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翌日以降も予定通り、俺とテオは王都の外へ魔物狩りに出かけた。
運よく初日にレア魔物を倒せたおかげで、『資金稼ぎ』という目的は達成済み。
ということで冒険者が多いスラニ湿原には行かず、他の穴場的な狩場を転々としながらのんびり魔物を狩っていく。次のダンジョン攻略に備えて、腕がなまらないよう、人目のなさそうな場所で【光魔術】の練習もしておいた。
フルーユ湖出発の前日は魔物狩りを午前中のみにし、午後は商業区で出発準備の買い物にあてる。
剣が暴走しないよう武器屋だけは注意深く避け、消耗品を中心に色々と購入。
トラブルもなく買い物を終えることができ、俺はホッと胸をなでおろした。
そして、フルーユ湖出発当日の早朝。
6日間泊まった宿を発った俺とテオは、待ち合わせ場所へと向かう。
ネレディに指定されたとおり、東門近くの小さな喫茶店へ。
雰囲気のあるカウンター席でコーヒーを飲みつつしばらく待っていると、地味な魔術師風のローブを羽織った小柄な女性に声をかけられた。
「失礼します。大変お待たせいたしました」
その女性の顔には見覚えがあった。
服装こそ異なるものの、彼女はネレディの家に仕える従者で、先日ナディを追いかけて冒険者ギルドへ飛び込んできた若いメイドの1人だったのだ。
「覚えていてくださり光栄でございます、タクト様」
ペコリと丁寧にお辞儀してから、メイドは『イザベル』と名乗った。
そして俺とテオを、大通りの路肩に止まった黒っぽい箱馬車へと案内する。
一行が目的の馬車へ近づくと、金ボタン付きの黒い上着を羽織った男が、御者台からサッと飛び降り、深く被った帽子を取って頭を下げる。
「タクト様、テオ様、おはようございます」
彼は同じくネレディに仕える従者で、ネレディ達との食事の席にも同席した執事のジェラルドであった。
「おはようございます」
「おはよー! 今回はジェラルドが御者なのかい?」
「さようでございます。どうぞ、お乗りくださいませ」
そう言って、ジェラルドは礼儀正しく馬車の扉を開ける。
「2人ともおはよう! ほら、ナディも挨拶しなきゃ」
「……おはよぅ……」
俺達が馬車へ乗り込むと、笑顔のネレディと、とろんと眠そうな目をしたナディが出迎えてくれた。
俺達も挨拶を返したところ、大きくあくびをしたナディは、ネレディにもたれかかるようにして眠ってしまうのだった。
困ったようにネレディが言う。
「……ごめんね。今日は準備やら何やらで、いつもより早くナディを起こしちゃったから、まだ寝足りないみたいで」
「大丈夫だよ! どうせフルーユ湖まで数時間かかるし、今のうちに寝といたほうがいいって! な、タクト?」
「ああ」
「……ありがとう。それじゃ、出発しましょう」
俺とテオの返事を聞いて、ネレディは微笑む。
そしてナディを起こさない様に気をつけつつ、ジェラルドに出発の指示を出した。
俺達を乗せた箱馬車は、草原に挟まれた平坦な街道沿いにフルーユ湖へとゆっくり向かう。
御者席で手綱を握るのは、御者に扮した執事のジェラルド。
その横に座るのは、魔術師風の恰好をしたメイドのイザベル。
ネレディいわく、彼らは従者の中でも特に口が堅く信用できる人物であり、フルーユ湖で何を見ても決して外部に漏らすことは無いだろうと。
またジェラルドは剣術の使い手、イザベルは水属性の魔術の使い手と、2人共それなりに戦えるため、万が一の時は安心してナディを任せられるのだそうだ。
広めの馬車の中で揺られているのは、後方の座席に俺とテオ、2人と向かい合う前方の座席にネレディ、彼女にもたれかかって無防備に寝ているナディ。
ネレディとテオが雑談するのを何となく聞きながら、俺はそわそわと座面や壁を触ったり、窓の外を眺めたりしていた。
そんな俺の様子に気付いたネレディがたずねる。
「タクト、さっきから落ち着かない様子だけど、どうかしたの?」
「あ、いやぁ……実は俺、馬車に乗るの初めてなんですよ」
照れくさいながらに答える俺。
ネレディは「あら」と意外そうな顔をする。
「なんかタクトの国だと、馬も馬車も全然使われてないんだってさ。だから馬に初めて乗ったのも、エイバスに来てかららしいぜ!」
テオが補足を入れる。
「へぇ、それじゃあ陸の移動は全部徒歩なの? それってすごく不便じゃない?」
ネレディの質問に、俺はやや戸惑った。
だけどよく考えたら、このリバースという世界の一般的な陸上の移動手段は徒歩もしくは馬や馬車に限られるし、ネレディがそのように思うのは最もだろうと気づく。
そこで日本の街並みを思い出しながら答えた。
「俺の故郷だと……『車』という名前の、馬が付いてない馬車みたいなのが一般的なんですよ」
ネレディとテオは口をポカンと開けて驚いた。
それから俺へと矢継ぎ早に質問を浴びせ始める。
俺は聞かれるがまま答えていく。
「馬がいない馬車なんて聞いたことないわ」
「それってホントにちゃんと走るのか?」
「走るよ」
「あら、馬がついてないのに?」
「馬じゃない動力源を使ってるんです」
「どんな動力源なんだ?」
「例えばガソリンや電気を使ったエンジンとか――」
「なぁにそれ?」
「んっと…………魔導具みたいなもんですね」
ネレディとテオの瞳がキランと光る。
心の中で、俺は「しまった……」と後悔した。
トヴェッテ王国の王女でもあり、資金も人脈も豊富なネレディ。
これでもかと技術や高級素材を詰め込んだ『ニルルクのアルティマテント』を注文して作ってもらうなど、アイテム生産には並々ならぬこだわりを持つテオ。
しかも好奇心が人一倍旺盛な2人にこんな話をしてしまえば、そう言い出すことは事前に予測できたはずなのだ。
確かに攻略サイトで調べれば、他のプレイヤー達がゲームで開発した車や飛行機などの様々な乗り物を製造できるレシピは分かる。
ひたすらに速さ・小型化・見た目等を追求したレシピから、比較的簡単に作れるお手軽レシピまで様々なものがあるなので、おそらくそのどれかは再現可能だろう。
車を作り出した場合、世界が “大変なこと” になってしまうかもしれないのだ。
俺自身もゲームにて、1度乗ってみたいと憧れていた『某クラシックカーっぽい見た目の、ワインレッドのオープンカー』を、街の工房に発注した経験がある。
持ち運びはアイテム欄(インベントリ)に突っ込めばよく、ゲーム内の色んな地域をドライブして景色を楽しんだり、カスタマイズして好みの機能を追加したりと、しばらくは大満足だった。
しかしふと気が付くと、俺の物以外にも、色んな街中で車が多数走り始めた。
不思議に思って調べてみたところ、発注先の工房がその利便性に目をつけ、俺の持ち込んだレシピを元に、勝手に車を大量生産して販売していたのだ。
急速に近代化していく街並み。
その時は一変した光景などに少し複雑な気分になったものの、まぁしょうがないか……と割り切るしかなかったのだった。
そんなある日、いつものように攻略サイトでゲームの情報収集をしていたところ、衝撃の記述を見つけてしまった。
気になった俺は読み進めていく。
記述によれば、そのプレイヤーも車を作り上げたらしい。
彼の場合は『戦車』を再現し、魔術への耐性も高くするなど、ゲーム内のリバースで無双できるよう、思いつく限りの機能を詰め込んだのだとか。
そして俺の場合同様、彼が発注した先の工房が勝手に大量生産し、『とある国の政府』に売り込んだところ、その国による他国への一方的な侵略が始まり……。
……結果、世界の半分が焼野原になってしまったのだという。
リバースという世界に戦争などが無さそうにみえたのは、あくまで国や街の間のパワーバランスが絶妙に保たれていたからであり、戦車がバランスを崩してしまったのだろう、とそのプレイヤーは締めくくっていた。
驚いた俺は他の事例も調べてみる。
すると、さすがにそこまで極端な例は少なかったが、中には『車を作った結果、街中で交通事故が増えた』『車を作った結果、貸馬屋が潰れた』等の記述を見つけた。
俺は安易に車を発注してしまったのを反省し、その周回は早めに魔王討伐(クリア)することで、いったん世界をリセット。
以降の周回では、世界に影響をなるべく与えないよう、『明らかにオーバースペックなアイテムを作る際は、出来る限り自分自身で習得した生産スキルを使用し、この世界の人間にはレシピを教えない』と決めたのだった。
ゲームでの苦い記憶と決意を改めて思い出した俺。
目を輝かせているネレディとテオを諦めさせるべく、適当に嘘をつく。
分かりやすく落胆する2人。
やや心は痛むが、この世界のためにはこれでいいのだと自分に言い聞かせる一方。
自分が作りたい様々なアイテムのためにも、生産系スキルを早く習得しなきゃと改めて強く思うのだった。