テラーノベル
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空気は誰の味方でもなく、誰かの敵にもならない。けれど、望めばいつでも“人を殺せる”。
僕はそれを、小学四年のときに学んだ。
クラスに一人、やけに明るくて、やけに騒がしい男子がいた。
名前はよく覚えていない。たぶん、今もどこかで生きていると思う。
でも当時、彼は「うざい」と言われていた。
声が大きくて、よく喋る。注意されても笑ってごまかす。
“何かがずれている”ことに、本人だけが気づいていなかった。
ある日、授業中に彼が答えを間違えた。
「お前、それ昨日も言ってたじゃん!」
誰かがそう言った。
みんなが笑った。
本人も笑った。
先生も、笑ってた。
……でも、僕だけは見ていた。
彼の笑いが、口の形だけだったことを。
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次の日から、彼への反応が一つずつ変わっていった。
返事をされない。
手を挙げても、無視される。
話しかけると、誰かが別の話題を始める。
誰も何も言わない。
でも“彼を避ける空気”が、確かにそこにあった。
そして、その空気は僕の中で、
はじめて「使える」と思った。
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僕は彼に、何もしていない。
話しかけてもいないし、避けてもいない。
ただ、彼が空気になっていく過程を見ていた。
数週間後、彼は転校した。理由は「家庭の都合」だった。
でも、教室の空気は知っていた。
あれは、“空気に殺された”転校だったのだと。
⸻
それ以来、僕は気づいた。
言葉じゃない。態度でもない。
教室でいちばん強いのは、“沈黙”だ。
その沈黙が何を作り、何を壊すのか――
僕は、ただそれを記録する者になった。
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【観察対象001】名前不明(小4/男子)
状況:無自覚な目立ち/反復的失敗により嘲笑の対象へ
結末:沈黙→隔離→転校
介入:なし(※観察のみ)
備考:
・「空気」による自然淘汰のモデルケース
・“沈黙”が一人を殺すには、言葉はいらない
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僕はまだ、“観察者”として産声を上げたばかりだった。
でも、この日を境に、
僕の世界は音を立てて変わっていった。
次に選ぶのは、もっと“綺麗に壊れる子”がいい――
そう、思ってしまったのだ。