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「……おい、いつまで待たせんのかと思ってたぜ」
ヨコハマ、元町(もとまち)の裏通り。 待ち合わせ場所に現れた中也は、黒のライダースジャケットに身を包み、不機嫌そうに時計を睨んでいた。しかし、その耳元が少しだけ赤いのは、予定より15分も早く着いていたからだ。
「お待たせ、中也。あまりに天気が良いから、途中で川のせせらぎと心中したくなってね」 「そのまま流されてくりゃ良かったんだ。……行くぞ」
中也は悪態をつきながらも、太宰の歩幅に合わせて歩き出す。 今日の二人は「ポートマフィア」でも「武装探偵社」でもない。ただの、少し癖の強い青年二人組だ。
「見てよ中也、この帽子。君にぴったりな、とっても滑稽なデザインだよ」 「あ? 趣味悪ィな、……いや、待て。こっちの裏地は悪くねェな」
結局、中也は熱心に店主と話し込み、太宰はその様子を少し離れた椅子から眺めていた。 (……中也は、こういう時の集中力が子供の頃から変わらないね) 太宰は手持ち無沙汰に、店内の埃が光に舞うのを眺めていた。いつもなら退屈で死にたくなるような時間だが、中也の立てる靴音を聞いていると、不思議と眠気が心地よかった。
二人はテイクアウトしたコーヒーを片手に、ベンチに座っていた。 潮風が中也の髪を乱し、太宰の包帯を揺らす。
「なぁ、太宰」 「なんだい?」 「たまには……こういうのも、悪かねェな」
中也がポツリと溢した。普段、血と硝煙の中にいる彼らにとって、他愛もない会話と静かな景色は、何よりも贅沢な毒だった。 太宰はコーヒーを一口啜り、中也の肩にわざとらしく体重を預けた。
「……重い、どけ」 「いいじゃないか、減るもんじゃなし。中也の肩は、私の頭の高さにちょうどいいんだ」 「チッ……」
中也は肩を揺らしたが、本気で突き放すことはしなかった。 太宰は、中也の指先がかすかに震えているのを見逃さない。昨夜、彼がどんな顔で自分を求めたか。その残滓が、この穏やかな空気の中にまだ溶け込んでいる。
「中也。明日の任務、君の担当区域は雨らしいよ」 「予報なんてあてにならねェだろ。……降ったら降ったで、適当にやるだけだ」 「ふふ、そうだね。じゃあ、今日のこの穏やかさに免じて、明日もし雨が降ったら、私が傘を届けてあげてもいいよ」
「……誰が手前なんかに。……勝手にしろ」
中也は顔を背けたが、繋がれた視線と、触れ合う肩の熱が、言葉以上の肯定だった。 沈み始めた夕陽が、二人の影を長く、一つに重なるように伸ばしていた。