到着したのは、風情ある老舗温泉旅館だった。
時間はまだ早いけど、先にチェックインして荷物を部屋に置くことにする。
「2部屋…って、優菜」
響が優菜ちゃんを睨んだ。
多分私と一緒の部屋だと思っていた響。
それが2部屋しか予約してないとなると…
「男女で別れればいいと思ったんだもん」
私と響が付き合っていることは知ってるはずなのに…ひとことどうするか聞けっ!
…と、響の背中が言っている。
「今から一部屋取れないか、聞いてみようか?」
真莉ちゃんがフロントに行こうとするのを、優菜ちゃんが不自然に止める。
「私…霊感が強くて、一人部屋だと幽霊見ちゃうから無理!」
私と響を同じ部屋にしたくないみたい…。
まぁ…私は別にいいけど、響は不機嫌が服を着てる状態になってる…
マンションでいつも一緒なんだからいいのに…。
コソッと近づいてきた真莉ちゃんが言う。
「響さん的にはさ、これから浴衣を着る琴音を愛でたいわけよ。わかる気がする…」
「浴衣を愛でるってなによ?!」
聞いたことないんですけど?
「わかんねーならいいよ…!」
意味深に笑う真莉ちゃんから視線を外してみれば、また響にガン見されて焦るわけで…。
なんだかやりにくいなーと思いつつ、近所の観光地へと向かうことになった。
…………
「綺麗だったね〜!やっぱり山の紅葉は早い!」
興奮気味の優菜ちゃんと、女子部屋で温泉に入る用意をした。
「紅葉もいいけど、私はやっぱり温泉が楽しみ…」
ここのところ、いろいろあって疲れた…
響とのバトルもあったし…。
温泉に向かってみれば、入口で男子2人が待っていてくれた。
響が私に、ぬっと水を差し出した。
「どうせ長風呂だろ?まずは飲んでおけ」
「あ…ありがと」
○○○○
響から水を受け取る私の横で、優菜ちゃんがジタバタした。
「えー…響!私のは?私も欲しいっ!」
その言い方…子供の頃と同じで笑ってしまう…!
「うるせぇ!お前は社会人だろ?水くらい自分で買え」
「…あ。そんなこと言っていいの?」
優菜ちゃん、ちょっと目を細めて響を睨む。
「ここの温泉ってね、中が完全に分かれてないんだよ?」
優菜ちゃんの言葉に焦って、私は思わず口を挟んだ。
「…え?男風呂と女風呂が繋がってるってこと?…そんなのヤバいじゃん…」
驚く私の顔の前で、人差し指を突き立て、チッチッ…と左右に振る優菜ちゃん。
「隔てる壁が、天井まで続いてないんだって!要するに、男風呂と女風呂の声が通りやすいのよ!」
「喋れるってこと?」
ドヤ顔で言う優菜ちゃんを面白そうに見つめながら、真莉ちゃんが聞く。
「そういうこと!いい?響!これから私は琴音と全裸でお風呂に入るのよ?
…実況中継しなくていいの?」
「…」
ちょっと考えた響、すぐ近くの販売機で水を買って優菜ちゃんに渡した。
えー…っっ?!
「…別にそういう意味じゃないからな?」
そう言って、真莉ちゃんにも1本渡す。
「逆に変なこと言うなよ?…聞いてるのは俺だけじゃないんだから!」
どーしよっかな…なんてイタズラっぽく笑いながら、私は優菜ちゃんに腕を引かれて女湯に入った。
…………
「わぁ…!こっち誰もいないよ〜そっちは?」
お風呂に入るなり、優菜ちゃんが男風呂に向かって叫ぶ。
確かに誰もいない。
…ひろびろ…。
「こっちもいないよ〜!」
真莉ちゃんが答えた。
誰もいないなんて、なんか…嫌な予感がする。
「まずは体洗おう?!琴音、私が洗ってあげる…!」
「えぇ?やだっいいよっ…きゃーっ…!」
優菜ちゃんが脇腹をくすぐるみたいになでてくるから…叫んでしまう…!
その瞬間…バシャっ…と、大きな水の音がした。
「響さんっ!落ち着いて!琴音は大丈夫だから…」
真莉ちゃんが笑いながら、響に何か言ってる…?!
…なに?どんなことになってるの…。
他に宿泊客がいないのをいいことに、その後も優菜ちゃんはあることないこと男風呂に向かって言った。
「琴音の胸の先端の色はね〜」とか、「ウエスト細くて腰のライン鼻血出る」とか…
そのたびに慌てて口を押さえる。
もう…絶対からかってるっ!
「ちょっとぉ…!響聞いてるの?感想は?」
優菜ちゃんが面白がって声をかけてみれば、返事は真莉ちゃんから返って来る。
「響さんもう真っ赤…!風呂から出れない事情がありそう…!」
すると突然バッシャーン…ッという水の音と「助けて!」「ごめんなさい!」という真莉ちゃんの笑い声。
そして静かになったところを見ると…
こりゃ沈められたな…w
…………
楽しいお風呂が終わってみると、優菜ちゃんが色とりどりの浴衣を貸してるコーナーを見つけた。
「私黒地に紫のあやめの花模様にしよう!」
優菜ちゃんは大人っぽい柄を選んでしまった。
私はどうしようかな…と悩んでいると、優菜ちゃんが1枚の浴衣を勧めてくれた。…
「白地に赤い金魚の模様!琴音似合いそう…」
…子供用じゃんっ!
この機会に、私もちょっとは大人っぽくなりたいんだけどな…。
○○○○
「じゃじゃーん!見て!」
男性陣の前で、黒地にあやめ模様の浴衣を着た優菜ちゃんが、クルクルっと回ってみせる。
夕食は和室の個室宴会場で、先にお風呂から上がった響と真莉ちゃんが座椅子にもたれて座っていた。
「…琴音は?」
なんだか恥ずかしくて優菜ちゃんの後ろに隠れるように立ってた私を、響が呼ぶ。
「もぅっ!私にもなんとか言ってよね!ずーと琴音ばっか!」
そう言いながらヒョイっとどいてくれた優菜ちゃん。
「…おぉっと?!馬子にも衣裳ってヤツかぁ?」
真莉ちゃんは冷やかすけど…響は、何も言わない…。
「なんか、あっという間になくなっちゃって、残ったのがコレで…」
「そぉ…!琴音鈍臭いんだから!」
結局私が着たのは、白地に赤い金魚模様の浴衣…優菜ちゃんに比べれば子供の縁日だ。
「髪は私がアップにまとめてあげたんだよ!あとね〜メイクもちょっと教えてやったの」
そうなん?…と言いながら顔を覗き込みに来た真莉ちゃん。照れくさくて思わず下を向いてしまった。
「あ…!わかった。アイラインだ…へぇ、目伏せると目尻が上がってて色っぽいじゃん…!」
ふと目を上げると、響も覗き込んでて目が合う…
そして目をそらさないから、捕らえられたみたいに動けなくなっていると…
「ちょっと!ちょっと!ちょっと!」
響が優菜ちゃんと真莉ちゃんに、2人がかりで引き離された。
どうしたのかと聞いてみれば…
「…ちょっとずつ、響さんが琴音に近づいてる…!」
また真莉ちゃんが爆笑…!
響はこの時、キレイとも可愛いとも言ってくれなかったけど…
でも…その後が。
「よしっ!特別メニューでも頼むかっ!アワビと伊勢海老とタラバガニでどうだ!」
急に大盤振る舞いを始めちゃって、びっくりするほど値段が高い日本酒まで開けてくれた。
そして…酔いが回るうちに…。
「…琴音…」
なんか、声が甘い…
完全に体をこちらに向けて、蕩けたような笑顔を崩してる響。
そして今更気づく…
響も浴衣を着てて、覗く胸元がすごく色っぽい…
「あ〜あ…!結構食ったし…ちょっと外の空気でも吸いたくなっちゃったなぁ…」
真莉ちゃんが唐突に言う。
「あんたバカね?秋とは言っても、こっちは空気が澄んでる分、この時間けっこう寒いのよ?」
散歩なんてお風呂上がりに無謀!と、容赦ない優菜ちゃんの手を、真莉ちゃんがパッと握って言い返した。
「いいから付き合えよ。お前健康そうだし、絶対風邪引かないよ」
「は?なにお前って?私、優菜って言うんですけど!それにあんた年下でしょ?生意気!」
優菜ちゃん、そんな風に言いながら、真莉ちゃん手を握られて赤くなってた。
コメント
2件
優菜除外したい
案外と…この2人真莉ちゃんと優菜いいコンビだったりして🤭 さぁこの温泉珍道中😆どうなっていくんだろう???色んな意味で(っ ॑꒳ ॑c)ゎ‹ゎ‹