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「──で、マジなの? 蓮司と“そういう”関係?」
女子のひとりが、机の上に腰かけて遥を見下ろした。
その声は笑っているが、目は笑っていない。周囲にも数人、同調するように集まってくる。
遥は、その視線を避けるように、自分の机の上に並べたプリントを整理しているフリをした。
指先が震えていた。
「え? 違うなら違うって言えばいいじゃん。……“そうじゃない”って、言えないの?」
もう一人が絡む。
言葉は柔らかくても、机の角で足を突く動きは容赦がなかった。
「てか、アンタさあ、“誰のモノ”とか……調子乗ってない? 勘違いじゃなくて?」
遥はゆっくりと顔を上げた。
「……知らねぇよ、そんなの。勝手に噂して、勝手にキレて」
口調は冷たいというより、無感情だった。
けれど、女子たちの中にはその一言に“煽られた”と感じた者もいた。
「……は? 何それ、今の言い方」
「……生意気。誰に向かって喋ってんの?」
突然、背後から引かれた首元のネクタイが締まる。
少しだけ喉が詰まり、遥が咳き込んだ。
「うわ、ほんとに色気だけ出そうとしてない?」
「ちょっと反応するとさぁ、“感じてる”とか思ってそうじゃない? こいつ」
笑い声が起こる。
だがそれは、どこか湿っていた。
すでに“遊び”ではなく、遥を壊していくことが本題になっているような。
──それでも遥は、笑った。
乾いた、壊れかけの演技で。
「……そう思いたいなら、そう思えば?」
女子の一人が教科書を叩きつけた。
その音に誰も驚かない。
「なにそれ。あんた、ほんとに“イタい”よね。……蓮司も、そんなのに飽きてんじゃない?」
「てか、見せつけるように帰ってくの、ウザいし」
その隣で、男子が笑う。
「なに? 彼氏ごっこ? ……可愛がってもらえて、嬉しい?」
遥は、無表情で相手を見上げた。
笑ってもない。怒ってもない。
ただ、“演技としての無反応”を装っている。
「……へぇ、そう見えるなら、そうなんじゃない?」
乾いた声だった。
けれど、その言い方が逆に“煽り”として受け取られることを、遥はわかっている。
わかっていて、やっている。
「……マジでさぁ、調子乗ってない? お前」
「なんかさ、“可愛く見せてるつもり”なのか、“壊れてますアピール”なのか、よくわかんねーんだけど」
別の男子が、遥の椅子の背を蹴るようにして通り過ぎる。
女子たちの間では、笑い声が広がっていく。
だがそれは、もう“遊び”の音じゃない。
遥という存在に、確かな敵意が染みついていく空気だ。
「……そっか。じゃあ、言わせてもらうけど」
遥が小さく息を吐いて立ち上がる。
「“彼氏がどうこう”とか、“誰のモノ”とか……おまえらの方が、よっぽど気にしてんじゃん」
「ねぇ、惨めじゃない? “そう見える”って、自分で言って、自分で勝手にキレてるの」
その言葉に、一瞬、教室が凍る。
「……は? なにそれ」
「おまえ、自分の立場わかってんの?」
──その空気を破ったのは、教室の扉だった。
「よう。なんか、盛り上がってんなぁ」
蓮司が、スマホ片手にふらりと入ってくる。
制服のネクタイは外され、シャツのボタンは数個開いていた。
まるでこの空気を読んでいたかのように、完璧な“間”で。
「ちょうど探してた。遥、いた」
女子たちの顔色が変わる。
男子たちの目が蓮司に向く。
その中心で、蓮司はニヤリともせず、飄々と遥の横に立った。
「行くか」
ただそれだけ言って、遥の腕を軽く引く。
「……蓮司、マジであいつと?」
「ねぇ、本気? てか、遊んでんでしょ?」
「“遊び”にしても、もっとマシなのいなかったの?」
蓮司は一歩、遥との距離を詰めて言う。
「……どう思う?」
遥は答えなかった。
ただ、ほんの一瞬だけ、
誰にも気づかれないように、蓮司の袖を握った。
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