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「おい。俺たち管理職だけの情報だろ。キッチン《ここ》でそんなこと言うなって。他のスタッフに聞かれたらどうすんだよ」
落ち着きなよと平野は小声で彼女をなだめる。
「うるっさいわね。私、ああいう女が大嫌いなの。何も努力してないのに、人生上手くいって調子に乗っている系。しかも《《私の》》加賀宮社長に馴れ馴れしく……」
「お前が社長に憧れてるってのは知ってるけど。九条さんとは一時的な付き合いだけだし。既婚者なんだから、社長だって相手にしないって」
藤田が社長に想いを寄せていることを知っている平野。
さらに彼女を激情させないよう、言葉を選びなら和まそうと必死だ。
「そうよね。既婚者になんか。社長も優しいから、気を遣っているだけ。うちの会社のためを思ってだもんね」
藤田の肩の力が抜けた。
「そうそう。少しの辛抱だから我慢しろよ」
「ありがとう。相棒」
彼女のご機嫌は回復したようだった。
「俺も加賀宮社長に挨拶に行ってくる」
「待って。私も社長の食器を下げに行く!」
想い人に近付きたいと、平野のうしろ姿を追いかける彼女であった。
…・…・―――…・・…・――――
無事に初出勤が終わり、帰宅をする。
見学しているだけだったけど、実際にランチも食べることができたし良かった。
明日もう一日、お客さんの様子、キッチンの様子を見せてもらって、いろんなことをまとめないと。
こんなことで疲れたとか感じちゃいけないんだろうけど、久し振りに充実した疲労感だな。
玄関を開けリビングへ行くと、ソファーに孝介が座っていた。
「ただいま」
一応、声をかけてみる。
「今日は?ミスってないだろうな?」
何それ。自分の心配ばかり。
「大丈夫だと思う」
私の返答も自然と無愛想になった。
「だと思う……?お前が感じてないだけで、周りが何か思うことがあったらどうするんだよ!?」
どうしてそう突っかかるの?
「大丈夫です。何もありません」
チッと彼は舌打ちした後
「夕飯は十九時に準備しろよ。それまで俺、寝てるから」
そう言って寝室へ向かった。
夕飯は美和さんが作ってくれてるから、お皿に盛り付けるだけだけど……。
たまには自分が用意しようとか思わないの?
次の日もベガへ出勤した。
空いている時間にリーダーである平野さんと藤田さんに質問をしながら、昨日と同じようにお客さんの滞在時間や注文するメニューなどを見学、自分なりに考察しノートにメモを取った。
帰宅し、いつも通り孝介の夕ご飯を準備する。
彼が帰って来るのは遅かったけど、特に文句も言われることなく、その日は平凡に過ごした。
次の日の朝――。
「今日は休みだ!」
孝介を仕事に見送ってから、誰も居ないリビングで一人声を上げる。
とりあえず掃除をして……。
その後、書き留めたメモをまとめて……。
自分なりに予定を立てていた時だった。
<プルルルル……プルルルル……>
「電話鳴ってる……」
誰だろう。
真っ先に浮かんだのは、義母の顔だった。
嫌な予感がしながらも、着信相手を見る。
「あれ?誰……?」
知らない番号からだった。
出るかどうか悩む……。
もしかしたら、加賀宮さんの会社の人かも。
「もしもし?」
そう思い、思い切って電話に出た。
<もしもし。佐伯です。今、お話しても大丈夫ですか?>
佐伯って……。亜蘭さん?
「はい。大丈夫です」
<あの……。実は、加賀宮さんが……>
加賀宮さんがどうしたんだろう?
「加賀宮さんがどうかしたんですか?」
<仕事とは関係のない話なんですが。加賀宮さんが珍しく風邪を引きまして。主治医には診てもらって、ただの風邪らしいんですけど。身体だけが丈夫な人だったから、心配で。美月さんは想像できないかもしれませんが、ずっと働きっぱなしで。俺も差し入れ持って行ったんですが、美月さんもちょっとだけでも良いので、様子を見に行ってもらえませんか?加賀宮さん、喜ぶと思うし。もちろん、交通費はこちらが負担しますので>
加賀宮さんが風邪?
数日前は元気そうだったのに。
でも確かにこの間、本社の社長室に呼ばれた時、疲れてたような……。
「わかりました。今から行きます」
<すみません。よろしくお願いします>
どうしよう、何か差し入れ……。お金は……。
加賀宮さんにはなんだかんだお世話になってるし、孝介に隠している貯金、崩そう。
銀行に寄り、スーパーで買い物を済ませ、亜蘭さんが呼んでくれたタクシーに乗り、彼のアパートへ向かった。