「ほんと、上手く行かないなぁ〜···」
小さく小さく、自分の中から追い出すように吐いた一言に反応した人がこちらに向いて透き通った硝子のような瞳で俺を見つめる。
出会ってからもう十年以上、酸いも甘いも、色んなことを経験してもその透明度は変わらずいつだって純粋さを蓄えた綺麗な瞳を見つめ返した。
夜遅くのスタジオで俺達は2人きり、各々自主練習を繰り返していた時のことだった。
「ちょっと、休憩にする?」
自分も疲れてるだろうに柔らかく笑うと、飴をカバンから取り出して俺の手に乗せた。
元貴が食べられないりんご味。
なんだか俺だけがそれを味わえることが嬉しくなる。
床に座り込んでギターを膝に乗せたまま飴を口に入れると涼ちゃんが隣に肩が触れる近さで、すとん、と座り込んだ。
「りんご味、うまい」
「え、それりんご味?おいしい?」
「涼ちゃん食べてなかったの?」
「皆にあげちゃって、レモンしか残ってない···」
なんて、涼ちゃんらしい。
自分が食べたい味なんてさっさと食べちゃうか、残しておけばいいのにそんなこと考えずに皆に配っちゃったんだろう。
申し訳ないけど最後の1個は俺の口の中だし。
「若井、食レポしてよ」
「え〜?甘い、けど甘すぎなくてりんごの香りが素晴らしいです、ジューシーさもありますね」
「余計食べたくなっちゃった···」
少し悲しそうな顔の涼ちゃんが可愛く感じて、そして少し可笑しくて笑ってしまう。
「···笑ってる若井見ると、安心する」
涼ちゃんも、疲れてたんだろう。
ふぅ、と息を吐いて気づいたら目を閉じていた。
もちろん元貴も他の人も含めてピリピリ痺れるような空気感の中作り上げていくのは本当に凄く充実している。
けどそれと疲れる疲れないは別問題で、なかなか上手く行かないときは人間だから、そりゃ誰だって疲れる。
「俺も、涼ちゃんがいたら安心する」
「ふふ、じゃあ両思いだね」
なんの気無しのその言葉が俺をドキッとさせ、 少しあいた唇に目線がいく。
カチ、と口の中で飴が歯に当たってなった。
ふと、あることを思いついた。
なら実行してみたらいい、俺の中の悪い心が唆す。
「涼ちゃん···」
「んー?」
目を閉じたままの彼に顔を近づけてゆっくりと唇を押し付ける。
「ん、んむっ?!」
顔を手で包んで、逃げられないように押さえると舌を入れて飴を押し込む。
「···っ、な、に···」
「りんご味あげるね」
「あ···ありがとう···? 」
口移しで食べかけた飴を押し込まれてお礼を言っちゃうのは涼ちゃんくらいだろう。
元貴になんかしたらはっ倒されそう、そもそもしようなんて気も起こらないけど。
「おいしい···」
頬が少し赤くなって目線を合わさずに呟く彼はあきらかに照れていて可愛くてもう少しそんな表情を見ていたい気持ちにさせる。
「ねぇ、涼ちゃん。俺の家で続きしない?防音だし、キーボードは持っていけるでしょ」
よいしょっと立ち上がってギターをケースに片付けると涼ちゃんも慌てて立ち上がってキーボードを片付ける。
「練習するっ」
さっきキスされたことなんて無かったみたいに警戒心ゼロで嬉しそうに俺の後ろについてくると涼ちゃんが俺の袖をひっぱる。
「ねぇ若井、さっきのキス美味しかった」
びっくりしてすぐに言葉が出ない俺を追い越して涼ちゃんは俺の手を取って楽しそうに歩き出す。
···ドキドキ、鼓動が煩くて。
今までにない感情で涼ちゃんと手を繋いでいる自分がいる。
ねぇこれって、どういう気持ち?
焦る俺に涼ちゃんが追い討ちをかける。
「明日も練習だね···そのまま泊まっていってもいい?」
バクバク、ドキドキ。
その笑顔が確実に俺の鼓動を早める。
···これは、まさか。
···もしかすると。
恋に落ちてしまったのかもしれない。
とりあえずそれを確かめる為にも、涼ちゃんの手を強く握り返して、うん、って俺は返事した。
コメント
3件

💛が魅力的すぎる!!😆 ちょっと小悪魔的にも見えてドキドキでした😆💕 続きが楽しみです🥰
口移しは流石にびっくり⋯⋯。でも可愛い🩷微笑ましい癒しの空間だねぇ♪
付き合う前の駆け引きというか、いちゃいちゃというのか、とりあえず可愛い💙💛です🤭💕