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十一月の九日のこと。
ある伝令が、櫛崎家の屋敷を駆け巡った。
『当主・浅長様の御側室であるお露の方様、朝から御陣痛の予知あり』
と。
これを聞いた浅長はもう焦りに焦った。
早産と聞いただけでも震えてしまったのに、まさかこんなに早く生まれるとは思っていなかったからである。
「なんということじゃ…。お露は大丈夫なのであろうか……」
結局浅長は政務にも何故か力が入らぬまま、
続報を待つことにした。
❁⃘*.゚
一方その頃。
お露の御殿である中の丸では………。
白い着物に身を包んだ侍女達が、薬湯や護符、桶に入ったお湯などを忙しそうに運んでいた。
うっすらと明かりが灯る几帳の奥には意識朦朧としているお露を侍女四人、そして産婆が支え励ましていた。
そのすぐ横にある次の間では、養母になるであろう良が特別に作られた仏像に向かって必死に祈っていた。
なにがあってもすぐ対応できるように御医者も横にいる。
「…………っ!」
「お方様!! しっかり。お息みくださいませ」
「ほら、頭が出てきてまいりましたぞ」
「どうか強く安全に……! 産まれてきてたもれ」
そして、陣痛から十二刻(二十四時間)後。
一日陣痛を耐えて生まれて来た子は、待望の男子だった。
「おぎゃー!」
『!』
「男子に御座いまする! 若君じゃ!」
産婆の一声を聞いて、侍女達がバッと頭を下げる。
『おめでとう御座いまする!!』
これには、良もどっと安心した。
しかし……
「……? 吾子の産声は? 普通もっと泣くのではないの?」
良が疑問に思ったその時。
「どうして………?」
「若君様! しっかりなさいませ!」
「何故………何故………!?」
という声がかすかに聞こえてくる。
只事ではないと悟った良は医者に大声を上げていた。
「御医者様、早うお露の方様の元へ」
その迫力に驚いたのか、医者は目を瞬かせながらも、
「は、ははっ」
と平伏し、さっと出ていった。
(女の出産は関係者以外に無闇に見られては恥ずかしいやもしれぬ___)
そう思い、侍女たち全員にも
「お露の方様からお世話を命じられている者以外は退出せよ。浅長様……殿にもこのことは言うてはなりませぬぞ」
念を押してから帰した。
良自身も一旦部屋に戻り、お露の子が元気に泣くことを祈っていたが……。
部屋に戻ってから十五分も経たない頃。
「良姫様ーっ! お方様ーっ!」
自身の侍女長であるお葉が部屋へ慌ただしく入って来た。
「どうしたのです、お葉。お露の方様は?」
一旦座らせて話を聞いてみようとすると、鬼のように焦った形相で、
「お露の方様の御子が……いえ、お露様までもが」
「なんなのじゃ。早う申されよ」
「…………御危篤に御座います」
「は !? それは誠か___ああ、いや…ともかく私をお露様の元へ」
「承知致しました」
産屋までの長い廊下を歩きながら、良は最悪の状態を考えていた。
(もし……助からなかったら……)
それよりも、母子ともに健康なのが一番望んだことだったが、それはもう叶わぬかもしれないと感じていた。
もしかしたら、母と子の命、選択を迫られるやもしれぬ…
ただ、自身は正室。一刻も早く側室を助けなければならない。
どうか、勘が当たりませんよう……。
今の良にできることは、それ以外なかった。
「此処で御座います」
良が案内されたのは、次の間ではなく、お露が横たわっているであろう部屋の戸だった。
これを開ければ地獄が待っているかもしれない。
自分に出来ることは数少ないかもしれない。
だが、正室としての役目はしっかり果たさなければいけない。
そして……ただお露を助けてやりたい。
そんな思いを胸に、良はガラッと戸を開けた。
「_____!!」
良が目にしたのは……緊迫した状況の中、苦しそうに横たわっているお露の姿だった。