私の名前は平坂真能。反宗教学者、超心理学者、そして真理の探究者だ。
私は川に憑かれていた。その向こう岸を見たいと切望していた。
三途の川、冥府の川ステュクス3、母なるナイル4。それらは、同じ原型から生まれたものだ。人類の集合無意識に横たわる、此岸と彼岸を隔てる川。なぜ、死から生還した人々は一様にそれを見るのか。文化の伝播だけでは、これ程強く意識に根付いている理由が説明できない。川の概念は教えられて学んだのではない、最初から人の意識下に在るのだ。
川、そして向こう岸の真実を求めて、私は世界中の書物を紐解いた。世界中の宗教家に教えを請うた。しかし、そこに記された川と、彼らが語る向こう岸は、愚にも付かない迷信に塗れ、真実は覆い隠されていた。善行を積めば天国に行ける? 悪行を重ねれば地獄に堕ちる? ナンセンス! 私が知りたいのは、未修正の原型たる川と向こう岸の真実だ! 解決の糸口を与えてくれたのは、そこにある機械だ。人の思考を読み取り、亜空間内に具現化する──信じられないだろうが、私はそういう技術が実在することを知っていた。ある伝手を辿って、ついに実物を入手することができたのだ。
さらに、私はこれに独自の改造を加えた。個人の意識を通して、集合無意識にまでアクセスできるようにしたのだ。
今から、川と向こう岸を破壊する 《3枚目》 失敗した あれほど望んでいたものが目の前にあったというのに、私は冷静さを欠いていたらしい。愚かだった。
破壊するつもりはなかったのだ。ただ、少し脅かすだけのつもりだった。なのに、あの機械から出てきた化け物を見た瞬間、衝動的に振り回してしまった。その結果がこれだ。
いや……違う。そんなことはどうでもいい。問題なのは、奴らが私を追ってきたことだ。
このままでは捕まる。逃げなくては。幸い、ここなら誰も追ってこられないはずだ。
そうだ、私はようやく辿り着いたのだ。全ての謎を解く鍵となる場所に。
これが何を意味するか分からないのか? ああ、あなたには無理かもしれないね。でも、いずれ必ず理解することになるはずだ。あなたもまた、既に川を渡っているのだから。
さあ、行こう。答え合わせの時間だ。
「これは……」
私は唖然と呟くしかなかった。
目の前に広がる光景が信じ難かったからだ。
広大な平原だった。見渡す限り地平線の彼方まで続いている。青々と茂った草木、流れる小川、点在する小さな森や湖。そこには生命が満ち溢れていた。
美しい風景だ。それは間違いない。
だが、問題はそこではなかった。
無数の人々が、そこかしこで思い思いの生活を送っていた。子供を連れた家族、犬を散歩させている老人、草原に寝転ぶ青年。皆幸せそうな笑顔を浮かべている。
あり得ないことだった。
この世に生を受けた以上、人は誰もが平等であるべきという原則がある。富める者は貧しい者に施しを与える義務があり、虐げられた側はその恩義に報いなければならない。たとえ貧しくとも、己を律して勤勉に励み、他者を助けることで徳を積み、死後には極楽浄土へ至ることができる。そうした道理を説いた経典や聖典は多い。
では、こうした道徳教育で語られないことはどうなのか? 例えば、生まれながらにして貧乏だった人間はどうか? 例えば、生まれてすぐに親を亡くした孤児は? 例えば、病気を患っていて満足に働けない子供は? 例えば、戦争によって家族を失った子供たちは? 例えば、生まれた時から目が見えない少女は?
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