テラーノベル
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藤代が背後で扉を閉めたと同時に軽く咳ばらいをするから、瑠璃香は慌てて姿勢を正して盛晴へ頭を下げた。
「失礼いたします。企画宣伝課の小笹です」
「ああ。忙しいところを呼び立てて、すまなかった」
「いえ……」
顔を上げると、盛晴はいつもの威圧感をまとっていなかった。
社長として社員へ向ける厳しい眼差しとも違う。
どこか迷いを含んだ表情で、瑠璃香を見つめていた。
「小笹さん」
「はい」
「今日は……社長として君を呼んだのではない」
盛晴は一度、隣に立つ晴永へ視線を向けた。
それから改めて瑠璃香へ向き直る。
「晴永の祖父として、君に話がしたかった」
昨夜聞かされていた言葉だった。
それでも実際に告げられると、瑠璃香の胸は大きく鳴った。
盛晴がゆっくりと一歩前へ出る。
「私はこれまで、君という人間を知ろうともせず、家柄だけで晴永にふさわしくないと決めつけていた」
「……」
「晴永の気持ちも、君の気持ちも顧みず、わしが正しいと信じて疑わなかった」
盛晴の声は静かだった。
けれど、ひとつひとつの言葉には重みがあった。
「そのせいで君を傷付け、晴永にも苦しい選択をさせた」
そこで言葉を切ると、盛晴は深々と頭を下げた。
「本当に、申し訳なかった」
「……っ」
瑠璃香は息を呑む。
角実屋フーズの創業者であり、誰よりも誇り高いこの人が、一介の平社員に過ぎない自分へ頭を下げている。
そんな光景を目の前にして、すぐには現実だとは受け止められなかった。
「あ、あのっ。お、顔を上げてください」
慌てて声を掛ける。
それでも盛晴はしばらく頭を下げたままだった。
「君が許せないと思うのなら、それも当然のことだ」
低い声が落ちる。
「許してほしいと言える立場ではないことも分かっている。だが、せめて謝罪だけはさせてもらいたかった」
「そんな……」
瑠璃香は胸の前で両手を握り締めた。
傷付かなかったわけではない。
盛晴からされた仕打ちは、今でも忘れていない。
晴永は何度も盛晴へ話しに行ってくれたのに、それを聞き入れてもらえず、藤井田令嬢との婚約を不意打ちのよう公表された。それは、実際に面と向かって言われたわけではなくても、自分は晴永にふさわしくないのだと突きつけられたみたいで心が痛かった。
「傷付いたことは……事実です」
正直に告げると、晴永の表情がわずかに曇る。
隣に立つ清香もまた、小さく目を伏せた。
母として。
役員として。
あの日、何もできなかった自分のことを思い出しているようだった。
盛晴は頭を上げ、瑠璃香の言葉を黙って受け止めていた。
「でも……」
瑠璃香は晴永へ視線を向ける。
晴永は不安そうにこちらを見ていた。
その横で、晴永の母・清香が表情の読めない顔でじっと成り行きを見守っていた。
瑠璃香は、ぐるりとそんな三人を見渡すと、晴永に視線を止めて柔らかく微笑みかける。
「でも……最終的には晴永さんの気持ちを認めてくださった。私たちが一緒にいることを、受け入れてくださったと晴永さんからお聞きしています」
そこで瑠璃香は再び盛晴へ向き直った。
「私には、……それだけで十分です」
「小笹さん……」
「ですから、もう頭を下げないでください」
盛晴はしばらく何も言わなかった。
やがて張り詰めていた表情をわずかに緩める。
「……ありがとう」
その声には、深い安堵が滲んでいた。
鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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ふと視線を転じると、晴永の横で清香もまた、静かに目元を和らげていた。
瑠璃香と目が合うと、清香は何も言わずに小さく頷いてみせる。
瑠璃香には、その眼差しだけで十分だった。
晴永も、何も語らなかったが、口元に穏やかな笑みを浮かべている。
ただそれだけで、彼の想いが伝わってきた。
――良かった。
ふと、そんな声が聞こえた気がした。
***
盛晴が瑠璃香へ向かって、もう一度静かに頭を下げる。
「小笹さん、本当に、ありがとう」
「いえ……」
瑠璃香も深く一礼した。
盛晴は顔を上げると、少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「それと……晴永から聞いているとは思うが」
「はい」
「一年……」
その短い言葉だけで、何を意味するのか瑠璃香には分かった。
「申し訳ないが、あと一年だけ、辛抱してもらいたい」
別居と、個人的な用件で二人きりにならないこと。
すべては晴永のため。
婚約を解消した途端、瑠璃香と晴永が一緒になれば、藤井田令嬢を捨てて乗り換えたのだと受け取る人もいるかもしれない。
そんな誤解だけは、絶対に避けたかった。
「分かっています」
瑠璃香は迷うことなく頷いた。
「晴永さんのために必要な時間なんですよね?」
その言葉に、盛晴はゆっくり頷く。
「ああ」
短い返事だった。
「瑠璃香……」
晴永が申し訳なさそうに小さく名前を呼んでくるから、瑠璃香はふわりと微笑んでみせた。
「一緒に、頑張りましょうね」
「ああ」
離れていても、心はひとつ。それに、電話やメッセージのやり取りまで禁じられたわけではない。
触れ合えないのは寂しいけれど、きっと乗り越えられるはずだ。
コメント
2件
祖父として、っていうのがいい! るりかちゃんの人となりをみればはるながくんがゾッコンになったのもうなずけたのでは?
わあああ…もうこのシーン、涙腺崩壊しそうだったよ😭💕 盛晴さんが社長じゃなくて「祖父として」謝ってくれたところ、めっちゃぐっときた…!瑠璃香ちゃんが傷ついたことを認めつつも「それだけで十分です」って優しさ見せるのが尊すぎる。一年離れるルールも「一緒に頑張りましょう」って前向きなの、二人の絆が本物すぎて泣ける…!次も絶対追いかけます📖✨