マッドハッター 〜 クルデンにて 〜
クルデン。シン高地を抜ける手前にある小さな町。平凡な町。さほど有名でもない町なのでこれと言った名物品などはない。しかし、何故かここには、魔術師や占い師と言った生まれながらに力を持った者たちがよく足を運ぶらしい。
「我が主。どうやらここは、魔女狩りなどから身を隠すのにうってつけの場所のようですね。」
左肩に乗っているクロウが言う。最近知ったのだが、彼の目には魔を退くために、人に扮した魔女や魔法使い等の魔力が視えるようだ。
「だから、かもしれんな。」
「どういう事? ハッター」
「木を隠すなら森の中ってやつだ。」
右肩に乗っているスパイキーたちが尋ねてくる。首を傾げながら周りをキョロキョロする。クロウは呆れたようにため息をつく。小さくなったアルマロスは飽きたのか帽子の上で寝始めた。
「お前ら歩け! 重すぎるっ!」
クロウを肩から振り下ろし、スパイキー達の首根っこをつかんで叱っていると、目の前に白い羽根が数枚ほど降ってきた。私達(アルマロスを除いて)がその羽根をじっと見ていると、羽根は宙を舞い、すぐ横にいた梟に戻っていった。
「…あら、貴方の未来が視えない。何故かしら?」
声は梟から聞こえた。しかし、よく見るとただの梟ではなかった。額に三つのひし形の宝石がある、真っ白な梟だった。羽根の先まで純白の梟はとてもめずらしいとされている。その梟から声が聞こえた、ということは。
「…何者だ、貴様。」
クロウが威嚇するように黒い翼を大きく広げながら、梟が止っている机に止まった。梟は動じることなく、ただ私達を観察するように見ているだけだった。
「我が主が、<マッドハッター>と知っていての無礼な行為か。」
「無礼? 私は何もしてないわ。ただ、貴方達が目の前を通ったときに、その主さんの未来が視えなかったのよ。これは不可抗力ってやつ。」
「不可抗力だと?」
クロウが烏特有の鳴き声を発する。そして足についている爪で梟を攻撃しようとした時、私はとっさに指を下に下げたまま小さくぱちんと鳴らした。小さめの魔法陣がクロウの足元に現れ、動きを止めたのだ。
「よせ、クロウ。騒ぎを起こすんじゃない。」
「運が良かったわね? このまま主さんが魔法でなんとかしてくれなかったら、貴方は今夜死んでたわよ?」
「何を」
「よせ、と言ってるんだ。」
私が少し強めに言うと、クロウはしゅんと頭を垂れて広げていた翼を折りたたんだ。私達は梟と向かい合うように近くにあった椅子に腰掛けた。
「それで? お前は何者だ?」
梟は一度翼を広げて折りたたむと、浅くお辞儀をした。
「私は<エヴァン>。各地を渡り、占い師を名乗っているわ。」
エヴァンと名乗った梟は、周りをキョロキョロしながら、後ろにある小さなテントを翼で指した。
「ここで話すのもあれだから、どう? よって行かない?」
「…ここでは話せない事なのか?」
「いいから、私を信じて。」
黒曜石のように黒く大きな瞳を覗く。どうやら、何か事情があるらしい。クロウの魔法陣を解いて、私達はエヴァンに案内されるままテントの中へ入った。
テントの中にはいかにも占いの館っぽい装飾品などが飾られており、真ん中に椅子が二つ。その間には水晶玉の乗った机が一つ。本当に、いかにもっと言う感じだ。
「かけて」
私が椅子に腰掛けると、膝にクロウとスパイキー達が乗ってきた。水晶玉の近くにはエヴァンがちょこんと座った。
「それで? どういうことか説明してもらおうか。」
「私は、この額にある三つの石で過去、現在、未来が視える梟なの。意図的に視れるものじゃなくて、こうやって私の目の前に人がいるだけで自動的に全部視えてしまうの。その中で何故か貴方の未来だけが視えない。そこで、確信したの。貴方がただの人間でないことが。そして、お告げにあった<厄災>は貴方のことだってね?」
「<厄災>? それにお告げってなんだ?」
「この町。<クルデン>には巫女様がいるのよ。」
「巫女?」
エヴァン曰く、この町ははるか昔から災いを退けるために神が人間に予知夢がみられる力を与えたらしい。そして、代々その力は親から子へと受け継がれているためその力と血族は途切れずに今も受け継がれているのだという。
「その巫女とやらが視た予知夢に我が主と何の関係がある?」
「大アリよ。少なくとも私とその巫女様からしたらね。私が話すより、直接話しを聞いてもらったほうがいいかもしれないわ。」
エヴァンがカーテンの方を見ると、一人の女性が現れた。白髪で、身長が高く少し痩せているように見えるがこれが細身というやつなのだろう。そして、少し周りの住民よりも着飾っていることから彼女がエヴァンの言っていた巫女というのがひと目でわかった。
「はじめまして、<厄災>様。いいえ、<救世主>様。」
話の糸口が掴めずにいると、巫女は深々とお辞儀をした。
「わたくしは、ウル。ここ、クルデンの巫女です。私は貴方がここに来るのを待っていました。」
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