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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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その夜、雨は降っていなかったが、窓の外の闇は粘りつくように重かった。
チャンスと暮らすアパートの狭いリビング。
ソファに座るチャンスの隣で、エリオットは静かに呼吸を整えていた。
数日前の裏路地での出来事以来、二人の間には薄氷を踏むような沈黙が流れている。
チャンスはエリオットを気遣うように何度も視線を向けてくるが、その瞳の奥には、焦燥と、言葉にできない恐怖が滲んでいた。
カチ、と微かな音がした。
玄関の鍵が、外から開けられる音。
エリオットの心臓が大きく跳ねる。
チャンスが弾かれたように立ち上がり、ドアの方を凝視した。
この部屋の鍵を持っているのは二人だけのはずだった。
だが、そこに立つ男の影を見た瞬間、エリオットはすべてを悟った。
「夜分に失礼」
静かな声と共に、マフィオソが室内の明かりの中に滑り込んできた。
彼はまるで、自分の所有する別荘にでも戻ってきたかのように自然な足取りで、二人の空間へと歩を進める。
「何の真似だ」
チャンスの声は低く、怒りで震えていた。
エリオットの前に庇うように立ち、マフィオソを睨みつける。
「ここはお前の来る場所 じゃない。出て行け」
「私が来たくて来たわけではないよ、
チャンス」
マフィオソは薄く笑み、チャンスの肩越しに、怯え、しかし同時に彼から目を離せずにいるエリオットを捉えた。
「君たちが、私を呼んだんだ。互いの唇の裏に、私の残滓を探し合いながら。違うか?」
その言葉は、エリオットの胸に鋭く突き刺さった。
マフィオソの言う通りだった。
チャンスとキスをするたび、エリオットは「ここにはない不純物」を求め、チャンスは「マフィオソを消し去るための純粋さ」を押し付けようとしていた。
二人の営みそのものが、マフィオソという存在を媒介にしなければ成立しなくなっていたのだ。
「お前は――」
チャンスがマフィオソの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした瞬間、マフィオソはその手首を信じられないほど鮮やかに捕らえ、逆にチャンスの身体をソファへと押し戻した。
体制を崩したチャンスの上に、マフィオソが覆いかぶさる。
そして、逃げようとしたエリオットの手首もまた、マフィオソの長い指によってソファのクッションへと縫い付けられた。
「逃げるな、エリオット。確認の時間だ」
狭いソファの上で、3人の身体が異常な密度で重なり合う。
マフィオソの冷たい体温と、チャンスの逆上した熱い体温。
その二つの相反する熱量が、間に挟まれたエリオットの肌を通じて、直接混ざり合っていく。
「やめろ……っ、離せ!」
チャンスが暴れるが、マフィオソはそれを力でねじ伏せるのではなく、チャンスの首筋に唇を寄せることで、その動きを凍り付かせた。
かつて「侵食された側」であるチャンスの身体は、マフィオソの愛撫の吸い口を知っている。
チャンスの口から、屈辱に満ちた短い吐息が漏れた。
「ああ、懐かしいな。この拒絶の味だ」
マフィオソはチャンスの髪を掴んで顔を上向かせると、エリオットの目の前で、チャンスの唇を深く塞いだ。
「――っ!?」
チャンスの目が驚愕に見開かれ、同時にその視線がエリオットと交錯する。
エリオットの脳内に、あの裏路地で覚えた強烈な「嫌悪感」が蘇る。
自分の恋人が、別の男に侵されている。その光景に対する猛烈な拒絶。
だが、次の瞬間、マフィオソはチャンスの唇を離し、そのままの狂気を含んだ息遣いで、エリオットの口内へと深く、貪るように侵入してきた。
「ん、んん……っ!」
激しい衝撃がエリオットを襲った。
マフィオソの口内から流れ込んできたのは、単なる彼の気配だけではなかった。
さっきまでマフィオソが触れていた、「チャンスの吐息と、チャンスの拒絶の味」が、マフィオソを媒介にして、エリオットの身体に逆流してきたのだ。
(混ざる――全部、混ざっていく)
エリオットは頭を振って否定しようとした。
これは間違っている。
俺はチャンスを愛していて、マフィオソを拒絶したいはずだ。
3人でこんな風に重なるなんて、狂っている。
しかし、エリオットの細胞は、脳は、その圧倒的な「情報量」に歓喜していた。
チャンスだけのキスでは、絶対に得られなかったもの。
マフィオソだけのキスでは、決して満たされなかったもの。
チャンスという「正解」と、マフィオソという「ノイズ」。
その二つが今、3人の肉体が物理的に重なり合うことで、完璧なひとつの回路となってエリオットの中で繋がり合ってしまった。
マフィオソの指がエリオットのシャツを押し上げ、肌を這う。
同時に、マフィオソに押し潰されたチャンスの身体が、エリオットの太腿や腰に密着し、逃げ場をなくしていく。
チャンスの荒い呼吸、衣服の擦れる音、マフィオソの冷徹な支配。
「……は、あ……っ」
エリオットの口から、否定の言葉ではなく、艶を帯びた甘い息が漏れた。
その瞬間、エリオットは自覚してしまった。
(ああ、俺は……これを求めていたんだ)
違うのに、足りなかったピースが、最悪の形で今、すべて埋まっていく。
チャンスの「混ざらない安心」は、マフィオソという媒介を得て初めて、エリオットの脳を狂わせる極上の劇薬へと変質した。
「そうだ、エリオット。それでいい」
マフィオソがエリオットの耳元で囁く。その声は、チャンスの耳にも届いているはずだった。
「君の境界線はもうない。君が触れているのはチャンスであり、私だ。彼が触れているのも、君であり、私なのだから」
下で、チャンスが絶望に満ちた声で「エリオット……」と、自分の名前を呼ぶのが聞こえた。
だが、そのチャンスの声すらも、マフィオソの気配と混ざり合い、エリオットの鼓膜には心地よいノイズとしてしか響かない。
3人の身体が重なり合い、汗と、衣服の擦れる熱が、狭いリビングを満たしていく。
エリオットは、自らマフィオソの首に腕を回し、そして隣にあるチャンスの髪へと指を絡めた。
誰を見ているのか、もう分からない。
ただ、この息もできないほどの「完全な充足」から、エリオットは二度と抜け出せないことだけは確かだった。
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