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マッドハッター 〜 クルデン エヴァンのテント内にて 〜
深々とお辞儀をする巫女。私は肘を突きながら、<ウル>と名乗った巫女に質問を投げる。
「その巫女様が私に何のようだ? いくら巫女様でも私が何者かぐらいは知っているだろう?」
先程、クロウがうっかりエヴァンの前でバラしてしまったが、<マッドハッター>の名前くらい聞いたことあるはずだ。
「存じ上げております。だからこそ、貴方様に私達の町を助けてほしいのです。」
「「「??」」」
〜巫女ウルの回想〜
母の予知夢の力が薄れ、いよいよ巫女としての代が私に移り変わろうという時期でした。私はいつものように神々への祈りを終え、家に帰ったときでした。母はベッドの上で突然痙攣し、なにかに取り憑かれたように外へ出て、町の人々に言いました。
「我は、夢の魔女にして古き神々の人柱 イドーラなり! 人間ども、我を崇めよ。天より降り注がれし星で我の姿を模した像を立てるのだ。さすれば、ソナタ等に我の加護と祝福を授けん!」
次の瞬間、母の頭上から大きな大岩が…。
翌日から、母の葬儀を執り行うために岩をどかそうと町の人々の協力もあり、なんとか…。しかし、その翌日から町の人々の様子がおかしくなり始めたんです。
あるものは悪夢にうなされ、睡眠障害に陥り、またあるものは突発性の心臓発作で死んでしまったり。変死を遂げる者たちが多くなり、町の人たちはすがる思いで、そのイドーラ様の像を急いで建て、崇めたところその変死はピタリと止み、人々はイドーラ様を崇拝するようになったんですが。
それでも、変死する人は多く、一日も怠らずに祈っていた人でも翌日には死んでいるのです。そのせいか、町の人達は祈りを怠った家庭を軽蔑するように…。
昨日まで笑い合っていた人たちがいがみ合い、争いあうなんて。私は目を疑うばかりでした。
そして、昨日。イドーラ様の像の一部が急に崩れたのです。
町の人達はこれは何か不幸の前兆だと言って、イドーラ様の像の修復を試みましたが、像に触れられるのはイドーラ様に許された人のみ。よって、安易に触れることができず捧げ物として牛一頭を生贄にしました。
そして、その夜。私は母の死以来、予知夢を視ました。
一体の怪物に立ち向かう、貴方の姿を。
<現在>
「お告げとして、町の人々にその夢の内容を話しましたが、皆貴方の事を<厄災>と呼んでおられました。しかし、私からすれば、<救世主>様です。どうか、私達の町を、町の人達を助けてください!」
彼女の話を聞きながら私は、<イドーラ>について色々思い出していた。過去にクロッカーと完全ではないが退治したこと。退治したのはクロッカーであり、私自身はサポートしたにすぎない。
「大体のことはわかった。しかし、イドーラをこの町から退けたとして私に何の得がある?」
得。仮にイドーラを退けたとして、得があるのはこの町の住民達だけ。私達には、なんっも得がない。私自身襲われたとしても、この通り呪いのせいで死ぬこともできないのだから別に害はない。
「あるわよ、得が。」
「何をいう梟め。我が主は怪物退治屋ではない。」
クロウが威嚇するように烏特有の鳴き声をエヴァンに浴びせた。エヴァンは少しムッとした顔になり、大きく翼を広げた。
「わからない烏ね。貴方達は既にイドーラの標的になっているのよ!」
「ほう? 私の眼には何も危険となる魔術も罠も視えないが?」
「いや、クロウ。そうじゃない。」
私は席を立ち、右手からひもを垂らす。その先には重りとなる一枚のコインがつけられている。コインは誰かに回されているように回転していた。
「ハッター、それなあに? なんで勝手に回ってるの?」
スパイキーたちがそのコインを興味津々に見上げていた。もちろん、エヴァンやクロウ、ウルも同様に。
「これは、<ペンデュラム>。揺れによってダウンジングとしても使えるし、占いに迷ったときとかに使えるんだが。この揺れを見てみろ。」
私はコインを垂らしている手や腕は一切動かしていない。にも関わらず、コインは誰かに回されているように激しく回っていた。どうやら、エヴァンの言っていることは間違っていないらしい。
「クロウの眼に映らないんじゃない。やつの魔術と魔力の範囲がでかすぎて視えてなかっただけらしい。けど、向こうは現実世界で私達に手出しはできない。」
「つまり…?」
私はペンデュラムをしまい、帽子のつばを直しながらもう一度席につく。ウルが心配そうな顔で見てくる。
「やつは夢の魔女。夢の中でしか私達を襲えない。夢の中でやつに殺されれば、現実世界では心臓発作で死んでるんだ。夢の中での物理的攻撃の他にも、悪夢を見せて相手を精神的に壊すこともできる。昔、師匠のクロッカーとやつを完全にじゃないが退治したことがある。」
「イドーラ様は不死身なのですか?」
「いや、現実世界に干渉できない邪神だから、夢の中に本体はいるだろうが場所とかまではわからん。あの像はあくまで依代代わりにしているだけであって、本体に直接ダメージが通るわけでもない。けど、少なくとも夢の中なら本体でなくともダメージは通るだろう。」
私は席を立ち、テントから出る準備をした。その様子を悟ったのか、ウルとエヴァンが顔を見合わせる。
「像がみたい。案内を頼めるかな? お嬢さん。」
ウルは静かに頷くと、私達はテントの裏側から出て、話に聞いた像をウルに案内してもらった。像は町の広場の中心にあり、確かに体の一部が破損していた。周りにいるのは恐らくこの町の住民だろう。地に膝と頭をついて祈りを捧げていた。
「…クロウ。」
「はい、あの像には見るものを魅了する術がかけられております。あまり直視しない方がいいかと。」
「だろうなあ。あの様にはなりたくない。」
顎に手を当てながら、これからどうしたものかと考える。相手は魔物ではなく、夢の魔女であり、邪神と言えども神だ。ウルから聞いた彼女の母の言っていたことはあながち間違いではないし、簡単には退治できない。
「ウルの予知夢は絶対に外れることはない。仮にもあの像が壊れた原因が貴方だとしたら、イドーラと対等に戦えるのは貴方しかいないってことね。」
ウルの肩に乗っているエヴァンが私の顔をじーっと見てくる。
「主を見るな、鳥公め。」
「貴方も鳥でしょう。」
二羽の間で火花が散る。今にでも喧嘩が始まりそうな勢いだった。そんな二羽をウルが必死に宥める。
頬にぴちゃっと水がかかった。空を見上げると雨雲が町を覆うように広がり、雨を降らせた。
「イドーラ様のご加護だぁ!」
「ありがたやあ、ありがたやあ…。」
像に祈りを捧げていた町の住民が歓喜の声をあげる。今日は祭りだと言わんばかりに騒ぐ彼らを見て、私とエヴァンは呆れた顔をした。
「バカね…。」
「ただの雨だって。」
昼間から天気が悪いことはわかっていたので、雨が降ることは予想できていた。こんな些細なことでも、彼らはイドーラの力だと思い込むほど、信仰の力に影響されているらしい。
「どうにか、彼らを救いたいのです…。こんなことが続くようでは、いずれ…。」
「ウル…。」
自分の町の人々のあの狂ったような姿に落ち込むウル。そんな彼女を慰めようと翼で優しく肩を撫でるエヴァン。確かにこれは見るに堪えない光景かもしれない。
「やつの領域に入っている以上は、お前たちの命の保証は何処にもないしなあ?」
クロウとスパイキー達。そして、アルマロス。必要な戦力と仲間を失うのは正直かなり痛い。おまけに彼らがイドーラに敵うわけもない。エヴァンの言う通り、やつと対等に戦えるのはやはり、私しかいないのだろう。
「…たまには、人助けをしてやるのもいいだろう。」
「それって…。」
「美しい巫女様からの頼みごととあらば、断るのも癪に障る。」
「で、では…!」
私はみなまで言いそうになっているウルの口に自身の人差し指を当てる。帽子のつばを直し、不敵に笑って見せた。
「さぁ、諸君。邪神退治と洒落込もうじゃあないか。」
スパイキー達は「やったー! 人助けだ!」とはしゃぐ。一方でクロウはやれやれと呆れながらも反対はしなかった。アルマロスはと言うとのんきに欠伸をしていた。自分の命がかかっているというのになんてやつだろう。
「さて、まずは腹ごしらえと宿を探すとしよう!」
「あ、僕。美味しいご飯が出るところに泊まりたーい!」
「我が主、宿探しなら私が。」
私達はそれぞれの欲求を満たすために、まずは宿探しをすることに。
曇天が広がる中、ウルは表情を変えた。まだ、この町には希望がある、という顔をしていた。