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――時は少し遡る。
シュヴァリエは、ステファンの部屋へ向かう前に、地下牢のサミュエルに会いに行った。
サミュエルは、静寂の中……これからの策を一人考えていた。
手枷を見ると、昼間の失態を思い出して腹が立つ。そう、自分自身に。失敗するなんて有り得ないと、高を括っていたことを後悔している。
「くそっ!」と、硬い床に拳をぶつけた時――。
誰も居ない筈の、鉄格子の前に人影が現れた。
「……誰だ?」
薄暗い地下牢の中、サミュエルは目を凝らす。
段々と近付いてくる人影が、昼間サミュエルを捕らえた青い髪の男だと判った。
「何の用だっ」
ぶっきらぼうに問い掛けると、男は抑揚のないトーンで話し出す。
「青い痣の人間を、何故探している?」
サミュエルは怪訝そうにシュヴァリエを見た。
「それはもう、おっかない公爵様に話した」
「それだけでは、ないだろう?」
「…………。それは、本人にしか話さない」
真っ直ぐにシュヴァリエを見つめる、サミュエルの目には揺るがない意志があった。
シュヴァリエは、肩のボタンを外し衣服を下げると、自身の左肩を見せた。
「……っな! その痣は、まさかっ!?」
サミュエルは息を呑んだ。
ベネディクト国側に伝えた鱗状の青い痣。
本当は龍の鱗の形をした、緑がかった青の痣。シュヴァリエの肩にあったのは、本物のそれだった。
服を戻して、サミュエルを見据える。
「……さあ、話してもらおう」
シュヴァリエの言葉に、サミュエルは跪き頭を垂れた。
「皇太子殿下、今までのご無礼をお許しください。全て、お話し致します」
(………!?)
全てを聞いたシュヴァリエは、光の乙女には手を出さないという条件で、帝国へ行く事を決めた。
光の乙女を捕らえられなかったイザベラは、戻ったら処分される可能性がある。サミュエルは、姉であるイザベラを、此処で捕らえたままにしてほしいと言った。
互いの望みは一致したのだ。
それから、ステファンの元へ行くと……ある程度まで報告し、サミュエルと共に帝国へ向かいたいと願い出た。
勿論、沙織には伝えないように頼んで。
◇◇◇
シュヴァリエは野営の仮眠中、夢を見た。
――ハッとして目を覚ます。
「……殿下? どうかされましたか?」
交代で火を守っていた、サミュエルが声をかけてくる。
(殿下……か、慣れない呼ばれ方だ)
「いや、何でもない。交代する」
パチパチと薪が爆ぜ、火の粉が飛ぶのを見ながら、シュヴァリエは夢のことを考えた。
物心が付いた時から、見続けていた夢――。
何処か分からない暗闇の中に、いつも佇んでいた。
恐怖、憎悪、不安……自分が自分でなくなる感覚に襲われる。その何かから逃げようとするが、ずっと追いかけてくるのだ。希望の光が見えるが……掴もうとしても、すぐに消えてしまう。
そんな繰り返しの夢だった。
だが最近は、その夢を見なくなっていた。
(あぁ、そうだ……。サオリ様と出会ってから、いつの間にか見なくなっていた)
リュカとなって、沙織に――シュヴァリエという影ではない、一人の人間としての存在を認めてもらった。そこから、何かが変わったのだ。
(あの時……)
久しぶりにちゃんと眠れたのは、沙織の膝の上だった。
自分の手をジッと凝視する。いつかの、沙織の手の感触を思い出す。あの手を離したくなかった ……と。
(皇帝ヴィルヘルム。光の乙女――サオリ様だけには、絶対に手出しはさせない)
いつの間にか、空はうっすら白みはじめていた。
サミュエルとシュヴァリエは、早々に支度を終えて帝国へ向け出発する。
森を抜け、かなりの距離を馬で走ると、徐々に潮の香りがしてきた。耳を澄ませば、波の音も聞こえる。
サミュエルが前もって準備しておいた、転移陣が描かれた場所に着いたようだ。
「此処から、海を渡らずに帝国まで転移します」
そう言うと転移陣を発動させ、シュヴァリエとサミュエルは馬ごと城へ転移した。
着いた先は城の裏手なのか、人目には触れなさそうな場所だった。
サミュエルはシュヴァリエに声を立てないよう言うと、隠し通路を進んで行く。皇帝に知られないように、先ずは王の所へシュヴァリエを連れて行き、皇帝の計画を伝える手筈になっているのだ。
目的の部屋へと着いたのか、サミュエルが振り返り、「こちらになります」と扉を開けた。
薄暗かった通路と違い、明るい部屋にシュヴァリエは目を細める。
「父上、シュヴァリエ皇太子殿下をお連れしました」
声をかけられたのは、薄茶色の髪を後ろに撫でつけた男。王と呼ばれるのが相応しそうな、気品溢れる人物だった。
「皇太子殿下、ようこそお越しくださいました」
シュヴァリエはハインリヒ王によって、皇帝ヴィルヘルムの恐ろしい計画を知らされた。サミュエルも知らされていなかったのか、目を見開き固唾を呑んで聞いている。
ハインリヒが、信用に値する人物なのか――。それはまだ、分からない。ただ、皇帝の計画が本当なら、沙織の命とベネディクト国が危ない。
シュヴァリエはグッと拳を握りしめる。
「わかりました。ハインリヒ王、貴方に協力致します」
覚悟を決め、そう返事をした。