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アルージエの要求は突拍子もないものだった。
曰く、『シャンフレックを教皇都市ルカロに招きたい』とのこと。
ファデレンとしては別に構わない。
ヘアルスト王国は国教をフロル教としているし、留学と称して送り出すのもアリだろう。
問題はアルージエの狙いだ。
彼は何を目的として、娘をルカロに招致しようというのか。
「シャンフレック。聖下は何をお考えなのだろうか」
アルージエが去った後、ファデレンは尋ねた。
彼の問いにシャンフレックは目を逸らす。
「さ、さあ……なんでしょうね」
まさか婚約を申し込まれたとは言えない。
ユリスの馬鹿が周囲に言いふらして露呈する可能性もあるが、そうなったら適当に理由をつけて婚約を取り消したと説明するだけだ。
「アルージエの目論見が何にせよ、私がルカロに行くのはリスクがあると思います」
「ふむ……その心は?」
「最初は新たな交易路を開くことができるし、交流も広げられると思いました。しかし、フェアシュヴィンデ家が教皇領と結びつきを深めるのをよく思わない諸侯もいるのでは、と」
「なるほど。お前の商才はずば抜けて秀でている。わが領地に富をもたらすのならば、お前をフロルに送り出すこともやぶさかではないが……たしかにそういった問題もあるな」
長椅子に座り、ファデレンは腰を深く沈めた。
「その前に、フェアリュクトを呼ばねば。聖下はお許しになると言ったが、あいつの無礼は到底許されるものではない。聖下がヘアルストを出て行ってしまう前に、一度は謝罪させておかねば」
「それは……ええ、仰る通りです」
父が謝罪しろと言っても、おそらくフェアリュクトは言うことを聞かない。
なのでシャンフレックが命令するしかないだろう。
「それに誕生祭も控えている。お前をルカロに行かせるにしても、フェアシュヴィンデ領での誕生祭が終わったら……だな」
誕生祭は初代教皇の誕生を祝う祭りだ。
しかし今や宗教的な儀礼を通り越して、年に一度のイベントのような扱いになっている。
「でも、アルージエはルカロに帰さなくてはいけないと思いますわ。教皇が祭事にいないなんて知れたら、ルカロは大騒ぎになるでしょうし」
「うむ。とりあえず、三日だ。三日以内にフェアリュクトを呼び、その後に聖下にはお帰りいただこう。まったく、面倒なことになったな……」
婚約破棄の話など、すでにファデレンの思考から抜け落ちていた。
今は目前の課題にどう対処するかだ。
***
実家から早馬で届いた手紙。
フェアリュクト・フェアシュヴィンデは手紙の内容を見て、冷笑した。
肩の震えに合わせて、彼の茶髪が揺れる。
「フッ……」
「いかがしました、旦那様?」
フェアリュクトの使用人であるニヒトが首を傾げる。
ニヒトはフェアリュクトよりも歳の若い、金髪の召使。
そしてフェアリュクトが誰よりも信を置いている、十年来の友人でもあった。
「この前、殴って牢に入れた男がいるだろう? あのシャルにラブレターを書いたイケメンだ」
「あの方ですか……別にラブレターには見えませんでしたけどね。内容は少し情熱的でしたが、単に感謝を綴っただけの文章に見えました」
「いーや、あれはラブレターだ。それはともかく……あの男から奪った荷物、どこにやった?」
「まだ保管してありますよ。中身は検閲してませんが……」
アルージエが持っていたバッグ、衣服、武器など……すべて投獄する際に没収した。
ここでしっかりと中身を検めていれば、彼が教皇であることなどすぐに気づけたのだろう。
「今すぐ持ってこい。奴は教皇らしい」
「……?」
「まあ、そういう反応になるだろうな。とりあえず荷物を持ってきてくれ。クククッ……」
ニヒトは困惑していた。
あまりに話が突飛すぎて、フェアリュクトは笑いが止まらない。
しかしながら彼は一切負い目を感じていなかった。
教皇だろうと国王だろうと、妹に不用意に近づく者には制裁を。
それが彼のポリシーなのだから。
フェアリュクトとしては、ユリスが妹の婚約者なのも納得していなかった。
あの無能が妹の婚約者など。
妹が婚約破棄されたと聞いた時……『よくもシャルを婚約破棄したな』という憤激と、『よくシャルを解放してくれた!』という喜悦が同時に襲ってきた。
複雑な胸中だが、今のところユリスを殴るのはやめておいた。
少し時間が経ったところで、アルージエの荷物をニヒトが持ってきた。
よくよく確認してみると、教皇の印章が確かに存在している。
「荷物、持ってきました。旦那様、教皇って教皇様?」
「そうだ。ルカロ教皇だ」
「……あの若い方が? 旦那様よりも若いですよね」
「顔見知りの父上が言うのだから間違いない。俺は教皇といえば、腰の曲がった爺をイメージしていたのだがな……わからんものだ」
手紙には『今すぐ領地に戻って謝罪しろ』と書いてある。
領地に戻る気はあるが、謝罪する気はない。
さらに言うと、アルージエがシャンフレックに変なことをしていないか確認するつもりだ。場合によってはもう一度ぶん殴る。
「王都を出るぞ。デュッセルの護衛の予定があったがキャンセルだ。すぐに戻ると伝えておけ」
「承知しました」
王国最強の剣士とも謳われるフェアリュクトは、普段からデュッセル第一王子の護衛をしている。二人は幼少期から非常に仲が良く、いきなり予定をすっぽかしたところで問題はない。
フェアリュクトの珍奇な行動には、第一王子も慣れていた。