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放課後のチャイムが鳴った瞬間、机の上の教科書とノートを閉じ、椅子を引く音を最小限に抑えて立ち上がった。
廊下に出ても、視線は奏のいる教室の方へ絶対に向けない。横目でその姿を見つけてしまったら、きっと足が止まり、口が勝手に余計な言葉を吐いてしまうだろう。昨日と同じように、自分の中にある不満をぶつけてしまうことが予想できる。
だから、まっすぐ前だけを見て歩いた。靴底の音が、やけに乾いた廊下に響く。
生徒会の会議が終わり、昇降口で靴を履き替える。背後のざわめきの中に、無意識に奏の声を探してしまう。けれど耳に届くのは、別のクラスメイトの笑い声ばかりだった。
落胆しながら外に出ると、薄暗い夕空と冷たい風が迎える。冬の匂いを吸い込むたびに、胸の奥がひりつく。歩き出しても、教室に漂っていたチョークの粉の匂いが鼻に残っていて、無理やり振り切るように歩幅を広げた。
(……自分から距離を置くって言ったクセして、なんでこんなに奏のことばかり――)
それでも、顔を合わせればまた衝突する予感しかしない。近づきたい気持ちと避けたい気持ちがせめぎ合い、背中に重しを載せられたみたいに息が詰まる。
信号待ちで立ち止まると、ポケットの中のスマホがやけに重く感じた。メッセージを送れば、きっと返事はすぐ返ってくるだろう。でも、その返事に込められた感情を受け止める覚悟が、今の俺にはなかった。
青信号に変わり、颯爽と足を前に出す。振り返ることはしなかった。それでも耳の奥に残るのは、隣に響くはずだった足音のない静けさ。いつも寄り添うように傍にいる、奏の気配が感じられないことに違和感を覚える。
(……本当は、奏に隣にいてほしいのに)
その本音だけが、胸の奥でじわじわと痛み続けた。