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ガーネット・ディ・エバンズ侯爵令嬢は物心ついた時から、前世の記憶を持っていた。しかし、記憶があるからといって別段生活の中で困ったこともなかったので、誰に言うこともなく普通に生活していた。その中で自分が前世で遊んだ乙女ゲームの世界に転生したと気づいたのは、ガーネットが五つの時、目の前に自分の最推しのオスカー・フォン・ミラー侯爵令息が現れた時だった。
ガーネットが前世で遊んでいたゲームの内容は、ヒロインであるリアン・ディ・パシュート公爵令嬢が、意地悪してくるライバルの悪役令嬢と攻略対象を取り合い、最終的に悪役令嬢をザマァし、自分は攻略対象と結ばれる。そんな内容だった。
ガーネットの覚えている限り、攻略対象はオスカーの兄である、ハリー・フォン・ミラー侯爵令息と王太子殿下、それにフォルトナム公爵令息だった。あと一人隠れキャラがいたはずだが、ガーネットはそこまでゲームを攻略していなかったので、誰なのか知らなかった。
オスカーはゲームの中で、兄のハリー侯爵令息のイベントの時に出てくる脇役キャラで、真面目で実直なキャラだ。 ガーネットは、他のキャラより真面目そうなオスカーが最推しで、オスカーの兄であるハリーが登場するイベントをできるだけこなし、なるべくオスカーの出番を増やすようにしていた。それでもほとんどヒロインとオスカーとの絡みはなかったが、画面上にオスカーが出てくるだけでも嬉しかったのを覚えている。
記憶の限り、ゲームの中でガーネット侯爵令嬢と言う人物は、一切出てこなかったので、ガーネット自身は全くこのゲームに登場しない人物なのだろう。
それに気づいたガーネットはそんな自分の境遇に感謝した。主人公でライバルであるパシュート公爵令嬢と争うことなくオスカーを攻略できるからだ。しかもこれは、ゲーム内の話ではない。現実の話なのだ。ガーネットは
オスカー様にアタックしまくって落とすぞ!
そう心の中で誓った。 オスカーはガーネットの住むエバンズ家の隣の領地に住んでいた。なので両家は家族ぐるみの付き合いをしていた。それを利用しない手はない。ガーネットは毎日のように、お隣のオスカーのもとへ遊びに行った。
オスカーは次男坊だと言うこともあり、家督を継ぐことはできないため、騎士団に入隊するために剣術を習っていた。ガーネットは運良く、前世での部活動で剣道を習っており、成人してもずっと続けていたので、剣術に覚えがあった。
下手くそでもなんでも、これで取っ掛かりが出きるかもしれない。印象に残れば、オスカーが振り向いて意識してくれる機会が増えるかもしれない。そう思いガーネットは、オスカーにさっそく勝負を挑んだ。もちろん最初はオスカーも
「女の子を相手にはできない、女性に剣術は無理だ」
と言って相手にしてくれなかったが、ガーネットは強引に
「一度だけ」
と、相手を頼んだ。オスカーは仕方なく最初は手を抜いて、適当にガーネットの相手をし始めた。が、もちろん前世で剣道の段を持っていたガーネットに、剣術を習いたてのオスカーが勝てるはずもなかった。だんだんとオスカーも本気になり、最終的に真剣勝負となったが、オスカーが惨敗した。
そこからはオスカーに一目置かれるようになった。その後すぐにオスカーの剣術の腕が上達し、オスカーの方がガーネットに勝つようになっても、それは変わることはなかった。
また、隣に住んでいることもありガーネットは、オスカーの行動を大体把握していたので、オスカーが行くところへはなるべくついていくことにした。
早朝の散歩、剣術の稽古の見学、アフタヌーンティーには、ご近所住まいなのを利用して、オスカーに用事がない限り誘ったりもした。その時はもちろん、なるべく自然にその場に居合わせたかのように声をかけ、行動をともにしたが、きっとオスカーには、ガーネットがわざと一緒に行動していることは気づかれていただろう。そんなオスカーを見てガーネットは
嫌そうではないのよね。もっとグイグイいかないとダメかしら?
と、思っていた。 そんなことを続けていたものの、とうとうなにも進展しないまま、オスカーは十五になり、騎士団へ来年の春に入隊が決まったと風のうわさで聞いた。ガーネットはオスカーが入隊してしまう前になんとかせねばと、焦りを感じるようになり以前より積極的に動くことにした。
入隊してしまったら今までのように会うこともままならなくなってしまうからだ。
ある日のこと、はしたないと思いつつ
「もしも入隊してしまったら、簡単には会えなくなるのですから、今のうちにもっと一緒にお出掛けに付き合ってくれてもいいではないですか?」
と、我儘を言ってみた。オスカーは微笑むと
「わかった、剣の師匠には抗えないな。君の行きたいところにお供する。どこがいい?」
と、あっさりその誘いに乗ってくれた。以前ならのらりくらりとかわされていたのに、こんなにあっさりデートしてくれるならもっと前から誘えば良かった。と思いつつ興奮を抑えて
「ではお買い物に付き合って欲しいです」
と言うと、オスカーは頷き
「それは楽しそうだ、いつにする?」
と答えた。その場で予定を決めるとガーネットは大喜びし、その日を心待ちにした。それはもう楽しみでしょうがなかった。
デートに誘って良い返事がもらえるなんて、これはもしかしていけるんじゃない?
などと思いつつ、オスカーとの買い物を心待ちにした。
デート当日。最近買ったばかりの流行のドレスを着て、髪型も全て念入りに何度もチェックする。
よし、大丈夫!
鏡の前でグルグル回る。と、後ろから咳払いが聞こえ振り向いた。そこには迎えに来てくれたであろうオスカーが立っていた。ガーネットは顔を真っ赤にし、頬の火照りを取るように両手で頬を押さえると
「オスカー様いつからそこに……」
と言った。オスカーは微笑みながら
「大丈夫、なにも見てない」
と言ったあと、一礼し
「お嬢様、お迎えにあがりました。参りましょう」
と言って手を差し出した。ガーネットは恥ずかしさをこらえて、小さく咳払いをして
「今日は宜しくお願い致します」
と、カーテシーをして差し出されたオスカーの手を取った。オスカーはその姿を見て頷き
「うん、今日の君も素敵だ」
と、微笑んだ。ガーネットは心の中で
眩しい! 眩しいです! オスカー様! 素敵なのはオスカー様ですぅ!! 鼻血出そうですぅ!!
と叫び、思わず
「いえ、オスカー様こそ今日も素敵です。大好きです。結婚してください」
と返す。オスカーはスッと視線をそらし
「さぁ、行こう」
と苦笑いした。ガーネットのプロポーズは日常の挨拶のようになってしまっているので、オスカーに本気にされていない気もした。が、それでも気持ちを知られずにいるよりもオスカーには自分の気持ちを知っていて欲しいという気持ちが勝り、ガーネットは時には挨拶のように、時には真剣に気持ちを伝えていた。
オスカーにエスコートされ、馬車に乗りお目当ての針子のいる店に馬車を向ける。針子は邸宅に呼べばやってくるが、せっかくオスカーと出かけられるのだ、オスカーの好みのドレスを知るために、この際直接どのようなドレスが好みなのか聞いてしまおうと思った。
お店の前に馬車をつけると、そこには他の公爵家の馬車と御者が立っている。馬車についている紋章を見ると、パシュート公爵家のものだった。なんとなく嫌な予感がしたが、オスカーは攻略対象外なのだから大丈夫。と、自分に言い聞かせ、馬車を降り店の中へ入る。
店内では店員が
「おっしゃってくだされば、伺いましたのに! わざわざお越しくださってありがとうございます」
と驚きながらも接客する。ガーネットの不安をよそに、店内でパシュート公爵令嬢に会うことはなく、特別室へ案内され色々なドレスに袖を通しオスカーに見てもらうことができた。
ガーネットはオスカーの好みを聞きたいのだが、オスカーは遠慮しているのかドレスを着るたびに
「君は、そういった色が好きなのか?」
や
「そういった形のドレスが好みなのか?」
と質問するばかりで、自身の意見を言わないので結局ガーネットの好みのドレスの話で終わってしまった。ガーネットは良くも悪くも紳士相手だとこんなこともあるのか、また誘って今度こそ好みを聞き出さなければ、と思うのだった。
お店のエントランスへ出ると、パシュート公爵令嬢と鉢合わせした。パシュート公爵令嬢はこちらには目もくれず、オスカーに駆け寄ると
「オスカー様、いらしていたんですのね。私も次の舞踏会のドレスを作ってもらうために来たんですの。オスカー様も衣装の新調ですの?」
と、目を潤ませ腕を絡ませる。流石ヒロイン、オーラが違うし、攻めた行動なのに接し方も自然に見える。そんなパシュート公爵令嬢にオスカーも笑顔で答える。
「パシュート公爵令嬢、今日も美しいですね。私は今日は友人の付き合いで参りました。パシュート公爵令嬢も楽しんでいるなら幸いです」
と答える。
友人か……
と、ガーネットは苦虫を噛み潰したような顔をした。それを見ていたパシュート公爵令嬢が、オスカーに見えないようにこちらを見てニヤリと笑った。
オスカー様は攻略対象ではない。なのになぜヒロインはオスカーにまでこんなにも媚びるのだろう? と、不思議に思いながらぼんやりそれを眺めていると、オスカーは
「パシュート公爵令嬢、申し訳ありませんが、私は用事があるのです。少しこの場を離れることをお許しください」
と言ったあと、ガーネットに
「すまない、少し待っていてもらえるだろうか?」
と言ってその場を去っていった。なんの用事だろうか? と、ガーネットはぼんやりその後ろ姿を見送っていると、パシュート公爵令嬢がそばにやってきた。そして
「なんだ、隠しキャラのオスカー様のライバル令嬢だと思って、身構えていたら、ガーネットって貴女?」
と言って、扇子で口元を隠し、ニヤついた目でガーネットの頭の先から爪先まで眺めると、鼻で笑うと
「逆ハー狙ってるヒロインに、あんたみたいな悪役令嬢が勝てるわけないじゃん? ってもあんたには言われてる意味わかんないわよね? 今頃オスカー様は私のドレスを注文しにいってるのよ? あんたは無駄な努力しちゃって可哀想ね」
と言った。意味がわからず、怪訝な顔をしているとパシュート公爵令嬢は嬉々として話し始める。
「オスカー様はね、これから公爵家に養子に入るのよ。そして身分差がなくなったから、かねてから想っていた私にやっと告白するの、しつこく言い寄る侯爵令嬢のあんたはお役御免って訳。次の舞踏会で覚悟してなさい」
と、そこにオスカーが戻ってきた。
「二人で何か話していたのかな?」
と、オスカーが声をかけてくると、パシュート公爵令嬢は、頬を赤く染めうつむき加減に
「エバンズ侯爵令嬢に窘められていました、私少しいたらないところがあるものですから。これからは気をつけたいと思います」
と、オスカーを上目遣いで見つめる。オスカーは嬉しそうに微笑み
「そうなのか、まぁパシュート公爵令嬢もお気になさらずに。では失礼致します」
と、ガーネットの手を取って歩き始めた。ガーネットは先程パシュート公爵令嬢から言われたことで頭がいっぱいだった。
オスカー様が公爵家に養子? そんな話は聞いたことがない。それに隠れキャラ?
混乱しつつも、今の話を総合すると、オスカーは隠れキャラで、パシュート公爵令嬢は前世の記憶を持ち、ガーネットの知らないところでオスカーを落とすために動いていて、今日の出会いは二人のイベントだったということになる。
もしもオスカーが公爵家に養子に取られることになったなら、確かにパシュート公爵令嬢の言うとおり、オスカーはきっと侯爵令嬢の私には見向きもしないに違いない。
ガーネットは馬車内で斜向いに座るオスカーを見つめた。オスカーは窓の外を眩しそうに見ている。ガーネットはオスカーに訊いた。
「パシュート公爵令嬢は可憐で可愛らしくも美しい方ですね。オスカー様もやはりあのような方がお好きなのですか?」
オスカーはこちらを向くと照れ笑いをして
「確かに、パシュート公爵令嬢は美しいね。でも、私には高嶺の花だ」
と言った。ということは高嶺の花でなければ……ということなのだろう。ギュウっと胸が締め付けられた。このあとアクセサリーなどの宝飾品を見て回る予定だったが、ガーネットはそれどころではなくなってしまい、オスカーへ伝える。
「オスカー様、申し訳ありませんが少々疲れてしまったようです。今日はもう帰りましょう」
そう言うと、オスカーは驚いた顔になり
「君と宝石を見るのを楽しみにしていた、だが疲れてしまったのならしょうがないね。残念だがすぐに戻ろう」
と、馬車を邸宅に向かわせる。邸宅に戻るとオスカーは
「また今度、一緒にでかけてくれるね?」
と言ったが、ガーネットはそれに返事はせずに、今日のお礼を言った。
自室に戻ると、今日パシュート公爵令嬢に言われたことを思い出す『隠しキャラを狙ってるヒロインに勝てるわけがない』その言葉はガーネットの心に刺さった。だが、まだオスカーの気持ちがパシュート公爵令嬢に向かっているとは限らない。そう自分に言い聞かせ続けた。
その日の夜はミラー家から急に晩餐会のお誘いがあり、ガーネットは重い足取りで家族と共にミラー家に向かった。
晩餐の席で食事が進み、両親とミラー侯爵は楽しそうに会話を弾ませる。オスカーはいつもより大人しいガーネットを気遣い、話しかけてくれたがガーネットはオスカーにどう対応すればよいのかわからなくなり、ただ黙って微笑み返すだけだった。そしてミラー侯爵が立ち上がると、あらたまって嬉しそうに話し始める。
「今日、皆さんをお呼びしたのは理由がありまして、えー、まだまだ内々の話なのだが、ディスケンス公爵家のルビー公爵令嬢が王太子殿下の婚約者に決まるようで、跡取りのいないディスケンス公爵家からオスカーを是非養子に、と言う話がきた」
と言った。ガーネットはドキリと心臓が跳ね上がり、持っているフォークとナイフをギュッと握りしめた。やはり、パシュート公爵令嬢の言っていたことは本当だったのだ。絶望に打ちひしがれながら考える。
昼間のパシュート公爵令嬢の態度を見るに、彼女は隠れキャラのオスカー様狙いなのではないだろうか? オスカー様が公爵となり、あんなにも可愛らしい可憐なパシュート公爵令嬢が迫ってきたら、きっとオスカー様だってパシュート公爵令嬢を選ぶだろう。
そう考え、ガーネットは味のしなくなった肉や野菜をなんとか咀嚼し飲み込む。まだ、ミラー侯爵が何か話を続けていたが、まともに聞いていられなかった。ガーネットは無理矢理、食事を食べ終ると、すぐに一人になりたくて
「少し外します」
と、立ち上がった。オスカーは心配そうにこちらを見てガーネットを追いかけようとしていたが、ミラー侯爵に
「お前には話がある」
と、呼び止められ、その場にとどまった。
ガーネットの両親はオスカーとミラー侯爵を二人にするために執事とワインを見ると言う名目で廊下に出ていった。ガーネットは一人廊下に出ると、窓辺に外を眺めるための椅子があったので、そこに腰掛けぼんやり月夜を眺めた。
今は何も考えずにいたい。
そう思って月を眺めた。そんなガーネットの耳に、ミラー侯爵達の声が入る。
「おまえはこれから公爵となるのだ、あの公爵令嬢のことはどうする?」
ガーネットはドキリとする。聞いてはいけないと思いつつも、その会話を聞かずにはいられなかった。オスカーの返事を待つ。
「やっと彼女に見合う地位に立てるのです。もちろん彼女に婚約を申し込もうと思っています」
婚約と聞いてガーネットは目眩がしてクラクラしたが、なんとかこらえて話の続きを聞く。ミラー侯爵は
「では、あの言い寄ってくる令嬢はどうする?」
と聞く。ガーネットの鼓動は早鐘を打ったようになった。言い寄る令嬢、それは正しく自分のことに間違いなかった。
オスカー様は今まで私になにも言わなかったが実際どう思っているのだろうか? これでやっとオスカー様の本心が聞ける。
そう思って耳をこらしオスカーの返事を待った。しばらくの沈黙が続く。するとオスカーは、なんと鼻で笑い
「どうするもなにも、放っておきます。僕が婚約すれば流石に諦めるでしょうし。それに婚約者との幸せなところを見せつければ、どんなに厚かましい彼女とて、きっと諦めるでしょう」
と言ったのだ。ガーネットは目の前が真っ暗になり絶望した。オスカーはいつもガーネットに笑顔を見せつつもしつこく言い寄るガーネットに対して厚かましいと思っていたのだ。
そしてようやく気づく、今までオスカーも少なからず自分を思っていると考えていたのは大きな間違いであり、とんだ自惚れだったということに。そして、ガーネットは今までの自分の数々の愚かな行いに恥ずかしくなり、いたたまれなくなった。
目の前の全てが滲み、涙が自然とこぼれ落ちた。
好きでもない、まして厚かましいとさえ思っている相手に、朝の散歩や剣術の見学に至るまで、始終ずっとつきまとわれ続けたオスカー様はどう思ったのだろうか?
そう自問した。オスカーは紳士だ、そして誰にでも分け隔てなく優しい。どんなに嫌いだろうとなんだろうと、それは変わらず優しく紳士的な態度である。まして家族ぐるみで付き合いがある令嬢に対して、邪険にすることなどできなかっただろう。そしてガーネットは思う。
すでに自分は、ヒロインとオスカー様二人の仲を邪魔する悪役令嬢、という立場なのでは?
と。そこにワインを持った執事とガーネットの両親が歩いてきた。両親は泣いているガーネットに気づくと
「ガーネット! どうしたのだ? お腹でも壊したのか? 辛いことがあったのか? この父に何でも言いなさい!!」
と駆け寄ってきた。ガーネットは父親に申し訳なく思いながら
「お父様、違うのです。私が全て悪いのです。私はここにいてはいけないのです。私の存在そのものがいけないのです」
と言い
「何を言っている、そんなことがあるものか!!」
と言う父親に
「お父様ごめんなさい、私は体調がすぐれません。先に戻りますが、オスカー様のことをお祝いして差し上げてくださいまし」
と言って、驚いている両親をその場に残し、エントランスへ駆け出すと馬車に乗り自分の邸宅へ戻った。そして自室に戻りひとしきり泣いた。 その後ようやく落ち着いた頃に思う。せめて“ざまぁ”だけでも回避したい。
おそらく、ガーネットはパシュート公爵令嬢が言っていた次の舞踏会で“ざまぁ”されるのだろう。嫌がっているオスカーに付き纏い続けたのだから、それは仕方のないことだ。だが、それがわかっているなら二人を邪魔せずに“ざまぁ”を回避できるのではないだろうか?
ガーネットは昼間の楽しそうな二人の姿が脳裏に浮かび、それを打ち消すために首を振る。そして、前世の記憶を一生懸命思い出す。何でも良いからこのゲームに関することを思い出し“ざまぁ”を回避したい。だがなんと言っても、もう十年以上前の記憶だ。鮮明に思い出すのはかなり難しい作業だった。そしてゲーム友達が
「全員落とすとルート解禁で、他のキャラと違って宮廷の廊下で追いかけられるんだよ」
と言っていたのを思い出す。このゲームの話ではなかったかもしれないが、他の乙女ゲームで宮廷の廊下といったシチュエーションはなかったはずなので、この世界の話なのだと思われた。
この世界のヒロインのパシュート公爵令嬢も、この世界に転生したのだろう。ガーネットよりしっかりゲームをやり込み、記憶を留めているようだった。
きっと用意周到に動き、のほほんとオスカー様しか見てこなかった私よりも、その立場を利用して先手を打ち先んじているに違いないのだ。
勝てない。
ガーネットはそう思った。パシュート公爵令嬢はどうしても“ざまぁ”したいのだろうか? だとしたらもう逃げるしかない。そばによらない、それしかない。告白シーンが廊下なら廊下には行かないようにしよう、どこの廊下だかわからないが。ガーネットはそう心に決めた。
パシュート公爵令嬢の言っていた舞踏会は王太子殿下の婚約者発表があるとのことで、どうしても参加しなければならないものだった。王太子殿下の婚約者はルビー公爵令嬢と聞いている。パシュート公爵令嬢の言うとおり、パシュート公爵令嬢が逆ハー狙いなら、ルビー公爵令嬢も“ざまぁ”されるのだろうか? それとも、オスカー様を落とすのに全員“ざまぁ”が必須条件なのだろうか? そんなことを思いながら、ガーネットは眠りについた。
次の日の朝、日課の散歩のために起きる。だが、動きを止めて今日からオスカーと散歩には行かないのだと、もう行けないのだと悲しみに襲われる。
何か趣味を始めよう、オスカー様と全く関係のない趣味。
そう思いながら、もう一度ベッドへ潜り込む。その後ゆっくりと起きて朝食を済ませると、刺繍をし始めた。ガーネットはあまり細かい作業が好きではない。でも刺繍のできないガーネットをオスカーは笑うことなく
「そんなことできなくとも、君はもっと素晴らしいことができるのだから必要ない」
と言っていた。ガーネットはその言葉を聞き、どうせオスカー様と結婚するのだから、結婚相手のオスカー様がそう言うのなら大丈夫。と高を括って一切練習していなかった。それが間違いと気づいた今、刺繍の一つもできないと良い嫁ぎ先が見つからないかもしれないのだから、頑張って練習する他なかった。
そうこうしていると、ミラー侯爵とオスカーが訪ねてきた。ガーネットの父親に用事があるようだった。いつもならガーネットは、オスカーに一直線に駆け寄り話しかけるところだが、昨日の話を聞いたあとでそんなことができるはずもなく、
「おじゃましてはいけませんので、|私《わたくし》は失礼致します」
と、その場を離れる。するとオスカーが追いかけて来て
「ガーネット、待って、少し話がある」
と言った。ガーネットはなにか、決定的な言葉をオスカーの口から言われるのではないかと身構えた。オスカーは困った顔をし
「私が公爵家に養子に入るからとそんなに身構えなくとも、以前と同じように接してほしい。それに今朝は散歩にも来なかったね、どうしたんだ?」
と言った。当然オスカーが侯爵家の次男だろうと、公爵家の跡取りだろうとガーネットにはそんなことはどうでも良かった。そんなことで態度を変えるなんて、ガーネットからしたらあり得ないことだと思ったが、オスカーにしてみたらそう感じたのかもしれない。と、ガーネットは思い
「そのように映ったなら申し訳ございません。そのようなつもりはありませんでした。それに私もこれからは嫁入り修行のために刺繍など、家庭的なことを身に付けねばならないと思ったので、今朝は刺繍に励んでおりました」
と答えた。するとオスカーは
「嫁入り……そうか、嫁入りか、ならいいのだけど。そうそう、昨日は宝飾品を見に行けなかっただろう? いつなら見に行ける?」
と笑顔で訊いてきた。オスカーは約束していたのに昨日その約束を果たせなかったことを気にしているのだろう。そんなオスカーの優しさに触れながら心の中で
あまりにも残酷です。
と呟き、泣いてしまいそうになるのをこらえ
「オスカー様はお優しいから、そうして誘ってくださるのですね。私勘違いしていました、その優しさに甘えてはいけませんでしたのに」
と微笑みオスカーをまっすぐに見つめると
「私は宝石はいただかなくとも大丈夫です。いずれたくさん婚約者に買ってもらいますから。それと、宝飾品は突然プレゼントされると喜ばれますよ?」
と満面の笑みを浮かべた。オスカーは一瞬怪訝な顔をしたが、照れ笑いをすると
「そ、そうか、そういうものなのだな? わかった検討しよう」
と、言うと嬉しそうに去っていった。ガーネットのことが片付いたと思い、パシュート公爵令嬢のことでも頭に浮かんだのだろうとガーネットは思った。ガーネットはこれ以上側にいることはできないのだと再認識した。
こうして少しずつオスカーとの距離を取り“ざまぁ”されるかもしれない舞踏会まで、なるべくオスカーと会わないように努力した。と言っても、ガーネットの方がオスカーに付き纏っていただけなので、ガーネットが会わないようにすればずっと顔を合わせることもなく過ごせた。
これできっとパシュート公爵令嬢とうまくいくだろう。辛いけれどきっと乗り越えられる。気持ちは十分に伝えた、その結果がこれなのだからしょうがない。よく頑張った、と自分に言い聞かせる。後は舞踏会であの二人から距離を取ればいいだけだ。
いよいよ舞踏会の当日、お父様たちも準備に追われバタバタしていた。ガーネットはメイドに
「以前着たドレスを着回ししましょう。適当にアクセサリーをつければいいわ」
と伝えた。メイドはビックリした様子で
「そんな、お嬢様にドレスがないなんてありえません、もうしばらくお待ち下さい。きっとドレスの用意があるはずです!」
と言ったが、そんなものがないのは自分が一番よく知っていた。なぜなら自分が注文していないのだから。他にドレスをプレゼントしてもらえる宛もないガーネットは苦笑して
「待てば待つほど虚しくなってしまうから、お願い、私の言う通りにして頂戴」
と言って、メイドを急かし適当なドレスに身を包むと、とにかく顔を出せば許されるはずなので、一番乗りで参加しすぐに帰ってくることにした。そして忙しそうな父親に声をかける。
「お父様、私準備が整いましたので、先に行って先に帰らせていただきますわ」
俯いて書き仕事をしていたガーネットの父親はバッと顔を上げると
「ガーネット、それは駄目だ、待て違う!」
と言っていたが、止められるのは想定内だったので
「お父様、ごめんなさい、お先に行ってまいります」
と言うとさっさと邸宅を後にした。しばらくすればお父様たちも来るだろう。ガーネットはそう思った。ガーネットは早めに来たと思っていたが、すでに会場は他の貴族たちで埋め尽くされており、ガーネットは対角線上に入口の見える場所に向かうと、シャンパンを受け取り、壁によりかかった。
入口を眺めていると不意に声をかけられた。見ると、パシュート公爵令嬢だった。
「あら、ご機嫌よう」
そう言ってパシュート公爵令嬢はガーネットを上から下まで眺めると
「ぷふっ、そんなドレス流行ってるって、私ったらちっとも知りませんでしたわ? でもそのダサいドレスとってもお似合い!」
と言った。パシュート公爵令嬢は流行りのレースをふんだんに使用したピンクの可愛らしいドレスを着ており、可憐でフワフワした雰囲気の彼女にはよく似合っていた。
ガーネットはもう何でも言えばいい、と言う心境だったので黙ってきいていた。パシュート公爵令嬢はガーネットが何も言わないことに上機嫌になり、渡り廊下を扇子で差すと
「見なさい、あの渡り廊下。あそこで今日、私はオスカー様に告白されるの。わかる? あんたじゃなくて私にね」
と言い
「邪魔したら許さないわよ。惨めになりたくなければ、オスカー様に会ったときに、私があそこで待ってるって伝えることね。そしたら、そうね……貴女、結構大人しいから、ざまぁしないであげるかもしれないわよ?」
と言って高笑いして去っていった。
やっぱり、オスカー様を狙っていたのね。
と、残念に思っているとガーネットの両親が会場入りしてくるのが見えた。両親も来たことだし、もう役目は済んだはずだと、会場をあとにしようとすると、ガーネットの母親が駆け寄り
「まぁまぁまぁ、この子ったらまったく世話の焼けること! 探したのよ? こっちにいらっしゃいな!」
と、グイグイ引っ張られた。その剣幕に押されガーネットは
「お母様、怒ってますの? ごめんなさい」
と言うと、ガーネットの母親は立ち止まり、振り向き
「怒ってますとも! 貴女はお母様たちが貴女のことをまったく気にかけていないとでも思っているのですか? そんなドレスを着て!! 落ち込んでいるのだって気づいていたんですよ? まったく。とにかくついてらっしゃい!」
と言って部屋に連れて行かれた。ガーネットの母親は
「王妃様に事情を話して、この部屋をお借りしたのですよ! これからここでちゃんと用意したドレスに着替えて舞踏会に出なさい! 貴女の晴れ舞台なのだから、まったくもう!」
と、部屋を出ていった。ガーネットはこころの中で母親に謝る。晴れ舞台はおろか“ざまぁ”されるのです、ごめんなさい、と。
連れてこられたメイドたちが慌ただしくガーネットを着替えさせる。淡い水色の光沢のあるドレスで、ガーネットの好みの色だった。そしてドレスに合わせるように八十カラットはありそうな見事なブルートパーズをブリリアントカットしたネックレスに、同じくブルートパーズをふんだんにあしらった髪飾りが用意されていた。
お父様? これどうしたのですか!?
と、心の中で叫びながらそれらを身につけると、それだけでも自分が特別な存在になったような気がした。準備が終わり会場に戻ると、そこにはオスカーが待っていた。オスカーは上から下までガーネットを眺めると 「思っていた通りよく似合っている」
と言った。そんなオスカーはガーネットと揃いの淡い水色のものを着用している。ガーネットは恥ずかしくて顔から火が出そうな勢いになった。落ち込んでいるガーネットを心配して、わざわざガーネットの両親がオスカーと揃いにしたのだろう。これでは前世で言うところのストーカーと変わり無い。
ガーネットは慌ててオスカーの向きを渡り廊下の方へ向けると、背中を押し始めた。オスカーは笑いながら
「今度はなんだい? どうした?」
と愉快そうにしている。なのでそのまま渡り廊下までオスカーを連れて行った。少し薄暗い渡り廊下に人が佇んでいるのが見えた。パシュート公爵令嬢だ。その姿を確認しただけで十分、ガーネットはオスカーの背中から手を離して
「さよなら」
と呟き走り出した。が、すぐに後ろからオスカーに抱き締められ
「どういうことだ! なぜ? どうして逃げる? 私のことが嫌になったのか? 侯爵家の次男坊の私には興味があっても、公爵家の跡取りには興味がなくなったのか?」
と言い
「だが、逃げられると思うか? 今まで次男坊の私では君とは釣り合わないから、と努力してきた。騎士団に入りそれなりの地位になってから君に告白するために、それまでの我慢だと、ずっと自分に言い聞かせて生きてきた。君は、君が無防備に私に近づいて来るのを、どんな気持ちで私が見ていたと思っているんだ? それがやっと君に愛を伝えることができるようになったのに、やっと君に手が届くようになったというのに、逃がすものか!」
と言った。ガーネットは今自分が聞いた言葉が信じられず、オスカーに
「嘘です! 厚かましいと思ってらっしゃるって、ミラー侯爵とお話ししていたのを知っているのです!」
と返した。オスカーは
「あれを聞いていたのか? 馬鹿な、あれはパシュート公爵令嬢のことだ」
と言った瞬間に後方から叫び声がした。
「あんたたち、何やってんのよ! これからここで大切なイベントあるんだからどきなさいよ!!」
その声にオスカーとガーネットの二人で振り向くと、パシュート公爵令嬢が顔を真っ赤にして叫んでいる姿が目に入った。
パシュート公爵令嬢は振り向いたガーネットに気づくと
「ちょっと、なによ! さっきのダサいドレスはどうしたのよ!! それにそのデザインのドレス!! 私がオスカー様にもらうはずだったドレスじゃない! 返してよ!!」
と、言うとオスカーが目の前に居ることに気が付き
「あら、やだ、オスカー様いらしたのね? オスカー様がその女を羽交い締めになさってるってことは、もしかして、その女が勝手にそのドレスを着たから、私のために取り返そうとしているところでしたのね?」
と言った。そして呆気に取られている私たちを横目に続ける。
「私、先日もガーネット様には注意したのですよ? オスカー様は私のことを想っていらっしゃるから、諦めるのが貴女のためですよって」
と言って、上目遣いでオスカーを見た。ガーネットがオスカーを見上げると、オスカーは今まで見たことのない形相で
「パシュート公爵令嬢、このドレスや宝石は全て私がガーネットに用意したものです。勘違いしないでいただきたい。それに貴女が余計なことをガーネットに言っていたのですね? そのお陰で私はガーネットに捨てられるところでした。後日パシュート公爵家には正式な抗議文を送らせていただきます」
と言った。パシュート公爵令嬢はキョトンとして
「やだ、なんか、ガーネット様に気を使ってらっしゃるの? その必要はもうないのですよ?」
と、言ってオスカーに近づき手を伸ばし、オスカーに触ろうとした。するとオスカーは、その手を弾き
「触るな!!」
と言った。そんなオスカーを見たのは初めてだったので、ガーネットはびっくりしてオスカーを見る。オスカーはそれに気づき
「ガーネット、恐がらせてしまってごめん。でも君にそんなことを吹き込んでいた彼女を、私は許すことができそうにない」
と言って、パシュート公爵令嬢に向き直り
「二度とその姿を未来永劫、私の前に現すな!」
と吐き捨てると、オスカーはガーネットを抱き上げ、立ち尽くすパシュート公爵令嬢をその場に残し
「少し、テラスで話をしよう」
と、テラスへ連れ出した。
「やっと君の謎の行動の理由がわかった。あれだけ私の側にいたというのに急に姿を見せなくなったのだから、私は本当に君が公爵家の跡取りとなった私に興味をなくしたのかと思ったよ」
と笑った。ガーネットは慌てて
「そんな訳ありませんわ! オスカー様は何をしていようと|私《わたくし》の好きなオスカー様に変わりありません」
と、返し
「それよりも、本当にパシュート公爵令嬢は宜しいんですの?」
と訊いた。オスカーは苦笑し
「勘弁してくれ、彼女は私本人ではなく公爵家を継ぐ私に興味があるだけなのだよ。しつこくて困った」
と笑うと
「それより君は、私が君のことを好きじゃないなんて、本気で思ったのではないだろうね?」
と言った。ガーネットは思わず目を伏せる。オスカーは一瞬驚き
「確かに、今まで私は君には釣り合わないと思っていたから、君からの真っ直ぐな気持ちに素直に答えられなかった。疑うのはしょうがないかもしれない」
そう言うと自嘲気味に笑い、次に真剣な顔になり
「君は覚えているだろうか? 私は子供の頃に剣の勝負で君に負けた。その後、今度は私が君を負かした時に、君が言った言葉を」
とオスカーはガーネットに訊く。ガーネットは覚えておらず、首を振った。オスカーは微笑むと
「君は、僕に剣術で負かされたときに最高の笑顔で、こう言ったんだ『流石、それでこそ|私《わたくし》のオスカーよ!』って」
ガーネットは言われてみればそうかも知れない。と思いつつ、オスカーの次の言葉を待つ。オスカーは続けて
「そう言われたあの瞬間から、ずっと君に恋している」
そう言うとガーネットに微笑んだ。
「それからは君に釣り合うようになるため努力を重ね、それが認められて公爵家の跡取りとして養子に入ることもできた。ここまでこれたのは、全て君のおかげであり、この地位を欲したのも君のためなんだ」
オスカーはガーネットをそこに立たせると、目の前に跪きジャケットの内ポケットからリングケースを取り出し、中身をガーネットに見せながら
「エバンズ侯爵令嬢、どうか私と結婚していただけないでしょうか?」
と言った。ガーネットはリングケースの中のダイヤの指輪を受け取ると
「はい!」
と言って、両手を広げているオスカーの胸に飛び込んだ。オスカーはギュッとガーネットを抱き締め
「嘘みたいだ、君に触れることが許されるなんて。君と一緒になれるなんて。私では幸せにできないかもしれない、それでも私は強く君を欲した。いつもそばにいる君をどれだけ抱き締め、自分のものにしてしまおうと思ったことか」
と言うと、ガーネットの瞳を見つめ、ガーネットに深いキスをした。
「愛してる、愛している。君を愛しているよ。もう離さない」
そう言うオスカーにガーネットが
「オスカー様は間違ってます、私は生まれる前からオスカー様を愛していたんですからね!」
と言うと、オスカーは一瞬の間をおいて
「そうか、ありがとう。なら私はそれ以上にこれから君を愛し続けると誓おう」
と言って、もう一度ガーネットにキスをした。
その後、王太子殿下の婚約発表があり、私は誰も“ざまぁ”されていないことを知った。いや、正確にはヒロインのパシュート公爵令嬢だけ“ざまぁ”されたという結果になったようだった。 結局ヒロインの公爵令嬢がどうしたかったのかは、最後まで謎だったが、とにかくガーネットは自分が幸せすぎて、それ以外のことはどうでも良くなった。
オスカーは箍が外れたかのようにガーネットを甘やかし、ガーネットが愛を囁く暇のないぐらいに、ガーネットに愛を囁いた。オスカー曰く
「今までのお返し」
なのだそうだ。変な虫がつかないようにと、すぐにオスカーとガーネットは結婚し、新しいオスカーの義両親にもとても優しくしてもらい、旦那様であるオスカーに、過剰なまでの愛情を注がれる生活を送ることになった。
こうしてガーネットの物語は幕を閉じた。