「あれ?良子ちゃん?」
聞き慣れた声に振り向くと、出先から事務所に戻ると思われる北川先生がいた。
ここ……事務所の最寄り駅だった。
「…おかえりなさい。お疲れ様です」
「良子ちゃんもお疲れ様。今日は……電車乗るの?友達かい?」
「北川先生…彼は、私の地元の友達で幼なじみです」
「そうか、そうか。三岡は?」
「三岡先生には伝えています」
うんうん、と頷いた先生は
「はじめまして、北川法律事務所の北川です。よく来てくれたね」
初対面の私にしたように、颯ちゃんに丸い手を差し出した。
「間宮颯佑です」
颯ちゃんは先生と短く握手する。
「リョウ、ここで仕事してんの?」
「そう。三岡先生が紹介してくれたの」
「二人は食事、今からだよね?」
「「はい」」
北川先生はスマホを操作するとすぐに話を始めた。
「すぐに佐藤さんという子が二人で行くからね。個室で頼むよ。ちょっとした記念日だ。うまいもん出してやって。勘定は私につけておいてくれるか?」
それから私たちを交互に見て言う。
「こんなところにいないで、うまいもん食べながらゆっくり話をして来なさい。好きなだけ飲み食いしていいからね、私からのお祝いだ。良子ちゃんの半年間の頑張りにね」
そう言い先生は、駅の向こう側にある小料理屋さんを教えてくれた。
三岡先生ともよく行くお店らしい。
先生のご厚意をありがたく受け取ることにして、私たちは駅の向こう側へ歩き始めた。
「いい人そうだな」
自然に繋がれた手に少しドキッとしながら
「うん。絶対に握手するのよね、北川先生。三岡先生と同級生らしいよ」
と答える。
「三岡先生なぁ…お教えできません専門の、忌々しい先生だ」
「そんな風に言わないでよ。すごくお世話になってるの」
「それはそうだな。先生が居てくれて良かった」
繋いだ手にぎゅっと力を入れた颯ちゃんは
「ここだな」
一度看板を見上げてから、お店の引き戸を開けた。
「あらあら、北川先生のご紹介が可愛らしい若者なんて珍しいわねぇ。どうぞこちら…奥の個室へ」
モノトーンの市松模様の粋な雰囲気に小花が可愛らしい着物姿の女性に案内され、私たちは綺麗な畳の掘りごたつ和室で向かい合った。
メニューもあったけど、颯ちゃんは話をする時間を注文に割きたくないと言い、オススメのものを順番に持ってきて欲しいと頼んだ。
「承知致しました。お二人とも召し上がれないものはございませんか?」
「ありません」
「ありませんが、俺すげぇ腹へってるんでがっつりでお願いします」
「うふふ、お上品に盛り付けてる場合ではありませんね。がっつり承知致しました。お飲み物は?」
「ビール。リョウもいい?」
「うん」
「すぐにお持ちします」
着物姿を見送ってから、ねぇ…と聞く。
「もしかして颯ちゃん、お昼食べてないの?」
「自転車の組み立て、俺のノルマを終わらせないと出て来られないからな」
「そう…ご」
「ごめんはいらないって学習しろよ」
「…ありがと」
「俺がリョウに会いたいから来た、それだけ。俺が仕事をすっぽかしても、昼飯を食わなくても、リョウが謝ることじゃない」
「ありがとう」
「あービール久しぶりだ。楽しみ」
「そうなの?」
「半年ぶり」
「半年って…どうして?」
「リョウが来て、って言った時に運転出来ないと困ると思ったから一切飲んでない」
「そうか…私も飲んでないけど……ありがとう」
コメント
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北川先生の温かい心遣いが嬉しいね〜✨ 半年ぶりに飲むビールはどんな味かな?☺️どんな風に体の中に伝わって沁みていくんだろう。ガッツリ食べながら有意義な時間になって欲しいな。あっ!手を繋いで歩いてきたからもうあれだね🤭💕