合格通知が来る前のわたしは、
自分の生活が壊れるなんて思っていなかった。
朝は目覚ましの音で起きて、
制服に着替えて、
母の焼いたトーストを急いでかじる。
「まどか、牛乳残ってるよ」
「時間ないからいい!」
そんな会話をしながら、玄関を飛び出す。
靴ひもを結び直すことも忘れて、
近道の角を曲がる。
通っていたのは、
駅から少し離れた公立中学校だった。
校舎は古くて、
雨の日は廊下が少しだけ滑る。
まどかは、その中で目立たず、
でも、埋もれすぎることもなく過ごしていた。
昼休みは、友だちと机をくっつけてお弁当を食べる。
「ねえ、今日の英語やばくなかった?」
「先生、機嫌悪かったよね」
取りとめのない話。
誰かが笑って、誰かが相槌を打つ。
まどかは、笑いながら思う。
――これで、十分じゃない?
特別じゃなくてもいい。
選ばれなくてもいい。
放課後は、家にまっすぐ帰ることが多かった。
寄り道するお店も、
話題になる場所も限られている。
夕方の商店街。
自転車のベルの音。
スーパーの特売の声。
全部、知っている音だった。
その日、担任に呼ばれるまでは。
「日向さん、少し時間あるかな」
職員室の隅の席。
差し出された白い封筒。
その瞬間、
なぜか胸がざわついた。
理由は分からない。
ただ、戻れない気がした。
この頃のわたしは、
まだ知らなかった。
この「普通」が、
どれほど大事だったのかを。
そして、
選ばれるということが、
どれほど静かに、日常を壊すのかを。






