初めまして、マナミアよ。これでも天使族の生き残りなの。他の同胞?さあ、ここ千年で会ったことはないわね。
私は人間社会に溶け込んでずっと身を潜めて生きてきた。当時は天使の羽は不老不死の力があるなんて訳のわからないデマが蔓延してたし、人間は基本的に自分と違う存在を毛嫌いするから。
で、身を潜めるとなると結局裏社会で生きていくことになるのよね。陽の当たらない場所で生きてきて千年。スタイルには自信があったから、娼婦もやったわね。
それだけじゃくて腕を磨いて裏家業、まあつまり汚れ仕事なんかも積極的に請け負ってたわ。そしたらいつの間にか私を慕うもの好き達が現れて、そいつらを鍛えながらあちこちを放浪。
それで、つい先日流れ着いたシェルドハーフェンで報酬が良かったから受けた初仕事で、主様と運命の出会いを果たしたの。見た目は小柄で可愛らしい女の子よ。いつも無表情なのだけれど、それはそれで可愛いわ。
ただし、身内に対する執着と復讐心、敵対者に対する容赦の無さは可愛らしい外見からは想像できない内面よ。
何より特異なのは、『勇者』の力を受け継いでいると言うこと。かつて神の尖兵として『勇者』と共に戦った天使族の生き残りが、『勇者』の力を受け継いだ女の子に仕える。こんなにも運命的な出会いがあるかしら?
ワイトキングを師と仰いだり、良く分からないことをいきなり始めたりと愉快で型破りな一面もあるから見ていて飽きないわ。
そして私達の出番はすぐにやってきた。奴等が仕掛けてきた破壊工作を倍返しにしてやるってね。
私の配下の工作班二十人は、シダ・ファミリーの腕章や旗を用意して十五番街へ潜入してるの。
そして奴等が第四桟橋に襲撃を仕掛けたと同時にこちらも動いたわ。
何をしたかって?簡単よ、十五番街にある『血塗られた戦旗』が所有する不動産を荒らし回ったのよ。
それも『血塗られた戦旗』が三者連合のために解放していた場所を徹底的にね。
「燃やせ!ただし生存者を必ず用意しろ!皆殺しにはするなよ!」
複数のチームに分かれた工作班は火炎瓶で放火したり、シダ・ファミリーが愛用してるフリントロックピストルで銃撃したりと暴れまわったわ。
完全な不意打ちで、抵抗に会うことなく作戦は終了。後はラメルの部下達に任せて配下達を十五番街から脱出させた。二時間くらいね。ちょっと手間をかけ過ぎたから、次への反省ね。
「でも、これで良いの?普通なら私達の仕業だと勘づかれるかもしれないわよ?」
「だから桟橋襲撃と合わせたのさ。あっちは生存者を出さないようにやる。で、奴等からすれば姿を消した襲撃チームが十五番街で暴れまわったことになる。被害を受けた『血塗られた戦旗』にどんな言い訳をするか見物だな」
私が訪ねるとラメルは悪い笑顔を浮かべたわ。
「今頃シダは慌てているでしょうね?」
「そりゃそうだ。あらぬ疑いをかけられるんだからな。しかもここ数日シダ・ファミリーの奴等は大金を手に入れて気が大きくなってたんだろう。十五番街で揉め事を起こしていたみたいだしな」
疑われる環境は整っていると。うちの仕業だと断定できる証拠は残していないし、生き証人になる筈の襲撃班は行方不明。
「あらあら、シダが可哀想ね。誰が考えたの?」
「ボスに決まってるだろ。疑心暗鬼になればよし。同士討ちなら更によし。『血塗られた戦旗』が三者連合を潰しに動くなら満点だとさ」
あらあらあら、怖いことを考える子ね。それでこそ私の主様に相応しいのだけれどね。
「それなら、もうちょっと細工をしてみようかしら」
「何をするつもりだ?」
「ふふっ、ちょっとね。あなた達の邪魔はしないから安心して。全ては主様のために」
そう、主様のためなら私なんでもするわ。それが堅気相手でもね。
翌日、三者連合も昨晩の騒動を聞き付けて事態の把握に奔走する羽目となる。
十五番街にある『血塗られた戦旗』が所有する不動産数件が焼かれ多数の死傷者を出したのだ。それだけではなく、十五番街に居た荒波の歌声の労働者数人が惨殺され、更に遺体の背中には刃物でシダ・ファミリーの名が刻み込まれていた。
これはシダ・ファミリーが敵対者に行う見せしめである。
「どういうことかね!?シダ!『血塗られた戦旗』が怒り狂っているぞ!」
「我々の従業員は堅気なのですよ!?気に入らないからと言って、この仕打ちはあんまりです!」
「馬鹿なことを言うんじゃねぇ!こんな命令を出した覚えはない!これは罠だ!」
シダは困惑しながらも怒鳴り返す。腹心であるジョセフと虎の子の五十人が消えたのだ。
「いいや、潜入している者からの知らせでは、昨晩港湾エリアで小競り合いはあったが君の配下は早々に逃げ出したそうじゃないか!敗走した腹いせに十五番街で暴れたのではないかね!?」
「そんな馬鹿な話があるか!ジョセフが下手を打つ筈がねぇ!」
「どちらにせよ、我々は身の潔白を『血塗られた戦旗』に示さねばなりません!でなければ、私達が潰される!」
「しかし、ヤンよ。身の潔白を示さねばならんと言う意見には賛同するが如何にすればよいと思われるか?」
「……元凶を潰す他ありません。調査を行う時間など私達には残されていないのが現実です。速やかに結果を出さなければなりません」
二人はシダに視線を向ける。それに気付いたシダは狼狽える。
「……おい!てめえらまさか!」
「仕方あるまい。君の部下が暴走した可能性を否定できん」
「ふざけんな!俺たちは無実だ!ジョセフの奴もすぐに戻る!」
「シダさん、それだけではありません。あなたの部下達が十五番街で揉め事を度々起こしているのは事実なのです。その度に我々が尻拭いをしてきました。が、今回ばかりは庇えませんっ!」
「今回の襲撃も君たちの独断だ。勝手な真似が目立つ。これまでは成果を出していたので我々も黙っていたが、今回はそうもいかん」
これを機に長年の宿敵を排除しようと考えるリンドバーグ。三者連合内部の不和を改善するため異物の排除を図るヤン。
両者のシダに対する不満が爆発した結果、シダの排除に動くのは自然な流れであった。
「てめえらぁ!この俺を始末しようってか!?ふざけんなぁ!良い想いをしただろうが!」
「それ以上に勝手な振る舞いが目立つのだ。押さえろ」
「おい!?おい!こんなことがあるかぁあっ!!」
巨漢であるが数人がかりで取り押さえられ吠えるシダ。
「これまで我々が尻拭いをしてきたのだ。今回は君が責任を取りたまえ。連れていけ」
「おい!?ふざけんな!ふざけんなーっ!」
三者連合はシダ・ファミリーを率いるシダを主犯格として『血塗られた戦旗』へと引き渡した。
だが、これは三者連合の不和を突いた『暁』の策略であり、既にリンドバーグが潜ませたスパイは全滅しており、全て『暁』情報部の謀略である。
長年の宿敵を始末できたとリンドバーグは喜んだが、武闘派集団であるシダ・ファミリーの粛清は三者連合の著しい弱体化を招くこととなる。
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