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事務所の廊下。蛍光灯の白い光が、やけに冷たく感じた日だった。
プリントされた資料を抱えて部屋を出た仁人は、廊下の向こう側から歩いてくるひとりの男に目をとめた。
「……あ?勇斗?」
口に出して呼んだ瞬間、なぜか胸の奥が少しざわっとする。
勇斗の歩き方が、いつもの彼じゃなかった。
背筋もありえないくらい曲がってるし、目もどこか虚ろで光なんて入っていない。
イヤホンをしているのか仁人の声にも気づかず、ぼんやりと歩き続けている。
思わず、追いかけた。
「おーい、はやと!」
肩をトントンと叩くと、勇斗がゆっくり振り向いた。
その顔を見た瞬間、仁人が目を見開いて驚く。
「……うーわなにおまえ、クマやばっ」
驚きと心配が入り混じった声が漏れる
髪は寝ぐせで跳ね、眉も整えていない。これからメイクするのだろうか。
いつも完璧なステージメイクの下に隠れているはずの疲労が顔に出ていた。
勇斗は苦笑いをして、片耳のイヤホンをとった。
「え、あー、バレた? 最近ちょっと寝てなくてさ」
「寝てないって……何日?」
「ん〜、3日くらい?まともに寝れやしねぇよ、撮影もレッスンも続いて」
仁人の顔がだんだんと険しくなる
「えぐー!いや休めって」
「わかってるけどさ、今止まれないから」
「止まらなきゃいつか倒れるって絶対」
勇斗はちょっとだけ目をそらした。
その一瞬の沈黙の中に、仁人には全部伝わってしまう。
彼が抱えているもの。完璧であり続けようとするプレッシャー、夢を叶えなきゃいけないという約束、それでもファンの前では笑わなきゃいけない苦しさ。
「……そうだよなあ……まぁ、でもありがと。仁人に言われると、ちょっと落ち着くわ」
「俺に言われたくないだろ」
「いや。おまえ、変に説得力あんだよな。カウンセラーみたいで」
「いや、みたいじゃなくて資格持ってんの」
「あ、そうだったわ」
2人とも、少しだけ笑った。
でも仁人の目は、まだどこか心配そうで。
「ほんとに、ちゃんと寝ろよ。今日俺、別の仕事あるけど……飯食えたら食え」
「ん、了解。ありがとう」
軽く肩を叩いて別れた。
______________
夜。
ため息をひとつついて、スマホを取る。
LINEを開いて、勇斗のアイコンをタップ。
「おまえガチで大丈夫?」
「無理しないほうがいいぞ」
送信。
既読つかないか、まあそりゃそうかあの有名俳優だもんな、なんて思っていたら“入力中”のマークがついて、少しして返信が来た。
「お前まだ寝てねーの?」
「だいじょぶ、カウンセラーに言われたからもう風呂入ってベッドいるよ♡」
「はいはい」
そう送ってからしばらくして、また通知が鳴った。
「おやすみおいちゃん、おまえもちゃんと休めよ」