コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
入学式を終えて約1ヶ月が経った。復習と各々の学力把握の為の小テストの結果は散々だった。私はため息を吐きながら教科書と睨めっこ。
あーあ、200人中135位って、ダメよね?
凝り固まった肩をほぐしながら、私は窓の外を見た。日の入りはまだまだ早く、17時過ぎにはもう暗くなり始めている。今日のように曇り気味の日は尚更。
ふと、鳥の羽ばたきのような音が聞こえた。バサバサというその音は近づいて来ているのか徐々に大きく激しくなる。
何だろう。
私は立ち上がって窓を開けた。すると、薄暗くなり始めた空の中、鳥がいた。大きな鳥が二羽と小さな鳥が一羽、もつれ合う様にしながらくっつき、離れと繰り返している。
目を凝らすと、二羽のカラスと一羽のスズメに見えた。
「大変。スズメが襲われてる!」
もう少しで手が届きそうな位置まで来ている。私は手を伸ばしてカラスを追い払おうとした。抜け落ちた羽が時折手に触れる。暴れるスズメが指先にぶつかった。
「スズメ頑張れ。私の部屋においで。もうちょっと!」
私の言葉が分かったのか、上下左右どちらを向いているのか解らないで飛び回っている様だったスズメが、一直線に部屋に飛び込んで来た。
追いかけて来るカラス。私は慌てて窓を閉めた。カラスはガラスにぶつかる寸前に方向を変えて飛んで行った。
ギリギリ。
気付かないうちに体に力が入っていたのだろう。私は気が抜けてその場に座り込んだ。
振り返ると、フローリングの上でスズメが血を流している。
駆け寄って手で掬い上げた。右の翼が取れ掛かっている様に見える。
うわ、痛そう。何とかしなきゃ。消毒と止血と補強・・・。
「ちょっと待ってて!」
私はスズメを持ったままリビングに駆け降りる。救急箱を引っ張り出して治療してあげた。体が冷えない様に柔らかいタオルで包んで抱き締めた。
「頑張れー」
応援しながら抱いていると、スズメの呼吸が感じられる様な気がした。早かったそれが、少しずつ落ち着いてゆっくりになる。
大丈夫かなー?
もっと暖かくしてあげたくて、私はしばらくスズメを抱いたまま一緒にベッドに入った。
羽毛布団と私の体温であったまれー。
祈りながら横になっていたら、いつの間にか私は眠ってしまった。
「透子ー、寝てるの?帰ったわよー」
お母さんの声で目が覚めた。スズメはタオルに包まれたまま、眠っている様に見えた。
ほっ。
私は安心してベッドから抜け出し、タオルの上からスズメに布団を掛けて一階に降りた。
「おかえり」
仕事帰りのお母さんは、買って来たものを冷蔵庫に仕舞いながら、作り置きの惣菜を温めて晩御飯を用意してくれている。
「透子怪我?救急箱出しっぱなしだったけど」
「あ、ううん。私じゃないの。さっきちょっと」
「そう。元気なら良いけど。片付けといてよー。ご飯にするから」
あまり詳しくは追求されなかった。別に良いけど。
それから私はご飯を食べて部屋に戻る。すると、スズメが起きていた。包まれていたタオルから抜け出し、巻かれた包帯に首を傾げている。可愛い。
「大丈夫?」
私は呟いてそばに寄った。
びっくりして少し下がるスズメ。
「怖がらなくていいよー」
言ってゆっくり指を差し出す。犬や猫は、まず匂いを嗅がせて安心させるけど、スズメはどうだろう・・・。
ドキドキしながら出した指を、スズメは興味深そうに嘴でつつく。くすぐったい感触に笑い声がもれた。
つつくだけだったのが、次第に咥えるようになり、噛み付くようになって痛くなる。
「イテテテ、ひょっとして何か食べたいのかな」
私はリビングに引き返して、何か無いか探した。お母さんは電話中。しょうがないから勝手に探すと、5個入りの小さなチョコパンを発見。流石にチョコクリームはアレだけど、周りのパンなら食べそう。
ついでに冷蔵庫から炭酸のレモン水を貰って部屋に引き返す。
タオルの上で丸くなっていたスズメに、チョコパンの周りのパンをあげてみた。首を傾げながらつついて食べて行く。可愛い。
良かった。
私は安心して炭酸水を飲んだ。
「朝になったら、お医者さんに行こうか」
話しかけてスズメの頭を撫でた。夢中で食べていたのが少し止まって私を見る。そして首を傾げる。可愛い。
私はベッドの上に注意を向けつつ、勉強に戻った。
そして、ある程度頑張ってからスズメと一緒に寝た。
翌朝、頬を撫でる風で目が覚めた。窓が開いている。
あれ?カラスが入らないように閉めたのに・・・。
室内を見ると、スズメに巻いていた包帯が落ちている。
え・・・。
そして、5個入りのうち、1個だけ周りのパンを剥いて(?)残してあったパンが全て消えていた。
飲み掛けで置いてあったはずの炭酸水も空になっている。
えっ、え?
私は、窓の外を見た。カラスも居ないが、スズメも居ない。消えてしまった。
「という事があったのよ。昨日」
「へぇ、何か不思議だね」
学校が終わって、私はある部屋に来ていた。ソファーの上で、通う高校の物ではないセーラー服を纏い、背もたれにもたれかかって大きな掃き出し窓から見える庭を眺める。
「パンとジュースが消えたのは怪奇だけどさ、スズメが完治して出て行ったと考えるならば悪い話じゃ無いんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどね」
「それにアレだ。スズメは家で飼うには問題があるし、衛生面でね。そうならなかったのは良い事なんじゃない?ああ、動かないで」
少し腕をずらしてしまった私に注意の声が飛ぶ。
声の主は私の叔父、三島和樹。私の母の、歳の離れた弟だ。
彼は現役の美大生で油絵を描いており、私はよく彼の家に呼ばれてモデルを勤めている。今は何かのコンテストに出品する作品のデッサンを描いているところだ。
「ああ、ダメだ。今日は調子出ないや」
和樹はそう言ってコンテを置いて、私の側まで歩いて来る。ポーズをとったままの私に、背中から抱きついた。
「ちょっとやめてよ」
そう言って私は振り解こうとするものの、和樹の力が強くて剥がれない。
「少しくらい良いじゃん。充電させて」
言いながら私の髪に顔を埋めて深呼吸をした。「良い匂い」などと呟く。
「せっかく俺の好みのセーラー服姿なんだからさ、暫くこのまま・・・」
行動は卑猥だが、体が熱くグッタリとしている。本当に調子が悪そうだ。
「和樹大丈夫?熱あるでしょ」
「やっぱりそう思う?もう死んじゃうかも」
「はいはい、なら薬飲んで寝ましょうね」
「言い方が冷たい。酷い彼女だ」
「いや彼女じゃないし」
和樹はいつもこんなだ。将来は私を嫁にもらうとか言っている。いや、最初に言い出したのは私らしい。
『和樹おじちゃんと結婚する!』
幼い私は、和樹に会う度そう言って側を離れなかったという話だ。記憶には無いが初恋らしい。全く覚えてないのだけれども。
未だにそれを引きずって自分の女扱いをする和樹も和樹だ。だからいつになっても本物の彼女が出来ない。
「薬どこ?」
聞いた私に角の棚を指差す。
私は薬を見つけて、グラスに水を汲んで飲ませた。
ベッドまで肩を貸し運び、サイドボードに和樹のスマホを置く。
「後でお母さんに来てもらう。何かあったら連絡して」
「一緒に寝てくれないの?」
「バカ」
そう言い残して、私は家に帰った帰った。
そしてその夜、39℃以上の熱を出す事になった。
感染されたし。もー。