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UN Navy 万能艦隊

4 - 真珠湾沖邂逅戦

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2025年09月11日

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横須賀基地から外洋に出てから初めて、守山艦長とペンドルトン提督から目的地がおぼろづきの乗員に知らされた。その目的地はアメリカ合衆国ハワイ州、オアフ島にある米海軍のパールハーバー基地。

日本では真珠湾として知られ、1941年日本時間十二月八日、旧日本海軍が太平洋戦争の口火を切る「真珠湾攻撃」を行った、海上自衛隊にとっても因縁浅からぬ地だった。おぼろづきの艦橋の提督席から艦内放送でペンドルトン提督はこう乗員に語った。

「本艦はパールハーバー沖で、国連海軍の最初の構成艦と合流する事になります。それがどんな艦なのかは私にも現地に着くまで分からないのですが。ではここで、みなさんに一つお楽しみをあげます。国連海軍、通称万能艦隊の艦の名前には一つだけ命名のルールがあります。航空母艦の場合は歴史上の女性の名前を艦名にする事になっています。そこで、最初に合流する艦が空母だった場合に、その空母の名前をみなさんに予想してもらいます。食堂に投票箱を置いてありますから、自分の氏名と予想した艦名を紙に書いて、じゃんじゃん挑戦して下さ~い!」

雄平はその放送を見回り中の機関室で機関科の隊員たちと一緒に聞いていた。機関科の一人が首をかしげながら言う。

「なんで女の名前なんだ?」

傍にいた別の機関科員が応じる。

「ま、航空母艦、母なる船って言うぐらいだから、じゃないか?」

「けど、そんなもん予想したってなあ。当たると何かいい事でもあるのか?」

エンジンの中を覗き込んでいた女性機関員が頭を出して同調した。

「アメリカの歴史上の女性なんて全然知らないよ。そんな事に頭使うヒマないって」

それを見透かしていたかのように、スピーカーからペンドルトン提督の声が響いた。

「なお見事的中させた人には、私から賞品がありま~す。それは……男性には女性乗員居住区への、女性には男性乗員居住区への、入り口のドアの合鍵デース! これがあれば、いつでも好きな時に異性の居住スペースへ行けて、こんな事や、そんな事や、あんな事でもやりたい放題!」

それを聞いた機関科の隊員たちの目の色が一斉に変わるのを、雄平はドン引きしながら見つめていた。スピーカーに守山艦長の声が割り込んできた。

「提督! 何を言い出すのですか? 仮にも本艦は任務航海中……」

「オー、キャプテン・モリヤマ。長い航海中は息抜きも必要です」

「いえ、いくらなんでも風紀という物がですな」

「おぼろづきは婚活用軍艦でもありま~す。さあ、クルーのみなさん! がんばって当てて下さ~い!」

おぼろづきの幹部以外の乗員の居住区画は甲板より下に二か所ある。右舷左舷に二つあるその区画を男性用、女性用に分け、それぞれの入り口は鋼鉄製のドアで厳重に閉鎖してある。

なにせ男女が、それもほとんどが未婚の若い男女が一隻の護衛艦という閉鎖空間でこの先何か月も暮らすわけだから、間違いが起きないようにという配慮なのだが、どうもペンドルトン提督はアメリカ人だからなのか、本人の生まれつきの性格なのか、そんな事には一切頓着しないようだ。

おぼろづきの艦内がペンドルトン提督にさっそく引っ掻き回されていた頃、常盤美奈は五年ぶりにイスラエルの首都エルサレムの地に降り立っていた。イスラエル軍の迎えの車でエルゼとラーニアが収容されている病院に到着すると、一見五年前と変わらない光景があった。

だがよく見ると、病院の内外にはイスラエル軍の制服姿の兵士がサブマシンガンを肩から下げて、至る所に立っていた。エルゼとラーニアの手術を執刀したあの教授は、その後多くの方面から批判を受け、病院からも大学からも去ったと聞いていた。

彼女たちの病室に隣接する部屋には現在の、彼女たちの警護の責任者であるアメリカ人の軍医がいた。美奈が部屋に入ると、その大柄な白人の三十代後半とおぼしき男は大げさな動作で椅子から立ち上がり、ごつい手で美奈と握手しながら言った。

「ようこそ、キャプテン・トキワ」

美奈は陸上自衛隊の一尉なのでアメリカ陸軍の大尉にあたる。艦長を意味するキャプテンではない。同じ自衛隊の一尉でも海自の場合は「ルテナン」と呼ばれる。

「ミナで結構です。よろしく、ミューラー中佐」

「ではこちらもボブで結構。いや助かるよ。彼女たちもそろそろ難しいお年頃だ。男の私ではやりにくい点も多くてね」

「そうでしたね。私は彼女たちの五歳の頃しか知りませんから。ええと今は……」

「エルゼは先週十歳になった。ラーニアは九歳だ」

ミューラー中佐は美奈を伴ってエルゼとラーニアの部屋に入った。二人はベッドの上で上半身を起こしてそれぞれ本を読んでいた。上着の下から二人の間のポンプ装置に繋がっているチューブの束が相変わらず痛々しかった。

美奈がベッドの方へ足を踏み出した途端、二人の少女は本を手から放り出して両腕を美奈の方に伸ばし同時に叫んだ。

「ミナ! あなたはミナ?」

「ミナ、帰ってきたの?」

二人とも流暢な英語でそう言った。ヘブライ語は片言、アラビア語は全く話せない美奈はどう声をかけようかと悩んでいたが、彼女たちの方がその懸念を吹き飛ばしてくれた。美奈は二人の体を繋いでいるチューブをひっかけないよう二つのベッドの間に身をもぐりこませ、両腕をそれぞれ二人の方へ伸ばした。

「久しぶり。私の事を覚えていてくれたの?」

少女たちはそれぞれ美奈の腕に体全体で抱きつくようにすがりつき、英語で問いかけた美奈に満面の笑みをたたえて答えた。まずエルゼが言う。

「もちろん忘れないわよ。あたしたちを手術してくれたジャパンの軍医さん」

続けてラーニアがこれも流暢な英語で言う。

「ミナ。またずっと一緒にいてくれるの?」

美奈はにっこり微笑んでうなずきながら答えた。

「ええ。あなたたちのお世話をするために戻ってきたの。また一緒よ」

ベッドからほとんど離れられない生活を何年も送ってきたとは思えないはつらつとした二人の少女を見つめながら、それでも美奈は五年という歳月の経過をひしひしと感じていた。

二人とも思春期間近の可愛らしい顔立ちに育っていた。エルゼの方が早熟なようで、さぞや念入りにブラッシングしているらしい髪が肩甲骨のあたりまで長く伸びて、サラサラと窓からの風に揺れていた。ラーニアはまだ子供っぽい面影を残しているが、首の後ろで括った長い黒っぽい髪のつややかさが彼女の成長を物語っていた。

「それにしても、ずいぶん英語が話せるようになったのね?」

それにはミューラー中佐が替わりに答えた。

「ま、こんな生活だから、二人ともヒマさえあればいろんな事を勉強していてね。簡単な日常会話程度ならエルゼはアラビア語を、ラーニアはヘブライ語を話せる。私がここに来てからは英語を習いたいと言ってね。今じゃお聞きの通りさ、ミナ」

「へえ、二人とも偉いわね」

そう言って美奈が二人の頭をなでると、二人の少女は手を握り合ってキャッキャッと笑い声を立てた。そこへ看護士が二人入って来て定期検査の時間だと告げた。病室の外へ出たミューラー中佐は用事があるからと一旦自分の部屋へ戻り、美奈は一度宿舎になるアパートへ荷物を整理するため行っておく事にした。

病室のある病棟の廊下をエレベーターに向かって行くと、窓にもたれかかって外を見つめている若い男が目に入った。白っぽい妙に古めかしい英国調のスーツを着た、長身の男だった。女の髪かと見まがう程にサラサラとした美しい金髪が肩まで伸びている。

どう見ても警護の兵士には見えない。見たところこの病棟に入るのに必要なIDカードを身に着けていない。美奈は念のため英語で声をかけた。

「失礼。ここは一般の方は立ち入り禁止の区域ですよ。関係者の方ですか?」

声をかけられた青年は窓から体を離して美奈の方に向き直った。女でもここまではそうはいない、という程真っ白できめ細やかな肌、魂を吸い込まれそうな青い澄んだ瞳、そして細身だがギリシャ彫刻のように均整の整った引き締まった体つき。美青年という言葉がこれほどぴったりくる男性は見たことがない。美奈は年甲斐もなく、一瞬ドキリとした。

「すみません。迷ってしまったようで。一般の入院病棟へ行くつもりだったのですが」

青年は上品な微笑を浮かべて美奈に答えた。

「でしたら、あっちの階段を下りて二つ下の階ですよ」

「そうでしたか。では失礼」

優雅な動作で軽く一礼して廊下の角に消えていく青年。美奈は背を向けエレベーターの方へ一歩足を踏み出して、その時はたと気づいた。

「え? 今の……日本語?」

美奈は走って青年が曲がっていった廊下の角に駆け付けた。その間わずか二、三秒のはずだがあの青年の姿はもうどこにもなかった。美奈は狐につままれたような気分でエレベーターに向けて踵を返した。

今の時代、日本語を話せる外国人は珍しくはない。たまたまエルサレムにいても不思議はないだろう。だが美奈はさっき確かに英語でしゃべっていたはずだ。なぜ、美奈が日本人だと分かったのだろうか?それに、相手が日本語を話している事になぜ、終わるまで自分は気づかなかったのだろう?

首をかしげて自問自答しながら、美奈はエレベーターを待った。

出航翌日の昼食時、ペンドルトン提督、守山艦長、日野雄平、玉置玲奈一尉、そして砲雷長である加藤という二尉が幹部乗員用食堂に集合していた。やっと艦内が落ち着いてきたので、提督が今のうちに話しておきたい事があるというのだ。

その日のメニューはカレーだった。ペンドルトン提督は小学生の女の子のようなはしゃぎ様でカレーの皿をまじまじと見つめていた。

「オー! これが日本のカリーですか。ほんとにライスの上にそのまま載っているですね。アメリカ人が知っているカリーとはだいぶ違いま~す」

守山艦長がスプーンを手に持って食べ方の手本を提督に見せながら言う。

「今日は金曜日ですからね。海上自衛隊の艦内では、金曜日の昼食はカレーライスと決まっているのです」

提督は面白そうにスプーンでカレーのルーと米粒を混ぜ合わせながら問い返した。

「それはなぜですか?」

「長期間の航海だと、どうしても曜日の感覚が無くなり易いですからね。乗員に一週間のリズムを忘れさせないよう、金曜日の昼は必ずカレーにしているのです。わが海上自衛隊の長年の伝統です」

「オー! それは良いアイディアです。日本人は細かい所に気を配るのですね~」

「艦ごとに独自の味付けの工夫がありましてね。クラーケン襲来以前は、護衛艦の数だけレシピがあると言われたものです」

「オー! それは是非食べ比べをしてみたいで~す!」

「ああ、提督。過剰な期待はしない方がいいですよ」

玉置一尉が皿の中をかき回しながら仏頂面で口をはさんだ。

「これ、具は小さいし、肉は少ないし。ねえ、防衛予算なんとかしてくれるように、国連から圧力かけてくれません?」

守山艦長がしかめっ面でたしなめる。

「ええい! よさんか、玉置一尉。提督がせっかく感心してくださっておるのに。これは長年の海自の伝統……」

「もう、これだから昭和生まれは。いまどきカレーが楽しみなんて、小学校の給食でもありませんよ」

「昭和生まれは関係ないだろう!」

雄平は笑いをかみ殺しながらスプーンを口に運んだ。この玉置という一尉、統合幕僚監部直属というプライドのせいなのか、報道官という職掌柄なのか、どうも何かにつけて一言ケチをつけないと気がすまない性格のようで、二日目にしてもう何度も艦長とこんな感じでやり合っていた。

食事が終わったところで壁の液晶パネルに提督が自分のパソコンのデータを映し出した。それはクラーケンの資料映像のようだった。おそらくこれまでクラーケンと遭遇してきた各国の軍隊の艦や航空機から撮影した物だ。しばらく見ていると、雄平は奇妙な点に気付いた。

クラーケンの本体ははるか遠くにはっきり見えているのに、ビデオカメラのすぐ横のフリゲート艦が激しい衝撃を受けて傾き、沈没していく光景が写っている。他の者ももう気づいているようだった。守山艦長が提督に尋ねる。

「提督。今の映像は、何かクラーケンとは別の物体と接触したように見えましたが?」

提督は無言でパソコンを操作し、上空から海面を撮影した場面に切り替える。わずか十秒ほどだったが、海面の下を何か巨大な影が横切って行くのが見えた。そこで提督はゆっくり口を開いた。

「クラーケンは、自分の体の一部を分離させて独自に行動させる事が出来るようですね」

「まるで潜水艦だな」

砲雷長が画面をじっと見つめながら言った。提督が言葉を続ける。

「火器管制の責任者である砲雷長に同席してもらったのは、このためです。国連海軍本部ではこの物体を仮に魚竜と呼称しています」

「魚竜って、あの恐竜時代の海の巨大爬虫類ですか?」

「そうです。目撃した生存者の証言では、まるで生き物のように水中を自由自在に移動していたそうです。さらに、これを見て下さい」

またスクリーンの場面が変わり、今度は霧の中で戦闘機が何かの飛行物体と空中で衝突するシーンだった。海上の艦艇から撮影した物らしい。また雄平が言う。

「横須賀で自分が目撃したミサイル状の物体でしょうか? いや……これは、ただまっすぐ飛んでいるんじゃない。まるで航空機の動きに見える」

だが深い霧に邪魔されてその空中の物体の形状や動きははっきりとは見えなかった。提督が言う。

「そこはまだ確認されていません。でも、もし本当に航空機並みの飛行能力を持っているとしたら、ミスター・ヒノが見た事のある単純なミサイル状の飛行物体とは違う事になります」

画面をオフにし、提督は砲雷長に体を向けなおして真剣な顔つきで尋ねた。

「この艦、おぼろづきの対潜、対空装備はどうなっていますか」

砲雷長は間髪入れずに答えた。

「甲板上に対潜水艦魚雷は計八門。あの水中の移動物体には充分対処できます。ただ、本艦は艦対空ミサイルを現在装備しておりません。VLS三十二基中、対艦十六、対地八、対潜八という構成です。対空装備はファランクス五門のみです」

「対空ミサイルを搭載は可能ですか?」

「VLSの発射筒の規格が合えば、もちろん可能であります」

「分かりました。必要ならパールハーバーで対空ミサイルと換装できるよう準備しておいて下さい。キャプテン・モリヤマ」

提督は今度は守山艦長に向き直って言った。

「これが、おぼろづきが暫定旗艦に任命された理由です。対地、対艦、対潜、対空、この全てを一隻でこなせる戦闘艦艇で、かつステルス性能を持った軍艦は今では日本のこの艦だけなのです」

「なるほど……」

守山艦長はいつになく厳しい表情になって答えた。

「あの化物と遭遇したら、私が考えていた以上の厳しい戦闘になりそうですな」

そして六日後、おぼろづきはハワイ諸島まで百キロの位置まで到着した。出発した日本は真冬の寒さだったが、常夏の島と言われるだけあってもう半袖でも汗ばむ気候になっていた。夏用の制服に着替えて、比較的のんびりした毎日を送っていた乗員たちだったが、おぼろづきの長距離レーダーを担当する哨戒長が突然大声を上げた。

「レーダーに感あり! 八時の方向、距離六十キロ。巨大物体」

ブリッジの全員がそれぞれの計器にかじりつく。通信長がヘッドホンを頭に装着し、数秒後に全員に向かって叫んだ。

「敵味方識別信号に応答なし!」

守山艦長が艦内放送のマイクに向けて怒鳴った。

「総員、第一級警戒態勢! 繰り返す、総員第一級警戒態! 飛行科は哨戒ヘリの発進準備にかかれ!」

艦内は非番の者も含めて全員が持ち場に脱兎のごとく駆け付け、緊迫した空気が隅々までみなぎった。やがて後部甲板からMCH101哨戒兼輸送ヘリが発艦し、その巨大物体の場所へ向かう。

「キャプテン・モリヤマ。ヘリにあまり近づき過ぎないようにと」

ブリッジの自分の席に駆け込みながらペンドルトン提督が艦長に言う。艦長は無言で大きくうなずいた。

MCH101は対潜ミサイルも搭載可能だが、今回は長距離からの精密撮影が可能な大型望遠ビデオカメラを搭載したため武装していない。もしクラーケンから分離する飛行物体と遭遇したら危険だ。

やがてヘリから送られてきた海面の映像がブリッジの大型スクリーンに映し出された。青い海の上を青銅色の巨大な円盤状の物体がゆっくり動いている。巨大すぎてその全体がカメラの視野に収まりきれない。

雄平は確信した。クラーケンだ。すばやく視線を艦長に向ける。守山艦長は無言でうなずいて艦内放送のマイクを手に取った。

「総員第一級戦闘配置に移行! 繰り返す、総員第一級戦闘配置!」

それからペンドルトン提督に向かって尋ねた。

「提督。戦闘の指示を願います!」

提督は自分の机のモニタースクリーンを見つめながらゆっくり答えた。

「クラーケンが艦船を襲撃するつもりなら、パールハーバーが一番近いですね。パールハーバー基地のレーダーも捉えているはずですが、通信長、念のため基地に報告を送って下さい」

「通信長、了解!」

「それからヘリは帰投させて下さい。そして本艦は……」

そこで提督は迷っている素振りで考え込んだ。一瞬の沈黙がブリッジを支配した。そして提督はゆっくりと頭を守山艦長に向けて、別人のような威厳のこもった声で命令を発した。

「本艦は単独でクラーケンを迎撃! オアフ島へのこれ以上の接近を阻止!」

守山は席から立ち上がり素早く提督に向けて敬礼した。そしてブリッジの全員に叫んだ。

「取り舵いっぱい! 進路百八十度反転! 全火器、発射準備!」

おぼろづきは進行方向を変え、クラーケンに向けて全速力で海原を疾走した。距離が五十キロを切ったところで、長距離レーダーを備えた航海用マストを船体内部に収容、戦闘用短距離レーダーのみに切り替えた。

四十キロの地点で守山艦長がCICと呼ばれる、艦体の奥深くにある戦闘指揮所に移動した砲雷長に艦内通信を通じて命じた。

「対艦ミサイル、フタ、発射!」

CICの部屋の中でスクリーンを見つめながらヘッドホンでブリッジと通信していた砲雷長は各武器の管制をしている砲雷科員に指示した。

「対艦ゼロヒト、ゼロフタ、用意!」

女性のミサイル担当科員が復唱する。

「対艦ゼロヒト、ゼロフタ、用意完了」

「発射!」

艦首の艦橋と主砲の間に並んでいる四角い金属の蓋が二つ自動で手前に開いた。一瞬後ゴウという腹に響く音と共に白煙が中から吹き出し、全長五メートル、直径三十五センチの90式艦対艦誘導弾、通称SSM-1Bと呼ばれるミサイルがおぼろづきの真上に向かってオレンジ色の炎を吹き出しながら飛び上がった。数十メートル上空まで垂直に飛んで、やおら下向きに方向を変え、海面数メートルの高さを目にもとまらぬスピードで飛び去って行った。数秒後、ブリッジの哨戒長が叫んだ。

「着弾確認……二発とも命中!」

一瞬ブリッジに小さなどよめきが満ちる。だが、哨戒長の続く言葉がそれを重い沈黙に変える。

「目標、進行方向、速度、ともに変わらず!」

予想はしていた事だが、守山艦長はいまいましげに右の拳を自分の左掌に打ち付けた。

「くそ! 90式の一発や二発では蚊に刺された程度か? 砲雷長! 対艦フタ……いや、全弾発射!」

VLSの十四の蓋が一斉に開いた。二秒の間隔を空けて次々に90式対艦ミサイルが飛び出していく。それらは全てがクラーケンに命中したが、その速度をほんのわずか鈍らせる程度に過ぎなかった。

おぼろづきの対艦ミサイルはもう尽きた。相手が巨大だから対地ミサイルを使用すべきかどうか守山艦長が判断に迷っている時、突然ブリッジの通信機に音声が割り込んできた。驚いた通信長がブリッジ全体に聞こえるスピーカーにそれを流す。その声は英語でこう告げていた。

「日本の駆逐艦に告げる。あとは引き受ける。目標から三十キロ圏外まで退避せよ」

数秒後、おぼろづきの真上を二機の戦闘機がクラーケンの方向に向かって飛び去った。

「哨戒長! 今のは何だ? なぜ接近の報告が無かった!」

レーダーのスクリーンを見ていた哨戒長はためらいがちに答えた。

「それが、レーダーに感はありませんでした。少なくとも戦闘機サイズの物は……」

「F-22だ!」

双眼鏡で外を見ていた哨戒員が驚愕の声を上げた。

「米軍のステルス戦闘機だ! レーダーに映らないはずです!」

その数分後、今度はもっと巨大な軍用機が十機、次々とおぼろづきの真上を通過して行った。今度もおぼろづきのレーダーは直前まで接近を探知できなかった。それは翼と胴体が一体になった、三角形の機体で後ろの部分がWの字型に切れ込んだような形をしていた。

「B-2ステルス爆撃機か?」

自分も双眼鏡でブリッジの窓から空をのぞいていた雄平が叫んだ。

「馬鹿な。B-2は五年前に全滅したはず……いや、形が少し違うな。B-2よりちょっと小さい」

帰還中のおぼろづきのヘリのカメラがその飛行編隊を捉えて映像をブリッジに送ってきた。F-22に先導された十機のステルス爆撃機は、クラーケンに接近すると機体下部から精密誘導爆弾を次々に投下。グライダーのような翼を開いた大型爆弾は空中を滑空しながら落下し、クラーケンの進行方向を遮る形でその巨体の周縁部に命中、炸裂した。

やがてその猛攻に耐えかねたのか、クラーケンはゆっくりと今までと逆、西の方向に進路を変えてハワイ諸島からゆっくり遠ざかり始め、オアフ島から二百五十キロの地点で静止した。

パールハーバー基地から出動した米海軍のパトロール部隊に監視を引き継ぎ、おぼろづきはパールハーバー基地に向かう事にした。あの爆撃機の編隊は順次引き返して行く。おぼろづきのヘリが念のため後を追うと、オアフ島のすぐ近くに巨大な空母らしき艦影が見えてきた。

その様子をブリッジのスクリーンで見つめていた雄平たちは、最初とまどいの声を上げた。その空母は全長三百五十メートルぐらいだろうが、あまりにも変な形をしていた。真上から見ると真四角、正方形に見えるのだ。しかも艦橋らしき上部構造物が右舷から四分の三ほど内側に立っている。普通、空母なら艦橋は艦載機の邪魔にならないように可能な限り舷側に寄せるものだ。

が、あの爆撃機が近づいた時、その理由が分かった。その空母の飛行甲板の両側四分の一ずつが艦首の方向に向かって折れ曲がり始めたからだ。その部分の下は三角形の板状の支えになっていて、正方形の横が左右に前に展開し、がしゃんと全部で結合すると飛行甲板の長さが倍になった。

そこめがけてさっきの爆撃機が次々に着艦して行く。この状態での飛行甲板の全長は七百メートルはあるだろう。こんな巨大な空母は誰も見た事がなかった。いや存在しなかった。かつて世界最大の空母だったアメリカ海軍のニミッツ級でさえ、全長は掛け値なしに三百三十メートル程度だったはずだ。

やがておぼろづきのヘリが望遠でその巨大空母の艦首左舷部を捉えた。そこには真っ白い文字でこうあった。

「UNN-01」

それを見たペンドルトン提督はおぼろづきのブリッジで椅子から飛び上がらんばかりに興奮した様子を見せた。

「オー! あれは万能艦隊の構成艦で~す!」

守山艦長も目を丸くして、信じられない、という表情で誰にともなくつぶやいた。

「全長七百メートルの、それも折り畳み式飛行甲板の空母……馬鹿な……」

やがておぼろづきのヘリが空母の左舷に回り込み、艦首左舷側にやはり白文字で書かれている艦名を映し出した。

「EVITA」

雄平は必死に記憶をまさぐった。エヴィータ……何か映画だかミュージカルの題名だったような。その疑問は提督の声が解いてくれた。

「二十世紀前半のアルゼンチン大統領の妻、つまりファーストレディだったマリア・エバ・ドゥアルテ・デ・ペロンのニックネームですね。なるほど、艦名は南米諸国に花を持たせたわけですか」

「提督、空母から通信が入っています」

通信士がペンドルトン提督に告げた。提督はおぼろづきのブリッジの大型スクリーンを下ろさせ、そこに映像を映し出すよう指示した。やがてスクリーンに、アメリカ海軍の士官の制服を着た白人の男が映った。彼はスクリーンの中で敬礼し、話し始めた。

「こちら、アメリカ合衆国海軍大佐、ロバート・フィツジェラルドであります。国連海軍提督とお話ししたい」

「国連海軍、万能艦隊提督、キャサリン・ペンドルトンです」

提督がスクリーン越しに答えた。相手の艦長らしき人物が続ける。

「提督に本艦への乗艦ならびに本艦の監査を要請します。本艦はこれより一度パールハーバーへ帰港します。迎えのヘリを差し向けますので、貴艦もパールハーバーに寄港をお勧めします。弾薬などの補給の希望があれば、どうぞ」

「分かりました。本艦おぼろづきの艦長、副長、および日本国自衛隊の広報担当士官を同行させたいのですが、構いませんか?」

「歓迎です、提督閣下」

「では後ほど、パールハーバーで」

そこで通信は終わり、守山艦長は各セクションの責任者に補給物資のリストを作成するよう命じた。特に対艦ミサイルを使い果たしていたし、艦対空ミサイルを新しく搭載する必要があった。米軍からはいずれも調達可能との連絡だった。ひと段落したところで、守山艦長が雄平に向けて怒鳴り声を上げた。

「副長、何をボケッとしている? やるべき事があるはずだぞ」

「は? 何でしょうか?」

面喰って聞き返す雄平に艦長は怒気を強めた声で言った。

「今向かっているのはパールハーバーだぞ。それを忘れたか?」

「そうでした!」

あわてて雄平は艦内放送のマイクを手に取った。

「副長より総員に告ぐ。手が空いている者は全員、制服制帽を着用して十分後に甲板に集合せよ」

それから雄平もあわててブリッジから飛び出し、甲板へ向かった。次々に甲板へ駆け上がってくる乗員たちは、しかしなぜそうする必要があるのか、理解できていない様子だった。港湾まではまだ距離があったからだ。雄平は進行方向右舷に女性隊員、左舷に男性隊員を整列させ、自分は艦首に立った。

やがて海上に大理石で出来ているらしい長い屋根付きの渡り廊下のような物が見えてきた。雄平の号令と共に甲板上の全員が帽子を脱ぎ最敬礼の姿勢をその建造物に向けて取った。雄平の隣の男性隊員が敬礼の姿勢のまま、小声で尋ねてきた。

「副長、あの白いのは何ですか?」

「アリゾナ・メモリアルだ。あの下に戦艦アリゾナが沈んでいる。海上自衛隊の艦船がパールハーバーに寄港する時は、こうして敬意を示すのが昔からの慣習なんだ。覚えておけよ。もっとも俺もさっき艦長にどやされるまで忘れていたんだけどな」

「戦艦アリゾナ……あ、旧日本軍の真珠湾攻撃で沈んだやつですか。そうか、日本とアメリカって昔戦争した事があったんですよね」

「まあ、それが俺たちの世代の感覚だよなあ。そんな戦争、歴史の教科書の中の話でしかないもんなあ、俺たちにとっちゃ」

やがて港の方から数隻のタグボートがおぼろづきに近づいて来るのが見えた。さらに輸送用の小型ヘリがおぼろづきの上空に現れ、着艦許可を求めてきた。おぼろづきの後部甲板のヘリ着陸用スペースに米軍のヘリを着艦させ、ペンドルトン提督、守山艦長、副長の雄平そしてビデオカメラを手にした玉置一尉がそれに乗り込んだ。

ヘリが発艦するのを見届けたおぼろづきの飛行科の隊員たちは、ため息交じりにおしゃべりを始めた。

「あーあ、女の園への扉の鍵は手に入らずじまいか」

「くそ、あんだけ頭絞って考えたのになあ。アメリカ人の女とは限らなかったのかよ」

「いや、おまえのはそれ以前にダメだろ。提督は歴史上の女性って言っただろ? その人まだ生きてるぞ」

「ううん、勇ましい女ってイメージはピッタリだと思ったんだがなあ」

そう言ってその飛行科員は自分が投票に使った紙切れを海に放り投げた。その紙片にはこう書いてあった。

「ヒラリー・クリントン」

提督たちを乗せたヘリはパールハーバーではなく、あの巨大な空母の甲板に直接着艦した。提督を先頭にヘリを下りると、あの時スクリーンに映った大佐が士官を引き連れて迎えに来た。

一行はまず、ブリッジの操舵室に案内されそこで改めて互いに自己紹介をした。フィツジェラルド大佐はやはりこの空母の艦長だった。それから飛行甲板の下のハンガーベイ、つまり艦載機の格納庫へ案内された。

そこにはあの大型ステルス爆撃機がズラリと並んでいた。全長二十二メートル、折り畳んだ主翼を全開にすれば、機体の全幅は五十メートル。かつて米空軍が所有していたB-2という爆撃機に似ているが、若干小ぶりで主翼を折り畳める点などが違う。フィツジェラルド艦長が誇らしげに告げた。

「空母搭載用に開発したB-3戦略爆撃機です。偵察、護衛用にF-22戦闘機を二機搭載しています」

それを聞いた玉置一尉が小声で雄平に言った。

「F-22が露払い役って事? これ、航空自衛隊の連中が聞いたら腰抜かすわよ」

「あはは、さすがアメリカ。スケールがでかい」

フィツジェラルド艦長が説明を続ける。

「このエヴィータの飛行甲板は、もうお気づきでしょうが、両側四分の一ずつが百八十度前方に展開し、B-3の離着艦に十分な長さを取ります。それでも発艦には不十分ですので、超電導電磁カタパルトを飛行甲板に設置しています」

「超電導電磁カタパルト?」

そう訊き返した守山艦長にフィツジェラルド艦長が答える。

「日本のリニア新幹線と同じ原理ですよ。甲板上に電磁石を並べたレールを敷き、機体に埋め込まれている電磁石との間でS極N極の反発力を調整して加速するのです。着艦時には逆に機体を前方の磁石の反発力と後方の磁石の吸引力で減速させます」

「ちょっと待って下さい」

不意にペンドルトン提督がいぶかしそうな口調で話を遮った。

「フィツジェラルド艦長。これだけの大電力を必要とする以上、この艦の動力源は原子炉としか思えません。ですが万能艦隊の構成艦には原子力は禁止のはずですが?」

「その点はご心配なく。どうぞこちらへ」

フィツジェラルド艦長はそう言って一行を艦尾の方へ案内した。普通なら原子炉などの動力源がある区画に来ると、床から天井まで届く巨大な箱型の装置が二つ並んでいた。フィツジェラルド艦長はそれを指さして言った。

「これが本艦のメイン動力源、超電導バッテリーです。多分ご存じでしょうが、金属などを絶対零度近くまで冷却すると電気抵抗がゼロになり、理論上は無限大の電力を貯蔵できます。まあ現実には無限大とはいきませんが、原子炉並みの大電力を供給できます」

「なるほど、では問題はなさそうですね」

そう言ったペンドルトン提督の真正面にフィツジェラルド艦長は立ち、右手を挙げて敬礼の姿勢を取り大声で言った。

「国連海軍、アメリカ大陸ブロック代表、アメリカ合衆国海軍所属、戦略爆撃機専用空母エヴィータ。万能艦隊への合流を許可願います!」

ペンドルトン提督も背筋を伸ばし敬礼の姿勢を取り凛とした口調で答えた。

「許可します!」

そして敬礼の姿勢を解いた二人はにっこり笑って握手を交わした。

「これは心強い艦が仲間になってくれました。でも同じアメリカ人だからと言ってひいきはしませんからね」

「ははは、お手柔らかに。では艦長室へどうぞ。ディナーをご一緒しましょう」

それから一行は空母エヴィータのブリッジの下の階にある艦長室に通された。おぼろづきの艦長室の倍は優にある広い部屋で、アメリカの空母に乗った事がない雄平と玉置一尉は驚かされた。

全員がテーブルに着くとフィツジェラルド艦長はいたずらっぽい笑みを浮かべて雄平たちに言った。

「日本の軍艦をここにお迎えするのはしばらくぶりだが、変わらぬ戦艦アリゾナへの表敬の念、感謝します。お礼に今日はアヒポキをご馳走しましょう」

玉置一尉がこっそり雄平に訊いて来た。

「ねえ、アヒポキって何?」

「いや、自分も知りません。しかし、なんか痛そうな名前の料理ですね」

若い士官たちが部屋に料理が乗ったプレートを運んできた。学校給食で使ったようないくつかのへこみがあるプラスチックのプレートで何種類かの料理が乗っている。ペンドルトン提督がお客さん用のご馳走ではなく、普段乗員が食べている食事に近い物を、とリクエストしてあったそうだ。

雄平と玉置一尉はすぐにそれに気づいた。サイコロ状に切った魚の赤身がレタスや海藻と一緒にサラダドレッシングのようなソースをかけられている。それがアヒポキらしい。一口味わった玉置一尉は小声で雄平に言った。

「マグロね。日本人としては醤油を垂らしたいとこだけど」

「はあ、でもこれはこれでいけてますよ。てか、これ日本の刺身が原型ですかね?」

「こっちは間違いなくそうだな」

守山艦長が横から口をはさんだ。艦長は手づかみでそれを口に運ぶ。俵型の米のお握りの上に焼いたハムのスライスの様な物が乗っかっていて、真ん中が黒く細いテープ状の物でぐるりと巻かれている。

口に入れて確かめてみると、それは間違いなく海苔だった。お握りの上に乗っていたのは、日本でコーンビーフとかランチョンミートと呼ばれる肉の缶詰を焼いた物だった。それを頬張りながら雄平は思わず言った。

「こりゃ、原型は絶対に日本の握り寿司だな」

その肉は米国では「スパム」と呼ばれているそうで、スパムむすびとでも言うべき料理だった。食後のコーヒーの段になって守山艦長がフィツジェラルド艦長に丁寧に礼を述べた。

「いやご馳走になりました。我々日本人が来るというので特別なメニューまで用意していただいたようで」

「いや、それは誤解です」

フィツジェラルド艦長は笑いながら言った。

「確かに日本からの移民の影響を受けた食べ物でしょうが、少なくともハワイではありきたりの物ばかりですよ。あのスパムむすびなどは本土でもよく見かけます。お客さん用ではない、普段の食事を、という提督のご要望でしたので」

そして翌日、クラーケンを監視していた米軍部隊からクラーケンが海上を北上し始めたといいう報告が入った。対艦ミサイルと対空ミサイルの補充を済ませていたおぼろづきのブリッジでペンドルトン提督は出航を命じた。それから大型スクリーンに映るエヴィータ艦長フィツジェラルド大佐に向かって言う。

「空母エヴィータ。万能艦隊一号艦として同行を命じます。おぼろづきに随行して出動せよ!」

「イエス、マム!」

スクリーンの中でフィツジェラルド艦長が鋭い動作で敬礼し、そしておぼろづきはアメリカ海軍の最新型にして、人類史上最大の軍艦であろう空母エヴィータを引き連れて、パールハーバーを後にした。

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