下げる。
マスクの中も少し苦しい。
それでも涙は止まらなかった。
〇〇「……」
街灯の光が滲む。
何をしているんだろう。
そう思う。
こんな時間に。
一人で。
泣きながら。
歩いている。
スマホが震える。
また北斗。
見ない。
見たら戻りたくなる。
でも今は戻れない。
〇〇はそのまま歩く。
交差点を渡る。
住宅街を抜ける。
そして。
ふと顔を上げた。
〇〇「あ……」
見覚えのある看板。
韓国風のケーキショップ。
白とシルバーを基調にした店。
透明なガラス。
ネオン。
SNSでも有名な店だった。
しかも珍しく24時間営業。
〇〇「そうだ……」
思い出した。
以前。
雑誌の取材で来たことがある。
ケーキも可愛かった。
夜中でも開いている。
〇〇は立ち止まる。
店内を見る。
深夜だから客は少ない。
数人だけ。
静かだった。
〇〇は少し迷う。
でも。
帰りたくない。
まだ気持ちの整理もできていない。
涙も止まらない。
だから。
吸い寄せられるように店へ向かった。
カラン。
ドアが開く。
甘い香り。
ショーケースには韓国風のホールケーキやカップケーキ。
リボンがついたもの。
ハート型。
シンプルな生クリーム。
全部可愛い。
〇〇は帽子を深く被ったまま。
ショーケースの前へ立つ。
そして。
気付けば少しだけ涙が落ち着いていた。
綺麗なものを見ると。
少しだけ現実から離れられる。
〇〇「……かわいい」
小さく呟く。
店員も気付かない。
誰も〇〇だとは思っていない。
今だけは。
国民的女優でもない。
主演女優でもない。
ただ疲れた一人の女の子だった。
〇〇はショーケースを見つめる。
その時。
スマホがまた震えた。
北斗。
着信。
今度は長く鳴っている。
〇〇は画面を見る。
涙がまた溢れる。
会いたくないわけじゃない。
むしろ。
会いたい。
でも。
今はまだ顔を合わせたら泣いてしまう。
〇〇は震える指でスマホを握る。
そして。
通話ボタンには触れず。
静かに画面を消した。
知らないまま。
北斗は今。
必死に街中を探していることを。
〇〇はショーケースの前に立ったまま動かなかった。
色とりどりのケーキ。
可愛い文字。
韓国風のデザイン。
全部綺麗だった。
泣いていたことを少し忘れるくらい。
〇〇「……」
ゆっくりガラス越しに見ていく。
そして目に止まった。
定番のショートケーキ。
真っ白な生クリーム。
苺。
シンプル。
でも美味しそうだった。
〇〇「これ……」
さらに隣。
リボンが乗ったカップケーキ。
白いクリームの上に小さなピンクのリボン。
まるでプレゼントみたいだった。
〇〇は少しだけ笑う。
〇〇「かわいい」
気付けば。
今日初めて笑っていた。
店員「お決まりですか?」
〇〇「あ、はい」
声を整える。
〇〇「ショートケーキ一つと」
〇〇「このリボンのカップケーキ一つください」
店員「かしこまりました」
箱へ入れてもらう。
その間。
〇〇はスマホを見る。
通知。
北斗。
北斗。
北斗。
着信履歴。
LINE。
全部北斗だった。
〇〇「……」
胸が痛む。
心配しているのは分かっている。
分かっているのに。
今はまだ戻れない。
店員「お待たせしました」
〇〇「ありがとうございます」
支払いを済ませる。
小さな箱を受け取る。
甘い香りがした。
なんだか少し安心する。
〇〇は窓際の席へ向かった。
深夜。
客は少ない。
静かな店内。
帽子。
マスク。
誰にも気付かれない。
〇〇は席に座る。
そして箱を開けた。
ショートケーキ。
リボンのカップケーキ。
可愛い。
本当に可愛い。
〇〇「……」
ふと。
思い出す。
北斗は甘いものが好きだった。
特にショートケーキ。
喧嘩中なのに。
そんなことを思い出してしまう。
〇〇は小さく笑う。
でも。
次の瞬間。
また涙が出た。
〇〇「ばか……」
誰に言ったのか。
自分でも分からなかった。
泣きながら笑う。
そんな変な顔のまま。
〇〇はフォークを手に取った。
〇〇はフォークでショートケーキを少しだけ切った。
ふわふわのスポンジ。
たっぷりの生クリーム。
苺。
一口。
口へ運ぶ。
〇〇「……」
次の瞬間。
少し目を見開いた。
美味しい。
思っていた以上だった。
甘すぎない。
でもちゃんと甘い。
疲れた体に染み込む。
〇〇「おいしい……」
思わず呟く。
今日初めて。
少しだけ力が抜けた。
また一口。
もう一口。
気付けば涙も少し止まっていた。
そして。
無意識だった。
〇〇「これ……」
フォークを止める。
頭に浮かんだのは。
北斗。
〇〇「北斗好きそう」
自然に思った。
いつもなら。
新しいスイーツを見つけた時。
美味しい店を見つけた時。
真っ先に思い浮かぶ。
北斗に食べさせたい。
北斗ならなんて言うかな。
北斗絶対好きだな。
そんなこと。
いつも考えていた。
〇〇はショートケーキを見る。
そして。
リボンのカップケーキを見る。
〇〇「……」
無意識に。
北斗に買って帰ろう。
そう思っていた自分に気付く。
喧嘩しているのに。
さっきまで泣いていたのに。
それでも。
美味しいものを見つけたら。
最初に北斗の顔が浮かぶ。
〇〇「ばか」
小さく笑う。
今度は少しだけ優しい声だった。
本当は分かっている。
北斗も苦しかった。
心配していた。
だから怒った。
〇〇も苦しかった。
だから飛び出した。
どっちも余裕がなかった。
それだけ。
〇〇は箱を見る。
ショートケーキは食べてしまった。
でも。
リボンのカップケーキはまだ綺麗なまま。
〇〇「これ」
少し考える。
北斗にあげたら。
きっと。
「子供じゃない」
とか言いながら食べる。
でも絶対食べる。
〇〇は少しだけ笑った。
さっきより。
少しだけ。
帰りたい気持ちが大きくなっていた。
〇〇はフォークを置いた。
ショートケーキは半分ほどなくなっている。
甘かった。
美味しかった。
少しだけ気持ちも落ち着いた。
でも。
それだけだった。
傷ついたことは消えない。
北斗の言葉。
表情。
全部覚えている。
〇〇は窓の外を見る。
深夜の街。
車が数台通る。
静かだった。
〇〇「……」
帰ろうと思えば帰れる。
今からタクシーに乗れば。
十分もかからない。
玄関を開ければ。
きっと北斗がいる。
でも。
足が向かない。
会ったら。
きっと泣く。
そしてまた。
何も言えなくなる。
〇〇はカップケーキのリボンを見つめた。
さっきまで。
北斗にあげたいと思った。
喜ぶかなって。
そう考えた。
でも。
好きな気持ちと。
傷ついた気持ちは別だった。
〇〇「……」
胸が痛い。
北斗が心配していたのも分かる。
でも。
信じてほしかった。
少なくとも。
あんな風に追い詰めないでほしかった。
今日は本当に限界だった。
朝から仕事。
移動。
取材。
打ち上げ。
気を遣って。
笑って。
また笑って。
ようやく帰った家で。
心まで休めると思った。
なのに。
休めなかった。
〇〇の目からまた涙が落ちる。
一滴。
また一滴。
〇〇「帰れない……」
小さく呟く。
帰りたくないんじゃない。
帰れない。
違う。
まだ帰る準備ができていない。
北斗の顔を見たら。
きっと全部溢れる。
怒りも。
悲しみも。
寂しさも。
全部。
〇〇はスマホを見る。
着信履歴。
北斗。
北斗。
北斗。
北斗。
画面が滲む。
〇〇はそっとスマホを伏せた。
今はまだ出られない。
でも。
会いたくないわけじゃない。
むしろ逆だった。
会いたいから。
好きだから。
傷ついた。
だから余計に苦しい。
〇〇は窓際の席で膝を抱える。
深夜の韓国風カフェ。
甘い香り。
静かな音楽。
それでも。
心の中だけは少しも静かにならなかった。
〇〇は窓の外を見つめていた。
涙は少し落ち着いた。
でも胸の奥は重いまま。
スマホを握る。
北斗からの着信履歴。
何件も並んでいる。
〇〇「……」
会いたい。
帰りたい。
でも。
それとこれとは別だった。
〇〇にとって北斗は大切な存在。
家族みたいで。
親友みたいで。
一番信頼している仲間。
苦しい時に隣にいてくれる人。
嬉しい時に最初に報告したくなる人。
美味しいものを見つけたら食べさせたくなる人。
でも。
それは恋愛とは違う。
少なくとも〇〇はそう思っていた。
だから余計に分からない。
北斗がどうしてあんなに怒ったのか。
どうしてあんな顔をしたのか。
どうしてあんなに苦しそうだったのか。
〇〇「仲間じゃん……」
小さく呟く。
昔からずっとそうだった。
お互い支え合う。
仕事も。
悩みも。
全部。
だから今日も。
帰ったら話を聞いてもらおうと思っていた。
打ち上げであったこと。
後輩のこと。
最近の仕事のこと。
全部。
でも。
気付けば喧嘩になった。
〇〇はリボンのカップケーキを見る。
北斗に買って帰ろうと思った。
それも。
仲間だから。
大切だから。
喜んでほしいから。
ただそれだけ。
〇〇「……」
でも。
北斗は違った。
今日の北斗は。
ただの仲間が見せる顔じゃなかった。
心配を超えていた。
怒りを超えていた。
傷ついていた。
まるで。
大切なものを失いそうになった人みたいに。
〇〇は考えるのをやめた。
今は無理だった。
頭が働かない。
疲れすぎている。
〇〇「帰りたくないわけじゃないんだけどな……」
ぽつりと呟く。
北斗が嫌いなわけじゃない。
むしろ逆。
大好きな仲間。
大切な存在。
だからこそ。
今日の傷は深かった。
〇〇はカップケーキの箱をそっと閉じる。
そして深夜のカフェで一人。
まだ帰る決心がつかないまま。
静かに窓の外を眺め続けていた。
〇〇は席を立った。
ショートケーキは食べた。
でも。
リボンのカップケーキは箱の中。
綺麗なまま残っている。
北斗にあげようと思った。
でも。
今はまだ渡せない。
それでも置いていく気にはなれなかった。
〇〇「持って帰ろ……」
小さく呟く。
レジへ向かう。
店員に軽く会釈。
そして店を出た。
カラン。
ドアが閉まる。
夜風が吹いた。
少し冷たい。
でも。
頭はまだ整理できない。
帰る気になれない。
だからまた歩く。
キャップ。
マスク。
誰も気付かない。
スマホを見る。
着信は止まっていた。
逆にそれが少し寂しかった。
〇〇「……」
自分でも面倒だと思う。
放っておいてほしい。
でも心配はしてほしい。
そんな矛盾した感情。
〇〇はため息を吐く。
そして。
数分後。
24時間営業のコンビニが見えた。
明るい光。
自動ドア。
吸い寄せられるように入る。
ピンポーン。
店内は静かだった。
夜勤の店員。
数人の客。
〇〇は飲み物コーナーへ向かう。
冷たいお茶。
炭酸。
コーヒー。
眺めるだけ。
結局。
温かいミルクティーを手に取った。
今は甘いものが欲しかった。
レジへ向かう途中。
お菓子売り場。
〇〇の足が止まる。
北斗が好きなお菓子。
自然と目に入る。
〇〇「……」
数秒。
悩む。
そして。
一つ手に取る。
喧嘩中なのに。
何やってるんだろう。
思わず苦笑した。
レジを済ませる。
袋の中。
ミルクティー。
北斗の好きなお菓子。
リボンのカップケーキ。
まるで帰る準備みたいだった。
でも。
足はまだ家に向かない。
〇〇はコンビニを出る。
夜空を見上げる。
涙はもう止まっていた。
だけど。
胸の痛みは消えない。
北斗に言われた言葉。
自分が言った言葉。
全部残っている。
〇〇は温かいミルクティーを開けた。
一口飲む。
ほっとする。
でも。
次の瞬間。
ガラスに映った自分の姿が見えた。
キャップを深く被って。
マスクをして。
深夜の街を一人で歩く自分。
国民的女優とは思えない姿。
〇〇「ほんと何してるんだろ……」
そう呟きながら。
行くあてもなく。
夜のコンビニを出て、少し歩いたところで〇〇はふと足を止めた。
ミルクティーの温かさが手の中に残っているのに、街の空気は妙に冷たい。
深夜一時過ぎ。
人通りも少ない。
〇〇はゆっくり歩き出す。
キャップを深く被る。
マスクもそのまま。
誰にも気付かれない。
そう思っていた。
その時だった。
「ねえ」
後ろから声。
〇〇は振り返らない。
「お姉さん」
「一人?」
若い男が二人。
〇〇と同じくらいの年齢だった。
〇〇は無視して歩く。
男①「待ってって」
男②「聞こえてる?」
〇〇「すみません」
〇〇「急いでるので」
短く答える。
そのまま歩こうとする。
しかし。
男①が前へ回り込んだ。
「そんな冷たくしないでよ」
〇〇「……」
男②「ちょっと話すだけじゃん」
〇〇「結構です」
〇〇は横を通り過ぎようとする。
だが。
男①が腕を掴んだ。
〇〇「っ」
一瞬固まる。
男①「いいじゃん」
男②「こんな時間一人なんでしょ?」
〇〇は反射的に腕を引く。
〇〇「離してください」
男①「怖がらなくていいって」
〇〇「離してください」
声が少し強くなる。
だが男は離さない。
〇〇の胸がざわつく。
怖い。
それ以上に。
疲れていた。
今日はもう何も考えたくなかった。
男②「カラオケ行こうよ」
男①「すぐ終わるから」
〇〇「行きません」
男①「なんで?」
〇〇「離してください」
男②「そんな怒んなくても」
再び腕を引かれる。
袋が揺れる。
中のカップケーキがぶつかる音。
〇〇は眉をひそめた。
〇〇「やめてください」
男①「だから少しだけ」
〇〇「嫌です」
男②「えー」
〇〇は周囲を見る。
深夜。
人は少ない。
遠くに車が通るだけ。
胸の奥が苦しくなる。
さっきまで泣いていた。
北斗と喧嘩した。
家を飛び出した。
一人になりたかっただけなのに。
〇〇「離して」
今度ははっきり言う。
男①「だからさ」
〇〇「離してって言ってるでしょ」
声が震える。
怒り。
不安。
疲労。
全部混ざっていた。
それでも男たちは空気を読まない。
男②「そんな警戒しなくても」
男①「俺ら怪しくないし」
〇〇は唇を噛む。
腕を強く引いた。
だが相手も離さない。
手の中のミルクティーが揺れる。
〇〇「本当にやめてください」
その声には。
さっきまで堪えていた涙が滲んでいた。
〇〇「本当にやめてください」
その声には。
さっきまで堪えていた涙が滲んでいた。
男①「そんなに警戒しなくてもさ」
軽い口調のまま。
男①は〇〇の腕を引く。
〇〇「っ」
不意だった。
疲れ切っていた身体は反応が遅れる。
バランスを崩しそうになる。
〇〇「離して!」
男①「だから大丈夫だって」
距離が近くなる。
〇〇は肩を強張らせた。
怖い。
頭の中が真っ白になる。
男②は少し離れた場所で見ながら笑う。
男②「いいなー」
男①「だろ?」
まるで遊びの延長みたいな軽い空気。
でも〇〇にとっては違った。
心臓がうるさい。
手が震える。
〇〇「やめてください……」
声が小さくなる。
涙がまた溢れる。
男①はようやく表情を変えた。
目の前の相手が本気で怯えていることに気付き始める。
〇〇は腕を引こうとする。
でも力が入らない。
今日一日の疲れが重くのしかかる。
男②「おい」
男①「ん?」
男②「さすがに嫌がってるって」
〇〇は俯いたまま。
何も言えない。
ただ震えていた。
深夜の街灯だけが。
静かに三人を照らしていた。
ーーーーーーーーー
北斗side
北斗は走っていた。
夜の街を。
息を切らしながら。
スマホを握りしめて。
電話。
出ない。
LINE。
既読もつかない。
北斗「〇〇……」
焦りが止まらない。
ロビーにいなかった。
約束を破って外へ出た。
その事実だけで嫌な予感しかしなかった。
北斗は交差点を曲がる。
コンビニ。
公園。
駅前。
思いつく場所を片っ端から探す。
でもいない。
北斗「くそ……!」
珍しく声を荒げた。
こんなことほとんどない。
それだけ余裕がなかった。
頭の中には。
さっきの〇〇の顔。
泣きながら。
「もう離して!!」
そう叫んだ顔。
あの顔が離れない。
北斗「ごめん……」
走りながら呟く。
言うべきじゃなかった。
責めるべきじゃなかった。
分かっていた。
〇〇がどれだけ働いているか。
どれだけ疲れているか。
一番近くで見ていたのに。
それなのに。
自分の感情をぶつけた。
北斗は信号も気にせず足を速める。
胸が苦しい。
嫌な想像ばかり浮かぶ。
一人。
深夜。
女の子。
しかも〇〇だ。
北斗は立ち止まる。
スマホを見る。
位置情報は共有していない。
電話も繋がらない。
何も分からない。
北斗「頼むから……」
その時。
脳裏に浮かんだ。
〇〇の癖。
落ち込むと甘いものを食べる。
考え込むと一人で歩く。
そして。
韓国風のスイーツが好き。
北斗の顔が上がる。
北斗「まさか……」
思い当たる店があった。
以前。
〇〇が取材で行っていた店。
24時間営業の韓国風ケーキショップ。
北斗は方向を変える。
再び走り出した。
息が上がる。
汗が滲む。
それでも止まらない。
もしそこにいなかったら。
また探せばいい。
でも。
今は少しでも可能性がある場所へ。
北斗は必死だった。
ただ一つ。
頭の中にあるのは。
〇〇を見つけたい。
それだけだった。
夜風を切りながら。
北斗は全力で走り続ける。
北斗は店の前まで走った。
息が上がる。
額から汗が流れる。
肩で呼吸を繰り返しながらガラス越しに店内を見る。
北斗「……」
いない。
窓際の席。
奥の席。
カウンター。
全部見る。
でも。
いない。
北斗は店に入った。
店員が驚いたように顔を上げる。
北斗は周囲を見回す。
やっぱりいない。
北斗「……はぁ」
胸が締め付けられる。
遅かった。
来ていたのか。
来ていないのか。
それすら分からない。
北斗は店を出る。
夜風が身体を冷やす。
でも頭の中は熱かった。
スマホを見る。
相変わらず連絡はない。
時刻は一時四十分。
もう二時間近く。
〇〇は一人で外にいる。
北斗は拳を握る。
北斗「どこだよ……」
声が掠れる。
街を見渡す。
どこにもいない。
普段なら冷静だ。
仕事でも。
トラブルでも。
感情を表に出さない。
でも今は無理だった。
〇〇のことになると駄目だった。
最悪の想像ばかり浮かぶ。
誰かに声を掛けられていないか。
後をつけられていないか。
何か事故に巻き込まれていないか。
北斗「くそ……!」
思わず街灯を蹴りそうになる。
寸前で止める。
呼吸を整える。
落ち着け。
探せ。
今はそれだけ。
北斗は再び歩き出した。
駅方面。
公園。
大通り。
人が集まりそうな場所。
片っ端から探す。
額の汗が首を伝う。
ジャケットの中も暑い。
それでも止まらない。
その頃。
〇〇は数百メートル先の住宅街近くにいた。
男二人に囲まれ。
腕を掴まれたまま。
まだ北斗は知らない。
探している相手が。
すぐ近くにいることを。
そして。
その表情から笑顔が消えていることを。
〇〇は俯いたままだった。
腕を掴まれている。
逃げたい。
でも身体が重い。
疲れ切っていた。
男②「おい、もういいだろ」
男①「え?」
男②「嫌がってるじゃん」
男①もようやく〇〇を見る。
キャップ。
マスク。
顔は見えない。
でも。
肩が小さく震えていた。
〇〇「……」
声も出ない。
涙だけが零れる。
男①「ごめん」
ようやく手を離した。
〇〇は反射的に一歩下がる。
距離を取る。
袋を抱きしめるように持つ。
男②「大丈夫?」
〇〇は答えない。
答える余裕がなかった。
男①「悪かったって」
〇〇は小さく頭を下げる。
そして。
その場を離れようとした。
その時。
スマホが震える。
北斗。
また着信。
画面を見る。
でも出られない。
今声を聞いたら。
きっと泣いてしまう。
着信が切れる。
また鳴る。
また切れる。
〇〇はスマホを握り締める。
一方その頃。
北斗は大通りへ出ていた。
息が苦しい。
喉が焼ける。
それでも足を止めない。
信号待ち。
その数十秒すら長く感じる。
北斗「どこ行ったんだよ……」
額の汗を拭う。
二時前。
街はさらに静かになっていた。
北斗は周囲を見渡す。
人影は少ない。
その時だった。
少し先。
住宅街へ続く道。
若い男二人が立っているのが見えた。
何気なく視線を向ける。
そして。
その横。
キャップを深く被った小柄な人影。
北斗の足が止まる。
遠い。
顔は見えない。
でも。
見間違えるはずがなかった。
毎日見ている背中。
毎日隣にいる存在。
北斗「……〇〇?」
思わず呟く。
胸が大きく鳴る。
その瞬間。
〇〇はゆっくり顔を上げた。
その目は真っ赤だった。
涙で滲んでいる。
キャップの影。
マスク。
それでも。
北斗には分かった。
泣いている。
ずっと。
泣いていた。
北斗の胸が締め付けられる。
さっき家を飛び出していった時より。
ずっと酷い顔だった。
〇〇も北斗を見つけた。
数十メートル先。
街灯の下。
肩で息をしている北斗。
髪は乱れている。
額には汗。
呼吸も荒い。
明らかに走っていた。
ずっと。
探していた。
〇〇「……」
声が出ない。
北斗も動かない。
男二人は状況が分からない。
男①「知り合い?」
男②「彼氏?」
その言葉に。
北斗の表情が変わる。
だが何も言わない。
視線は〇〇だけを見ていた。
〇〇は北斗を見る。
そして。
初めて気付く。
本当に必死だったんだ。
額の汗。
乱れた呼吸。
今にも倒れそうな顔。
〇〇の胸が痛む。
でも。
傷ついた気持ちも消えていない。
〇〇の目からまた涙が落ちる。
ぽろり。
ぽろり。
北斗は一歩踏み出した。
でも。
〇〇は動かない。
近付きたい。
でも近付けない。
そんな空気。
男②が気まずそうに後ろを見る。
男②「俺ら行く?」
男①「だな……」
さすがに空気を察した。
二人はその場を離れていく。
残されたのは。
北斗と〇〇だけ。
深夜の住宅街。
静かな夜。
北斗はゆっくり近付く。
一歩。
また一歩。
〇〇はその場から動かない。
涙だけが止まらない。
北斗「……ごめん」
掠れた声だった。
最初の言葉は。
それだった。
北斗「ごめん……」
〇〇は唇を噛む。
今まで堪えていたものが。
また溢れそうになる。
北斗はもう目の前まで来ていた。
でも。
手を伸ばさない。
触れない。
ただ。
泣いている〇〇を見ている。
それしかできなかった。
〇〇は俯いた。
涙が止まらない。
さっきまで一人だった。
強がれていた。
でも。
北斗の顔を見た瞬間。
全部崩れた。
北斗「ごめん……」
〇〇「……」
北斗「ごめん」
〇〇は首を振る。
違う。
その一言じゃない。
言いたいことはたくさんある。
でも。
うまくまとまらない。
北斗は〇〇を見る。
街灯の下。
小さく見えた。
いつも誰より強くて。
誰より忙しくて。
誰より笑っているのに。
今は違う。
今にも壊れそうだった。
北斗「探した」
〇〇の肩が震える。
北斗「ずっと探してた」
〇〇「……」
北斗「電話も出ないし」
北斗「どこにもいないし」
北斗は苦笑した。
でも目は笑っていない。
北斗「死ぬかと思った」
〇〇の目からまた涙が落ちる。
〇〇「……」
北斗「本当に」
北斗「怖かった」
その言葉に。
〇〇は初めて顔を上げた。
北斗の目も少し赤かった。
汗だらけで。
息もまだ整っていない。
本当に探していたんだ。
〇〇「……」
北斗「でも」
北斗は言葉を切る。
苦しそうだった。
北斗「ごめん」
北斗「俺が悪かった」
〇〇の唇が震える。
北斗「〇〇が疲れてるの分かってた」
北斗「ずっと見てた」
北斗「なのに」
北斗「俺」
北斗「自分のことしか考えてなかった」
〇〇は俯く。
違う。
北斗だけじゃない。
自分も悪かった。
でも。
それでも。
傷ついた。
〇〇「……あんな言い方」
北斗が顔を上げる。
〇〇「ひどい」
声が震える。
〇〇「ずっと頑張ってたのに」
〇〇「帰ったら」
〇〇「北斗に話聞いてもらおうと思ってたのに……」
涙が溢れる。
〇〇「なのに」
〇〇「なんであんなこと言うの……」
北斗は何も言えない。
〇〇「私だって」
〇〇「疲れてた……」
〇〇「もう限界だったのに……」
声が途切れる。
北斗は目を閉じた。
全部その通りだった。
反論できない。
〇〇は泣きながら続ける。
〇〇「仕事ばっかりで」
〇〇「朝から夜まで働いて」
〇〇「帰って」
〇〇「やっと帰れたと思ったのに……」
北斗「……うん」
〇〇「苦しかった」
北斗の胸が締め付けられる。
〇〇は泣いている。
怒っている。
傷ついている。
全部自分が原因だった。
数秒。
沈黙。
夜風だけが吹く。
そして。
〇〇の手から。
コンビニの袋が少し滑った。
北斗が反射的に受け止める。
その時。
袋の中が見えた。
リボンのカップケーキ。
北斗は固まる。
〇〇も気付いた。
しまった。
そう思った。
北斗はしばらく黙る。
そして。
小さく聞いた。
北斗「……これ」
〇〇は答えない。
北斗「俺の?」
〇〇の顔がさらに赤くなる。
泣いているのに。
変な空気だった。
〇〇「……知らない」
北斗「知らないじゃないだろ」
〇〇「知らない」
北斗「嘘つけ」
〇〇「うるさい」
北斗は思わず笑った。
本当に少しだけ。
今日初めて。
〇〇はそんな北斗を見て。
また涙が出た。
でも。
さっきまでの涙とは少し違っていた。
北斗は袋を持ったまま。
しばらく黙っていた。
〇〇は気まずくなって視線を逸らす。
泣いた顔も見られている。
カップケーキも見られた。
最悪だった。
北斗「……帰ろう」
静かな声だった。
〇〇は何も言わない。
北斗「もう二時だ」
〇〇「……」
北斗「寒いし」
〇〇「……」
北斗「ちゃんと話そう」
〇〇は俯く。
帰りたくないわけじゃない。
でも。
まだ整理できていない。
北斗は少し迷ったあと。
自分の上着を脱いだ。
〇〇の肩にかける。
〇〇「いらない」
北斗「着ろ」
〇〇「暑くないし」
北斗「俺が寒くないから」
〇〇「……」
北斗「いいから」
有無を言わせない声。
〇〇は反論する気力もなかった。
上着から北斗の匂いがする。
それだけで。
少し安心してしまう自分が悔しい。
二人は並んで歩き始めた。
でも。
少し距離がある。
いつもなら肩がぶつかるくらい近いのに。
今日は違う。
北斗も無理に近付かない。
数分。
無言。
信号待ち。
赤信号。
二人並んで立つ。
その時。
〇〇の足元がふらついた。
北斗「っ」
反射的だった。
腕を掴む。
〇〇は止まる。
北斗「ちゃんと歩け」
〇〇「歩いてる」
北斗「歩けてない」
〇〇「歩けてる」
北斗「嘘つけ」
〇〇「……」
北斗「今日何時から仕事だった」
〇〇「六時」
北斗は固まる。
〇〇「朝六時入り」
北斗「……」
〇〇「終わったの二十二時」
北斗は何も言えない。
そのあと打ち上げ。
そして喧嘩。
家出。
深夜徘徊。
泣きっぱなし。
限界を超えていた。
北斗「……ごめん」
また同じ言葉。
〇〇はため息を吐いた。
〇〇「だから」
〇〇「そのごめんばっかりやめて」
北斗「……」
〇〇「聞くたび腹立つ」
北斗は苦笑する。
〇〇らしい。
本当に怒っている時ほど。
そういう言い方をする。
信号が青になる。
歩き出す。
マンションが見えてくる。
その時だった。
〇〇の足が止まる。
北斗も止まる。
〇〇「……まだ」
北斗「ん?」
〇〇「まだ許してないから」
北斗は数秒黙る。
そして。
小さく頷いた。
北斗「うん」
〇〇「普通に腹立ってる」
北斗「うん」
〇〇「めちゃくちゃ傷ついた」
北斗「うん」
〇〇「だから」
〇〇「今日は優しくして」
北斗は目を見開いた。
〇〇は俯いたまま。
消えそうな声だった。
本音だった。
強い女優でも。
人気アイドルでもない。
ただ疲れた一人の女の子の本音。
北斗はしばらく何も言えなかった。
そして。
ゆっくり。
〇〇の手から落ちそうになっていたコンビニ袋を持つ。
リボンのカップケーキ。
北斗の好きなお菓子。
全部まとめて持つ。
北斗「……分かった」
掠れた声だった。
北斗「今日は」
北斗「ずっと優しくする」
そう言って。
二人はゆっくりマンションへ向かって歩き出した。