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「失礼いたします。あの、本日14時にお約束した間宮と申しますが…」
約束の日。
地図アプリを見ながら辿り着いたアートプラネッツのオフィスに、瞳子は恐る恐る足を踏み入れて声をかけた。
「はーい、お待ちしてました。どうぞ!」
「あ、はい。失礼いたします」
真っ白なカウンターの後ろ、社名とロゴが書かれたガラスのドアからひょこっと顔を出したのは、先日のイベントで挨拶した時に真っ先に笑いかけてくれた男性だった。
「おーい、間宮さん来られたぞー」
奥の部屋に向かって呼びかける声につられて顔を上げた瞳子は、およそオフィスとは思えないオシャレな空間に驚いて目を見開く。
中央には大きな丸テーブルが、壁際にはデスクがいくつか置かれているのだが、家具も照明もアートのように洒落ていて、まるで居心地の良いカフェのような雰囲気だ。
BGMには洋楽が流れ、横の壁一面を使って美しい映像も映し出されている。
(わあ、なんだか外国に来たみたい)
瞳子がうっとりと辺りを見回していると、奥のソファでコーヒーを片手に何やら話し合っていた男性3人が顔を上げた。
「間宮さん、紹介するね。一番右のインテリおぼっちゃまくんが洋平。真ん中のイカツイ怪物くんが吾郎。で、左のムッツリイケメンが大河。そして最後に、爽やかなみんなのアイドル、スマイリー透くんってのが俺のこと」
はあー?!とソファにいた3人が一斉に声を上げる。
「透、お前よくそんな恥ずかしいセリフ言えるな。それになんだって?俺達のこと散々ディスってたな」
そう言うのは一番右の洋平。
言われてみればインテリおぼっちゃまくんって感じだと、瞳子は心の中で独りごちる。
「何がスマイリー透だよ。ヘラヘーラ透の間違いだろ」
真ん中の吾郎も口を開く。
確かにイカツイ怪物くんっぽい。
そして一人無愛想に黙り込んでいる左端の大河。
なるほど、ムッツリイケメンね。
と、瞳子はあっさり4人の顔と名前を覚えることが出来た。
「まあまあ。せっかく男だらけのオフィスに綺麗なレディが来てくれたんだからさ。おもてなししないと。間宮さん、そこに座ってね。コーヒーでいい?」
「あ、はい!ありがとうございます。どうぞお気遣いなく」
テーブルを挟んで片方のソファに瞳子と透が、もう片方に他の3人が座る。
「おい、なんで透がそっちに座るんだよ?」
洋平が咎めるように言うが、透はどこ吹く風とばかりに瞳子が差し出した名刺に目をやる。
「へえ、間宮さんって下の名前は瞳子って言うんだね。透と瞳子でちょうどいいね」
「はあ?何がちょうどいいんだ?」
「瞳の子って書いて瞳子か。確かに瞳子ちゃん、目が印象的だよね。よく見るとブラウン?色が綺麗で思わずじっと見入っちゃうよ」
「おい!さり気なく、ちゃん付けするな!」
「髪の色もブラウンなんだね。染めてるの?あ、ひょっとして瞳子ちゃん、ハーフとか?」
「おいこら!聞いてるのか?透」
洋平のたたみ掛ける突っ込みに、瞳子は口を挟めないまま苦笑いする。
すると透は、人差し指を口に当ててシーッと洋平を牽制した。
「洋平、瞳子ちゃんが話せないだろ?」
「おまっ…、何を一人で気取ってんだ?恥ずかしくないのか?」
「全然。女性を立てるのは男として当然だよ。それで?瞳子ちゃん。やっぱりハーフなの?それともクオーター?」
「あ、いえ」
ようやく瞳子は口を開いた。
「ハーフでもクオーターでもなく、純日本人です。色素が少し薄いのか、髪も染めてるように見られますが地毛なんです。母も同じような感じなので、恐らく遺伝だと思います」
「そうなんだ。それにしてもサラサラの長い髪、シャンプーのCMみたいだね」
「いえ!まさかそんな。本当は短くしたいんですけど、そうすると背が高くみえるのでわざと重く伸ばしてるんです」
へ?どういうこと?と、透は怪訝な面持ちになる。
「私、小柄で華奢な女の子に憧れていて、少しでも背を低くみせたいんです。一度髪をショートにしたら、ますます背が高くみえるって言われて、それからはずっとロングのままにしています」
「へえー、なんだかもったいないな。瞳子ちゃん、身長いくつなの?」
「169cm…って答えてますが、本当は172cmです」
「あはは!逆にサバ読んでるんだ。でも他のモデルさんからしたら羨ましいと思うよ?」
「いえ、私はモデルでも何でもありませんから」
「そうなの?瞳子ちゃんなら売れっ子モデルになれると思うよ。やってみたら?」
「あの、本当に私、モデルなんて務まらなくて。今日もそのことをお伝えしたくて参りました。ご依頼はありがたいのですが、せめてナレーションとか別の形でお手伝いさせていただく訳にはいきませんでしょうか?」
するとそれまで前のめりに話していた透が、うーん…とソファの背に身体を預けた。
「俺達の宣材映像、敢えてナレーションは入れてないんだ。視覚で勝負してるから、セリフで大げさに盛り上げたくなくてね。だからどうしても映像に合う人に出演して欲しかったんだけど…。どうする?大河」
透は、ずっと黙ったままだった大河に話を振る。
意外だなと思いながら、瞳子もそちらに視線を移した。
だが大河は、腕を組んでじっとうつむいたま ま何も言わない。
失礼な態度で気分を害してしまったのかも…と瞳子が不安になった時、透がフォローするように口を開いた。
「瞳子ちゃん。実は宣材映像に瞳子ちゃんを起用したいと言ったのは大河なんだ」
えっ!と思わぬ言葉に瞳子は驚く。
どう見ても大河が一番乗り気ではなさそうに見えた。
「俺達あの日、イベントのあとここに戻ってきて、本番の録画ビデオを観ていたんだ。観客の反応とか、客席からどう見えていたかとか、まあ反省会も兼ねてね。その映像の隅に瞳子ちゃんが映ってた。目をキラキラさせながらうっとり魅入ってて…。桜の花びらが舞う映像に、瞳子ちゃんはすごく美しく溶け込んでた。それに気づいた大河が、今度の宣材映像にぜひ瞳子ちゃんをって。な?大河」
「…勝手に話を作るな」
ようやく口を開き、低い声で大河が言う。
「なんでだよ。事実だろ?まあ確かに、大河がそんなこと言い出すなんてってびっくりしたけどさ」
「俺は単に、映像とこの人物とでパーフェクトパッケージになるって言っただけだ」
「わーお、すごい褒め言葉だな」
透が同意を求めるように洋平や吾郎を見る。
「確かに。今までは、実際に体験してる子ども達の様子しか人物は入れたことないし」
吾郎がそう言うと洋平も頷いた。
「モデル入れるなんて、逆にマイナスイメージにしかならないって言ってたのにな」
皆の視線を集めた大河は、居心地悪そうにボソッと呟く。
「別にいいよ。そんなに言うなら人物はナシで作ろう」
いやいやいや!と透が慌てて手で遮る。
「大河のアイデアはいつも間違いないじゃないか。俺達みんな大河の感性を頼りにしてるんだ。な?」
「そうだな。それにいつも宣材映像は、ただのダイジェスト版になりがちだったし。マンネリ化するなんて、俺らは絶対嫌だよな」
洋平の言葉に吾郎も続ける。
「それに大河、お前の口癖だろ?『妥協せずに上を目指す。もっといいものが出来るはずだ』ってな」
3人の真剣な目に、大河もようやく頷いた。
「ああ、そうだ。俺達はどんな時も新たな挑戦をやめない。既存のものをただアップデートしていくだけの仕事はまっぴらゴメンだ」
挑戦的な笑みを浮かべて皆を見渡す大河に、3人もニヤリと笑う。
「それでこそ大河だ。という訳で、瞳子ちゃん。ぜひお願いするよ」
は?!と瞳子は上ずった声を上げた。
「いえいえ、あの、まさかそんな。皆さんがどんなに熱意を持って、真剣にお仕事されているのかがよく分かりました。そんなところに私が入り込む隙なんてありません。お邪魔になるだけです」
ソファの端ににじり寄りながら、ブンブンと首を振る。
すると大河が鋭い視線を瞳子に向けた。
「これだけ言ってもまだ分からないのか?」
「ひっ…!あ、あの、すみません」
ヘビに睨まれたカエルのように動けないでいると、透がやれやれとため息をついた。
「大河、女性になんて口をきくんだよ。ごめんね、瞳子ちゃん。こいつ機械オタクで女の子の相手はからっきしダメなんだ」
「男も女も関係ない。嫌がる相手を強引に誘う気もない。じゃ、そういうことで」
大河はそう言うと立ち上がり、スタスタと隣の部屋に去って行った。
「まったくもう、大河のやつ。本当にごめんね、瞳子ちゃん」
「いえ、私こそご期待に添えなくて申し訳ありません」
頭を下げながら、瞳子は千秋の『コネクションを作りたい』という言葉を思い出していた。
(せっかくお声かけいただいたのに、このままでは失礼よね。それに千秋さんにも申し訳ないし…)
そう思い、瞳子はためらいながら透に尋ねてみた。
「あの、もしよろしければ御社のことを少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん?ああ、もちろん。大きな会社じゃないから、何やってるか分かんないよね」
「いえ、そういう訳では。デジタル技術を駆使したアートで海外からも注目されていると聞き及びました。ですけど私、そういった機械のことはさっぱりで…。弊社の社長と一度こちらの体験型ミュージアムに行ってみようと話していたところなんです」
「そうなんだ!嬉しいなあ。それなら今度、ちょうど横浜で準備中の期間限定の展示を案内しようか?」
「え、いいんですか?!」
「うん。映像はほぼ完成してて、あとは建物の内装の仕上げだけなんだ。今なら瞳子ちゃんの為に貸し切りで案内出来るよ」
わあ…と瞳子は口元に手をやって目を輝かせる。
(この間のイベントの時みたいな、あの綺麗な世界がまた観られるんだ。嬉しい!)
既にワクワクした様子の瞳子にクスッと笑ってから、透は何やら思案し始めた。
「あの、どうかしましたか?やっぱりご迷惑でしょうか」
瞳子が不安そうに声をかけると、透は顔を上げてにこやかな笑顔をみせた。
「ううん、大歓迎だよ。でもちょっとお願いがあって…」
「はい、何でしょうか?」
「瞳子ちゃん、その日は白いワンピース着てきてくれる?」
…は?と瞳子はキョトンとする。
「白い服が映像にどう溶け込むか、実験したいんだ。それを記録用に撮影させて欲しい。どう?お願い出来るかな?」
はあ…と、瞳子は事情がよく呑み込めないまま頷いた。
「へえ、あのアートプラネッツのオープン前のミュージアムに、貸し切りで入らせてくれるの?すごいじゃない!」
オフィスに戻って千秋に話すと、身を乗り出して聞いてくる。
「本当に私も行っていいの?」
「はい。『御社の社長さんもぜひご一緒に』とおっしゃってました」
「わー、嬉しい!あの会社はこれから必ず伸びると思うのよね。有名になってからだとなかなかお近づきにはなれないから、早めに挨拶しておきたかったんだ。ありがとね!瞳子」
「いえ、そんな。ところで千秋さんにお願いがあって…」
「あら、なあに?」
「はい、あの…。白いワンピースって貸してもらえませんか?」
ぱちぱちと瞬きした後、は?!と千秋は気の抜けた声を出す。
「なにそれ。誰が着るの?」
「えっと、私…です」
「ええー?!瞳子が?スカートすら絶対履かない瞳子が、白いワンピース?!」
「あ、はい。なんでも、白い服で映像の映り具合を見たいとかで。でも私、もちろんそんなワンピース持ってなくて。会社の衣装でありますか?白ければどんな物でもいいので」
「ダメよ!何でもいいなんて、そんなのダメ!瞳子が着るんでしょ?私がちゃんと選ぶから。待ってて!」
ガタッと勢い良く椅子から立ち上がり、千秋は隣の衣装部屋に駆け込む。
「あの、千秋さん…?本当に何でも」
部屋のドアからそっと中に声をかけるが、千秋は脇目も振らずにガサゴソと衣装を探していた。
同じ頃。
アートプラネッツのオフィスでは、再びソファに4人が顔を揃えていた。
「という訳で、瞳子ちゃんが横浜会場に社長さんと来てくれるって。白いワンピースを着てきて欲しいって頼んである。映像にどう溶け込むか見たいから、記録として撮影したいってことも」
透の言葉に、吾郎がニヤリとした。
「さすがは透だな。ちゃっかりしてる」
「おい、それを言うならしっかりしてるだろ」
「いーや。ちゃっかりだ」
洋平もニヤリとしながら話に加わる。
「まったくお前は…。ほんとに相手の懐に入るのが上手いな。尻尾フリフリの子犬か?」
「違うわ!言っただろ?爽やかなみんなのアイドルだって。とにかく俺がそこまで段取りつけたんだからな。あとは任せたぞ」
「ああ、そうだな。彼女が宣材に使ってもいいと言ってくれるような映像を撮らないとな」
するとそれまで黙って聞いていた大河が、誰よりもニヤリとしながら口を開いた。
「任せろ。俺が最高に綺麗に撮ってやる」
完全に何かのスイッチが入ったように不敵な笑みを浮かべる大河に、透達は息を詰めておののいた。