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『ありがとうございましたー』
体育館の天井へと響いたその声は、紛れるかのようにその場に混ざり消えていった。
不思議に思ったように首を曲げるカラスが、校庭の上を一周したのち、何かを目指すように羽ばたいていくのが、月花(げっか)には見えた。
「ねぇ、あれーーー」
話しかけようとした時
友達はもう居なかった。
その日の下校時。
灯りの輪郭が微妙に揺れ、信号の色がわずかに遅れて切り替わるのに気づいたのは、月花だけだった。
歩道に立つ街灯の影は、ほんの一瞬だけ自分の足と違う方向に伸びる。
その違和感は目を凝らしても確認できず、しかし確かにそこにあった。
交差点の真ん中、見覚えのある漆黒の鳥が佇んでいた。…待っていた。
普通のカラスより少し大きく、羽の先端が微かに銀色に光っている。
「来るのか?」
声は届かない。いや、届くけれど耳ではなく、頭の奥の方で響いた。
ソレは羽を広げ、都市の上空に向かって舞い上がった。
月花は無意識にその後を追う。
歩くたびに、足元の道が微かに波打ち、壁の色が少しずつ変わる。
ビルの窓に映る自分の姿は、いつもよりわずかに歪んでいて、表情が少し違って見えた。
…笑っているようにも、怒っているようにも見えたその顔は。
全く別の人、とは認識できなかった。
自販機のボタンは触れていないのに光り、歩道のマンホールからは微かな声が漏れる。
角を曲がるたびに、前に見たはずの建物が微妙に位置をずらしている――
まるで街全体が呼吸しているかのようで、よぞゆめは自分が歩くごとに世界が溶けていく感覚に陥った。
「これ…現実?」
問いかけても答えはない。
話しかけたソレはただ、羽音だけを残して先を行く。
…必死にも見えた。
ビルの谷間を抜けると、街はさらに奇妙さを増した。
ネオンサインは存在しない文字を光らせ、歩道の線は途中で途切れ、通行人の影が壁を登ったり降りたりしている。
ネオンの先では、人がいた。
まだ、形を保っているソレだった。
『おかえり、ご苦労様。』
上空を待っていたカラス?はヨレヨレと羽を動かして、ソレに止まった。
ソレが息を吹きかけると、漆黒は縮んで、一つの羽根になった。
「何…それ…?」
ヒトが振り返る。男にも見えた。
『君には…見えるんだね。』
最後に見えたのは、カレの瞳。
その奥には、街全体が逆さまに映っていた。
これが、全てをズラせるプロローグ。