コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜の帳が喫茶「桜」の外に広がり
空は一面に黒のベルベットのように
静まり返っていた。
その暗闇に
無数の星々が煌めいている。
「⋯⋯今日は、良く見えますね。
星詠みには、最適な夜でしょう」
静かな声が、闇に溶けるように漏れた。
時也は
店の裏庭に敷かれた石畳に立ち
頭上の空を見上げていた。
彼の手には
数本の桜の枝が握られている。
それは、彼の霊力の触媒であり
彼にとって欠かせない術具でもあった。
空気は冷たく澄み
星の光が研ぎ澄まされた刃のように
煌めいている。
満天の星が
夜の静寂の中に浮かぶ
光の地図を描いていた。
「⋯⋯この光⋯⋯乱れていますね」
時也の目が、ある一点に注がれる。
北天に並ぶ星座。
その配置は微かに歪み
その隙間に星がひとつ
僅かに震えるように瞬いていた。
その星は
小さく、淡く
それでも確かに其処に在った。
「⋯⋯これは⋯⋯っ」
時也の眉が僅かに寄る。
桜の枝を地に突き立てると
時也は静かに手を合わせた。
指先が組み合わされ
指の隙間から霊力が緩やかに溢れ出す。
「⋯⋯闇より生まれ
闇より来たりし星々よ⋯⋯」
低く静かな声が
まるで謳うように闇に囁かれた。
桜の枝が微かに震え
その先端に白く淡い光が灯る。
「⋯⋯光を捧げ、道を請う⋯⋯」
時也は、そっと指先を上げ
その指で星座をなぞった。
光を帯びた指が
空を裂くように動くと
星々の間に仄かな光の線が描かれた。
その線は、天の道筋
星の軌跡となり
宙に流れていく。
「⋯⋯なるほど、やはり」
時也は目を細め
その光の軌跡に視線を注ぐ。
星座の星のうち
ひとつの星の軌跡が
奇妙に捻れていた。
その先は
まるで星が地上へと堕ちるかのように
重たく引きずられている。
「これは⋯⋯」
時也は息を飲んだ。
「⋯⋯誰かが
星の運命を歪めている⋯⋯?」
桜の枝の先端が震え
その震えが彼の瞳に映る。
「⋯⋯まだ、わかりませんね」
静かに呟くと
時也は再び両手を合わせ
目を閉じた。
「⋯⋯虚ろなる光よ、真なる道を示せ」
その言葉と共に
彼の霊力がふわりと夜の空に放たれた。
光は桜の花弁の形となり
風に乗って空へと舞い上がっていく。
花弁は天の光の軌跡に沿って進み
捻れた軌跡の先に
ひとつの影を映し出した。
それは、人影だった。
輪郭はぼんやりとしているが
そこに存在することだけは
確かだった。
「⋯⋯これは」
時也の瞳に、微かに憂いが滲んだ。
「⋯⋯記憶を⋯喰らう者⋯⋯?」
時也は、バスルームでの
ソーレンの様子を思い出す。
彼は確かに
違和感を鋭く感じ取っていた。
以前、野良犬のように
街を彷徨っていた時代で
ソーレンが感じた〝不可解な〟現象。
それが
再び動き始めたのかもしれない。
時也は桜の枝を手に取り
静かに引き抜いた。
地に描かれた光の軌跡が
ゆっくりと消え
再び夜の闇が静寂を包み込んだ。
「⋯⋯星の道が⋯何処へ向かうのか⋯⋯」
時也は呟き
桜の枝を握る手に
僅かに力を込めた。
「⋯⋯これは、厄介ですね」
冷えた夜風が
静かに彼の髪を揺らしていく。
「⋯⋯雪音。
兄に、どうか⋯⋯
力を貸してくださいね 」
闇に沈んだその顔には
微かに険しい色が宿っていた。