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“支配”という言葉には力がある。でも、本当に人を支配するのに必要なのは、力じゃない。
ただそこに在るだけで、誰かを狂わせる――空気のほうだ。
僕は、それをまた一つ、記録することにした。
観察対象002。
瀬川玲那(せがわ・れいな)
高校2年。片倉結惟と同じクラス。
教室ではよく喋り、よく笑う。
目立ちたがりではないけれど、人との距離をうまく保てない。
友達は多いようで、内側には誰もいないタイプだ。
だから、ちょうどよかった。
“空気”に呑まれるには。
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最初に異変が起きたのは、LINEの既読数だった。
彼女が送ったメッセージは、いつもより反応が遅い。
それが2回、3回と続く頃には、昼休みの座席が一つ遠のいていた。
次に来るのは、“気づかないフリ”の連鎖。
呼びかけられても無視する。
話しかけられても話題を変える。
やっていない“疎外”を、誰もがやっていた。
その空気を作ったのは――結惟だった。
⸻
観察日数、15日目。
玲那の表情は、徐々に硬くなっていった。
笑うけど、目が笑っていない。
気づいていないフリをしながら、どこかで気づいている。
僕は、その沈黙が壊れる瞬間を待っていた。
そして来た。
ある日、放課後に残された彼女の机の中から、誰かのペンケースが見つかった。
噂が流れた。
「瀬川って、ああいうの平気でやりそうじゃない?」
「前からちょっと変だったよね」
誰が言ったか分からない声が、空気に変わって教室を満たした。
玲那は、泣いた。
でも、それを慰める声は一つもなかった。
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僕は、ただ見ていた。
空気に殺される人間は、いつもこうして崩れていく。
そして――今回、“その空気を支配していたのは片倉結惟だった”。
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【観察対象002】瀬川玲那(高2/女子)
状況:社交的/境界の曖昧な関係性により浮上
流れ:LINE→私的距離→疑惑→無視→精神的崩壊
介入:なし(※観察のみ)
備考:
・“空気支配者”による初の事例
・片倉結惟:観察対象003(仮登録)
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僕はまだ、この段階では結惟に言葉をかけていなかった。
でも、確かに“観察対象”として認識し始めていた。
玲那は、壊れて当然の構造を持っていた。
だが、結惟は違った。
壊す側に回った人間は、なぜそうなったのか。
それを記録する価値があると思った。