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『血塗られた戦旗』残党との戦いから数ヶ月の月日が流れた。
カテリナ、エーリカの二人が負傷したことにより激怒したシャーリィは、怒りのままにスネーク・アイことジェームズを討ち果たす。同時刻、十六番街で暴れまわっていた『血塗られた戦旗』の残党は『オータムリゾート』によって殲滅され、ここに十五番街の覇者は完全に消滅することとなった。
『血塗られた戦旗』残党を始末したシャーリィは、それまで泳がせていた組織内のスパイを一網打尽とし、更なる組織力の拡大を果たすため攻勢を止めて内政の充実に取り組んだ。
奇しくも同じ時期にマリアが十五番街に着任。これから訪れる苦難に備えて戦力の充実を図っていた。
シャーリィとマリア、二人はシェルドハーフェンにおける異質な存在として様々な組織がその動向に注目していた。
そして冬が来て年が明け、シャーリィ=アーキハクトは十九歳となった。
全てを失った冬の夜。その日より十年の時が流れ、伯爵令嬢は様々な仲間や幸運に助けられて組織を拡大。裏社会に確固たる地位を築き上げて、更に表の世界との繋がりも持ち始めていた。
「西部との交易は順調です。綿や布も良く売れているみたいで、追加の発注がたくさん届きました」
館にてシャーリィに報告するエーリカ。ロメオ達の尽力により無事に回復したが、首に大きな傷跡が残ってしまった。そのためシャーリィから贈られた赤いスカーフを常に首に巻いている。
「カナリアお姉様はエーリカが仕立てたドレスを愛用されているみたいですよ?社交界で使わされていますから、他の貴族からの発注が増えていますね」
エーリカの仕立てたドレスが大層気に入ったカナリアは、普段から愛用し社交界等で身に纏っている。
それを見た西部閥の貴族達も強い関心を示し、『暁』への発注が急増したのである。
「光栄ですが、あの騒ぎだけは冷や汗が流れましたよ」
苦笑いを浮かべるエーリカ。
母親譲りの仕立て屋としての才覚を持つエーリカの名は帝国西部で有名となり、そんな彼女を専属として雇いたいと言う貴族まで現れ、いつの間にか誰が雇うかと争奪戦のような騒ぎとなった。
当然シャーリィにエーリカを手離すつもりは無いし、エーリカとしてもシャーリィの下から離れるつもりもない。
とは言えこの騒ぎを放置も出来ない。どうするかと悩んでいたが、幸い騒ぎを聞き付けたカナリアが直ぐに動いた。
カナリアは名目上エーリカを自分専属とすることで、事態の沈静化を図ったのである。
公爵家専属となれば、西部閥の貴族達も口を挟むことは憚られ、事態は一気に沈静化した。
「カナリアお姉様は最善の選択を選びました。他に貴族達を黙らせる方法はありませんでした」
「私が専属になりましたけどね」
「名目上です。私はエーリカを手離すつもりは無いと伝えましたし」
「私もシャーリィお嬢様以外の方にお仕えするつもりはありません。ですが、良かったのですか?」
エーリカを手離さない見返りとして公爵家への衣服の仕立てを最優先とし、また金額も半額となってしまった。
「構いませんよ。エーリカを失う方が困ります」
「お嬢様……」
「それより、これは着心地が良いですね」
シャーリィは新たにエーリカが仕立てた黒いスーツを見て感想を漏らす。
組織が拡大し、統一された対外用の服を頼んでいたのである。
「良かった。ルイス君からはマフィアみたいだと言われてしまいました」
「ふむ、マフィアですか。まあ、舐められたら終わりの商売です。身なりだけでも整えるのは、悪いことではありません」
以後『暁』幹部はは対外交渉の際黒いスーツを着用することとなり、一部ではマフィアのようだと称される事になる。
エーリカを下がらせたシャーリィは、教会へと足を運ぶ。
「シスター」
「シャーリィ、また護衛も連れずに出歩いているのですか?」
「ベルも大変ですし、教会に来るくらいなんでもありませんよ」
いつものように祭壇に腰かけたカテリナがシャーリィを迎える。
カテリナは先の戦いの最中狙撃された傷が原因で右手に痺れが残り、一線を退いていた。
隠居したわけではないが、極力前線には出ずにシャーリィのアドバイザーとして後方へ下がったのである。
「貴女もずいぶんと有名になったのです。身の回りには注意を払いなさい」
「善処します。ところでシスター、次の敵なのですが」
いつもの小言を流したシャーリィは、次なる獲物を求めた。
数ヵ月の間戦闘を避けた結果戦力の回復も順調であり、本拠地『黄昏』には『ライデン社』の工場も完成。人口も増え続けている。
更に帝国西部への販路開拓など『暁』の財政と戦力は飛躍的に拡大していた。戦力面では少し不安があるので今すぐに事を起こすつもりはないが。
「敵かどうか分かりませんが、十四番街の連中が騒がしいです」
「十四番街……ラメルさんの情報だと、マフィア組織が乱立した群雄割拠の区域でしたね」
シェルドハーフェン十四番街には支配者が存在せず、マフィア組織が乱立して覇権を巡って抗争を繰り広げていた。
十四番街の隣にある十三番街は名前こそ振られているが、実質的には穀倉地帯で農村があるだけの区域である。
ただし、ここはシェルドハーフェン。育てられているのは全うな穀物ではなく、各種薬物用の植物が育てられている。すなわち違法ドラッグ、麻薬の類いである。
十四番街の戦いは、十三番街の支配権を巡る抗争でもある。
「その通りです。シャーリィ、ドラッグに興味は?儲かりますよ」
「ありません。危険な薬物の取り扱いは、組織に腐敗を招く危険性があります。それに、そんなものを取り扱えばカナリアお姉様も私を見限るでしょう」
「それを聞いて安心しました。最近十四番街で台頭しつつあるトライデント・ファミリーが暁に注目しているとの話があります」
カテリナは暗黒街に幅広い伝を持っており、この手の情報はラメル達より早く手に入れていることが多々ある。
「注目、ですか。それは敵対すると言う意味で?」
「トライデント・ファミリーに暁と正面からやり合う力はありません。連中の宿願は、十四番街の制覇。言ってしまえば麻薬王の地位です」
「ふむ……分かりました」
カテリナと相談したその日の夕方、シャーリィの下へトライデント・ファミリーからの書簡が届いた。
シャーリィ=アーキハクト十九歳新年の日、新たな戦いの日々が始まろうとしていた。