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「きほ、俺は本当に…」
「私だって…」
私達は見つめあった。
「あ い して る」
違う次元で交わす愛の言葉。
噛み合う事はない。
ここは会社の屋上。柵の外に出ている。
強風で全身が凍るほど冷たい。
髪の毛もコートのリボンもはためいている。
そのせいでお互いの顔がよく見えない。
万城目さんは泣き声だった。
本心から泣いている。そう信じたい。
そんな風に期待するから、こんな目に合う。
「なぜあんなことしたの…?」
私の責めた口調に、彼はピクッと反応した。
万城目さんはカッと目を見開いた。
まるで獰猛な野生動物だった。これが彼の本性。
私が知っていた彼はどこ?
「きほのためにしたことだ、全てきほの為に!」
彼の両目からぽろぽろと涙が溢れている。
「なのに…俺を裏切った!」
私は、裏切った事なんてしてない。
どこで行き違ったんだろう…今までの事をぼんやり思い出す。
わからなかった。
この切羽詰まった状況では考えるのは難しい。
私はあと数センチでこのビルから落ちてしまう。
命の境界線に立っているのだ。
一回でも突風にあおられれば、木の葉のように地面に落ちていくだろう。
「最初からそのつもりだったんだな」
そんな訳ない。尊敬していたし憧れていた。
貴方のような人間になることを目標にしていた。
「そんな事…な…」
でも、もう言い返すのも疲れてしまっていた。
この人には到底かなわない。
万城目さんが近づいてきた。
「君は俺を傷つけた、そうだろ?」
「…ごめんなさい、…来ないで」
彼の口の中から牙が見えた気がした。
「言葉じゃ足りないんだ!」
その迫力に怯えて、身がすくんだ。
恐怖で無意識に彼を避け、バランスを失った。
最後に脳裏に浮かんだのは、
同期の中川君…
佐藤ちゃん…
そして先輩の菊池さん。
万城目さんに毒されて洗脳されたナオさん。
結局はみんな毒された。
万城目さんとの思い出…
最初から
本当に幸せだった。なぜこうなった?
私の視線はゆっくりと下降していった。
心臓は跳ね上がり、鼓動が爆破した。
重力が容赦なく全身を引きずりに来る。
いや、死にたくない、死にたくない、死にたくない…!!
ーーーーーーーーーーー
数か月前――
5月――
相田きほ、22歳。
会社の廊下を歩くだけでも、異様に人が振り返る。
男性ならともかく、女性まで。みんな私の美しさにお手上げなのね。
大学4年間は爆美女で過ごしていた。
腰まである自慢の黒いロングヘアは社会人になってもキープする。
ウォーキングのお陰でくびれのあるスタイル、新入社員にしてはちょっと過激な
スーツ姿だったかも。
このビジュアルだけで学生生活は無双していたが、今は社会人2か月目。なんとか滑り込みで
一部上場企業に入り込めたものの、会社員としてのスキルはゼロに等しい。
研修期間で、周りのレベルの高さに驚愕していた。
私の特技は美容、美容、買い物、美容。
普通のパソコンスキルしか持っていない。周りはTOEIC900点だの、プログラミングだの、ITサポートだの
新人とは思えない資格の持ち主ばかり。
バイトはほぼしなかった。SNSの美容案件や、たまに美容院のモデル業をするだけ。
しかも、学生時代はレポートや課題、面倒なことは全て男子学生の童貞下僕やAIにやらせていた。
スマホの機種変更すら彼氏にしてもらっていた。
今の私には自己解決する能力がほぼない。
「不安しかない…ああ、どうしよーー!」
長い髪を揺らし、優雅に胸を張って颯爽と歩く…でも、中身は空っぽ。
「周りが頭良すぎるんだよぉー!」
私は今この会社の独身寮に住んでいる。3月まで年上の彼と同棲していたが、別れて追い出されてしまった。
つまり、ここをやめたら新しく借りなければならない。
今はまだ月給も少なく、引っ越し資金も無い。
卒業旅行でヨーロッパ一周して使い切ってしまった。
なんとか、この会社で頑張らなくては。
勢いでやめることはできないのだ。
約1か月の共同研修が終わった。ビジネスマナーやネットリテラシーなど座学多め。
テストの数々に辟易。
この会社の歴史とかどうでもええ。
配属が決まり、このビルには3人の新人が配属された。ここで半年くらいは1人の先輩についてもらい
みっちり営業事務をしながら会社全体を学ぶらしい。
「3人いるから心強いな…」
同期① マッチョ中川君
くりくりの黒い瞳と太い眉毛、厚い胸のマッチョ中川君だ。趣味は筋肉自炊という好青年。
彼なら、わからない事でも何でも教えてくれそう。
同期② 正直者の佐藤さん
ショートボブの佐藤さん。少女のように愛らしいが、きりっとした目つきで利発さが現れている。
色々な資格を持っているらしい。
中川君と佐藤さん、そして爆美女の私でまずは3日間、基本の座学とミニテストを受けた。
結果は勿論、私だけ再テストに次ぐ再々テスト。情けない…悲しい…恥ずかしい…
グループワークやディスカッションでもしどろもどろで、再三やり直し。みんなの足を引っ張ってばかり。
マッチョ中川君と正直者の佐藤さんから辛らつな評価を浴びた。
「きほ、ラウンジ嬢とか似合ってるよ」
「総合職なんて、無理すんな。向き不向きあるし」
同期ならではのストレートな意見。でも、それは自分でも思ってたこと。
陰で叩かれるより、面と向かって言ってくるほうがましかもな…
気合いを入れ直すため顔を洗い、女子トイレを出た。
そこですれ違った。
ヨーロッパの王子様?
キリっとした眼差しの男性に。
だが、ふと消えてしまった。
「誰だろ…?」