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皆さんごきげんよう、レイミ=アーキハクトです。三者連合なる組織と『暁』の抗争が激化していますが、今現在『オータムリゾート』は平和そのもの。六番街と十六番街の経営に専念出来ています。
さて、私個人としては役割もありますが少し時間に余裕が出来てきたのでこの時間を利用して新しい試みを行おうと思います。それは帝国の医療技術の発展です。
帝国の医療技術は、地球の医療から見ても極めてお粗末なものです。私も医師ではありませんから医学知識も一般常識レベル。戦場医療を少し会得している程度です。
そんな私から見ても、帝国の医療は衝撃的でした。先ず帝国の医療に消毒と言う概念はありません。石鹸などが存在しないのもありましたが、手術前に手洗いを行うこともありませんし、他の患者の血が付着した器具をそのまま使い回しているのが現状です。
そんな状態では感染症が蔓延するのも無理はありません。出産の現場でさえ助産師は手洗いもしませんからね。赤ちゃんの死亡率も馬鹿みたいに高いのです。
ですが数年前にお姉さまが石鹸を開発。少しずつではありますが、帝国中で普及しつつあります。これで消毒を行える環境が整ったとも言えます。
さてなぜ急に私がこんなことを思い付いたのか。別に善意に目覚めたわけではありません。お姉さまを取り巻く環境は間違いなく激化していきます。当然負傷者が増えるのは目に見えています。それに対する備えと言うわけです。
私がお姉さまと再会するまで、お姉さまは何度も負傷されていましたが、その処置を聞いて唖然としましたね。包帯は毎日交換してください!化膿しなかったのが奇跡ですよ!
『暁』では薬草を用いた医療を導入していますが、薬草とて万能ではありません。外科手術などは避けられないのですから。
私は早速水晶を使って軟禁中のお姉さまと連絡を取りました。
「ごきげんよう、お姉さま。レイミです」
《ごきげんよう、レイミ。今日はどうしました?》
「実は『黄昏』の町で試してみたいことがあるんです。医療関係の改善案を思い付きまして、その許可を頂ければと」
《許可します》
流石はお姉さま、即答です。
……まあ、私のお願いに対しては無条件で聞き入れるのがお姉さまですし、それを知っていてお願いする私も大概ですが。
「それで、お姉さま。多分これ迄の常識を覆す事になると思います。当然反発もあるでしょう。だから今回は『オータムリゾート』のレイミではなく、お姉さまの妹として振る舞う許可を」
《許可するまでもありません。レイミは私の大事な妹です》
「ありがとうございます」
それはつまり、必要があればお姉さまの妹としての権力を振りかざすことを意味します。普段はそんなことをしたくないので口を挟むことを控えていますが……今回は多少強引でも進めるしかない。
全てはお姉さまのために。
私はその日のうちに暇を頂き、そのまま『黄昏』へ向かいました。
『黄昏』中心地にある黄昏病院。ロメオを中心に『暁』医療の中心地として機能している三階建ての建物です。
私は黄昏病院を訪ねてロメオと面会しました。ここしばらくは策のために館に詰めているのですが、今日は幸いにも病院の方に居ました。
「おう、妹さんか。今日はどうした?」
「医療技術向上のために知恵を貸して、ロメオ」
「へぇ、詳しく聞かせてくれ」
私の言葉に蒼髪隻眼の少年は興味を持ったみたいです。
「はい、先ずは病院全体に石鹸を数多く用意して。そして処置の前と後には必ず手を洗う。血などで汚れた服や器具は丹念に洗い、煮沸消毒するの」
先ずはこの二点です。これだけでも衛生面は劇的な改善を図れます。
「なんだそれ?手間が増えるじゃねぇか」
「患者を守るために必要なことよ。伝染病の原因は、目に見えない生物によるものだから」
「何だって?いや待てよ、何かの論文で似たようなことを……確か小生物だったか?」
意外にも初歩的なものではありますが、顕微鏡が既に存在しているんです。
地球でも十七世紀にオランダのアントニ=ファン=レーウェンフックという科学者が、顕微鏡を使って細菌を発見しています。それまで神の仕業なんて言われていた伝染病に関する研究に顕微鏡は必要不可欠。
多少の差異はありますが、帝国はヨーロッパと似たような技術発展を遂げていますので、顕微鏡が存在することを知った時は喜んだものです。説得の下地があるのですから。
「その細菌とやらが悪さして病気になるって奴だったか?医学界じゃ失笑ものらしいが」
「その理論は正しいよ」
「その根拠は?」
「私はお姉さまの妹よ?」
「……あー、なるほどね」
お姉さまが突拍子もないことを始めるのは周知の事実。その大半は『帝国の未来』に記されているものを、お姉さまなりに理解して実行しているものです。
試行錯誤はありますが、大半は成功しています。それ故に信用もある。
「先ずは実行して。医療現場を清潔に保てば、感染症等のリスクを大幅に下げることが出来るはずだから」
「でもなぁ、手間だぜ?それ」
「器具を複数用意すれば手間も減るわよ。消毒を行う人員もお姉さまにお願いしてみるから、先ずはやってみて」
「俺は構わねぇけど、他の皆がなぁ」
「意識改革も必要みたいね。私が説得するわ。多少強引でもね」
「珍しく強気じゃないか、妹さん」
「これからを考えたら、怪我人はたくさん出るわ。実際怪我人が治らなくて悪化するなんて珍しくもないでしょ?感染症を防ぐためにも、消毒は必要なことなの」
「分かった分かった、必要なものは揃えてくれよ?」
ロメオの了解を取り付けた私は、他の医師達を集めて同じような要請を行いました。
「目に見えない生き物の仕業ですと?あの様な世迷い言を信じてはいけませんぞ?」
「その通り。手間が増えて効率が落ちるだけです」
やはりベテランほど反発する意見が強い。想定済みですが。
「世迷い言かどうかは試してみてから決めるべきです。レイミお嬢様は聡明なお方。世迷い言などを信じるようなお方ではありません。ましてや、誹謗中傷の類いは私が許しません。速やかに実行するように」
「むっ……」
「それは……」
この為にセレスティンを同席させました。彼はは医療にも心得があり、『黄昏』の実質的な責任者。その言葉に逆らうと言うことは、『黄昏』で居場所を失うことを意味します。
……かなり強引な手ですが、成果が出るまで時間を要します。説得に時間をかけている余裕なんてありません。
「必要なものは要請していただければ私からお姉さまにお伝えします。どうか、よろしくお願いします」
一同は渋々了承して解散しました。
「セレスティン、ありがとう。そしてごめんなさい、忙しいのに手を煩わせてしまったわ」
「レイミお嬢様は聡明なお方、何かお考えあっての事なのでしょう。ならばそれを実現するのが臣下の務め。何よりも、滅多に無いお嬢様の我が儘を聞けて爺は嬉しく思います」
優しげな視線を向けて一礼するセレスティンをみて。何だか気恥ずかしくなったのは内緒です。
これで医療環境が少しでも改善すれば良いのですが……。
いや、必ず成果は出る。今は待ちましょう。