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『西園寺、ノートに記す』

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『西園寺、ノートに記す』

2 - エピソード1:空気は無音で支配する

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2025年06月28日

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支配”という言葉には力がある。でも、本当に人を支配するのに必要なのは、力じゃない。

ただそこに在るだけで、誰かを狂わせる――空気のほうだ。


僕は、それをまた一つ、記録することにした。


観察対象002。

瀬川玲那(せがわ・れいな)

高校2年。片倉結惟と同じクラス。


教室ではよく喋り、よく笑う。

目立ちたがりではないけれど、人との距離をうまく保てない。

友達は多いようで、内側には誰もいないタイプだ。


だから、ちょうどよかった。

空気”に呑まれるには。



最初に異変が起きたのは、LINEの既読数だった。

彼女が送ったメッセージは、いつもより反応が遅い。

それが2回、3回と続く頃には、昼休みの座席が一つ遠のいていた。


次に来るのは、“気づかないフリ”の連鎖。

呼びかけられても無視する。

話しかけられても話題を変える。

やっていない“疎外”を、誰もがやっていた。


その空気を作ったのは――結惟だった。



観察日数、15日目。


玲那の表情は、徐々に硬くなっていった。

笑うけど、目が笑っていない。

気づいていないフリをしながら、どこかで気づいている。


僕は、その沈黙が壊れる瞬間を待っていた。


そして来た。

ある日、放課後に残された彼女の机の中から、誰かのペンケースが見つかった。


噂が流れた。

「瀬川って、ああいうの平気でやりそうじゃない?」

「前からちょっと変だったよね」

誰が言ったか分からない声が、空気に変わって教室を満たした。


玲那は、泣いた。

でも、それを慰める声は一つもなかった。



僕は、ただ見ていた。


空気に殺される人間は、いつもこうして崩れていく。

そして――今回、“その空気を支配していたのは片倉結惟だった”。



【観察対象002】瀬川玲那(高2/女子)

状況:社交的/境界の曖昧な関係性により浮上

流れ:LINE→私的距離→疑惑→無視→精神的崩壊

介入:なし(※観察のみ)

備考:

・“空気支配者”による初の事例

・片倉結惟:観察対象003(仮登録)



僕はまだ、この段階では結惟に言葉をかけていなかった。

でも、確かに“観察対象”として認識し始めていた。


玲那は、壊れて当然の構造を持っていた。

だが、結惟は違った。

壊す側に回った人間は、なぜそうなったのか。

それを記録する価値があると思った。


『西園寺、ノートに記す』

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