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第六十九章 夏の終わりを知らずに
朝の光が差し込むベッドの上。
上半身を起こそうとした瞬間、割れそうなほどの頭痛に襲われ、再び枕へ頭を沈めた。
小さく蹲り、ゆっくりと呼吸をする。
それから、シーツをぎゅっと掴んだ。
2人に会いたくなくて駄々をこね、涼太の病室を訪ねた。
帰りたくないと襟を掴んだ俺の手には、冷たい独りぼっちのシーツが握りしめられている。
どうやって自分の部屋へ帰ってきたのか覚えていない。ただ、心地の良い匂いがずっとしていた。
トン、トン、トン。
聞き慣れない音に、数回瞬きをすると次の瞬間飛び込んできたのは、青白く疲れ果てた、泣き腫らした亮平の顔だった。
亮平💚「大丈夫?痛いところない?心配したんだよ?帰ってきてくれて……良かった」
翔太💙「あっ……うん……た、ただいま?」
亮平は優しく頭を撫でると、〝少し待ってな〟と言ってキッチンに消えていった。
シーツに残る亮平の匂い。
独りじゃなかった。
重い瞼を閉じると蘇る。
蓮の長い腕に抱かれて、壊れ物を扱うかのように優しくそっとベッドに横たわらせた。離れていく蓮の腕を思わず掴んだ。
蓮 🖤「さっきまであんなに嫌がってたのに……今夜はお前に振り回されっぱなしだ」
そう言って蓮は俺のおでこにキスをしたんだ。
亮平💚「いつまでぼーっとしてるの?」
湯煙の向こうから心配そうな顔を寄せてきた亮平は、〝二日酔いには雑炊でしょ〟なんて言って恥ずかしそうに笑った。
これも教授戦のためなんだろうか?
優しくされればされるほど、胸が苦しくなる。
全部が嘘だったなんて……思いたくない。
亮平💚「口に合わなかった?」
翔太💙「えっ?……いや、そんな事ない。ありがとう」
重い体を起こす。
翔太💙「…………痛っ」
またズキズキと頭が疼いた。
ふわりと亮平の優しい匂いがした。ベッドが少し傾き、スプリング音が鳴る。亮平の長い腕が背中に回った。
その瞬間――
昨日の記憶が、断片的に蘇った。
寮の自分の部屋。
扉が閉まった瞬間、ふわりと鼻を掠めたのは、いつもの亮平の香水の匂いだった。
それだけで、張り詰めていたものが、すっとほどけていくような気がした。
帰ってきたんだ。
そう思ったのを覚えている。
蓮の長い腕に抱かれて、壊れ物を扱うかのように優しく、そっとベッドへ横たわらせられた。
離れていく蓮の腕を、思わず掴んだ。
蓮🖤「さっきまであんなに嫌がってたのに……今夜はお前に振り回されっぱなしだ」
そう言って、蓮は俺のおでこにキスをした。
それから――
亮平💚「……良かった……」
泣き腫らした亮平の顔。
亮平💚「心配したんだよ……」
翔太💙「……んっ……」
蓮🖤「うるせぇ。寝かせろ」
蓮の低い声。
しゅんと項垂れる亮平。
そして――
温かい腕に包まれた。
亮平の胸元に顔を埋め、服を掴んだ。
その匂いに包まれていると、不思議なくらい安心した。
そのまま、眠った。
亮平💚「どうした?」
翔太💙「えっ……あっ昨日は、ごめんなさい」
亮平💚「連絡は欲しかったかな……帰って来ないんじゃないかって心配しちゃった」
亮平の顔を見たらわかる。
本気で心配してくれてたんだって。
それでも、あの廊下で聞いたことは事実で、ただのゲームの駒でしかなかったと分かった今、俺は今までみたいに2人と向き合うことはできない。
亮平💚「温かいうちに食べな。食べさせてあげよっか?」
背中に添えられた亮平の手がぎこちなく俺の背中を撫でた。
亮平💚「ほら、口開けて」
差し出された匙を、言われるまま口に含む。
優しい味だった。
出汁の効いた温かさが、空っぽだった胃にゆっくりと落ちていく。それだけなのに、身体の奥までじんわりと温まっていくような気がした。
翔太💙「……おいしい」
亮平💚「ほんと?良かった」
嬉しそうに笑う亮平を見て、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
また一口、匙が差し出される。
それを口に運んでもらうたびに、身体から少しずつ力が抜けていく。こんなふうに誰かに食べさせてもらうなんて、いつ以来だろう。
一人でいることなんて、平気だった。
今までだって、ずっと一人でやってきた。
寂しいなんて思ったこともなかった。
……そう、思っていたはずなのに。
ふと、亮平の手が背中から離れた。
ほんの一瞬だった。
それなのに――
胸の奥が、ひゅっと冷たくなる。
翔太💙「……亮平」
思わず、その名前を呼んでいた。
亮平💚「ん?」
振り返った亮平と目が合う。
翔太💙「…………」
何を言いたいのか、自分でも分からない。
ただ、離れてほしくなかった。
一人になるのが、怖かった。
そんな自分が怖くて、唇を噛み締める。
翔太💙「……俺、どうしちゃったんだろ」
亮平💚「翔太……?」
ぽろり、と涙が落ちた。
慌てて拭おうとしたけれど、次から次へと溢れてくる。
翔太💙「……一人でも平気だったのに」
声が震えた。
翔太💙「ずっと、一人で平気だったのに……」
亮平は何も言わず、ただ俺を見つめている。
翔太💙「今は……一人になるのが、怖い……」
その言葉を口にした瞬間、堪えていたものが全部崩れた。
俺は顔を伏せ、両手で顔を覆った。
翔太💙「……怖いよ……」
温かい手が、そっと俺の手を包む。
亮平💚「大丈夫……ここにいるよ」
その声に、また涙が溢れた。
三人で居る時間は、奇跡なんかじゃなかった。最初から……全部、計画されていたんだ。独りぼっちの俺を、懐柔するのは随分と簡単だったろう。
出会った頃、競うように二人から求められた。
すぐに気付くべきだったんだ。
何にもない俺は何の価値もないのだという事を。
あの時既に、二人にとっては、手に入れたいゲームの駒でしかなかったのだから。
翔太💙「ゔうっ……」
背中を撫でる亮平の手は相変わらずぎこちない。訳がわからないと言った様子で、ただずっと俺が泣き止むまでそばに居た。
亮平💚「何かあったなら……話して欲しい」
翔太💙「…………」
言える訳ないだろう?
〝俺を嵌めるの簡単だった?楽しかった?〟
〝何処からどこまでが嘘だったの?〟
膝の上に置いた手は、いつの間にかズボンを強く握り締めていた。恐る恐る添えられた亮平の手は緊張しているのか、湿っぽくて、不安気に覗き込んだ亮平の瞳は、誰かを探すように左右に揺れた。
亮平💚「ごめん。言いたくない事もあるよね……。そうだ、康二とカラオケは楽しかった?」
翔太💙「…………」
亮平💚「今度は俺と蓮も一緒に行きたいな」
翔太💙「…………」
俺と蓮と………。
その言葉が、胸の奥に引っかかった。
三人――。
その瞬間、ふと脳裏をよぎった。
『……花火……』
翔太💙「あっ……花火……大会」
亮平💚「……花火?」
翔太💙「うん……昨日、寮の入口で……花火大会のチラシ……」
涙で滲んだ視界の向こうに、あの時見た色鮮やかなチラシが浮かぶ。
そして――
『……行くか』
蓮の声が蘇った。
翔太💙「……蓮が……行こうって……」
亮平は一瞬、言葉を失った。
翔太💙「三人で……」
その言葉を口にした途端、また胸の奥が痛くなった。
亮平💚「じゃあその日は急いで仕事終わらせなきゃね」
翔太💙「……うん」
辛くても、いつも通り朝はやってくる。
あんなに暑かった朝の日差しも、幾分落ち着いていた。
通りに咲くコスモスが、夏の終わりを告げるように風に揺れている。
夏が終わる。
そんな当たり前のことが、なぜだか少しだけ寂しく感じた。
掲示板のポスターを横目に通り過ぎようとすると、夜勤明けの蓮が角を曲がって向かってくるのが見えた。
蓮🖤「よお、もう平気なのか? 反抗期の翔太くん」
亮平💚「馬鹿言わないの。大丈夫よ、翔太」
翔太💙「心配かけてごめんなさい」
大きな蓮の手が俺の頭をポンと撫でた。
蓮🖤「ったく。心配かけやがって」
そう言いながら、蓮の視線が掲示板へ向く。
亮平💚「楽しみだね」
蓮🖤「そうだな。……お前、楽しみにしてる暇があるならさっさと仕事行け」
亮平💚「あんたに言われなくても行くわよ」
そう言いながらも、亮平は笑っている。
その隙に、蓮が俺の頬へ顔を寄せた。
ちゅっ――
翔太💙「……っ」
蓮🖤「じゃあな」
亮平💚「は?」
ニヤリと笑った蓮を睨みつけた亮平は、俺の腕を引き反対側の頬に唇を寄せた。
ちゅっ――
翔太💙「……もう」
二人に挟まれて、思わず笑ってしまった。
ふと、掲示板に貼られたチラシへ目を向けた。
『今夏最後の花火大会』
指先で、その文字をそっとなぞる。
翔太💙「……凄く……すっごく楽しみ」
そう言って、俺は二人のシャツを掴んだ。
蓮🖤「……翔太?」
亮平💚「えっ?」
交互に二人の唇へ、自分からそっとキスをした。
翔太💙「……楽しみだね」
見上げた空はうんと高くて、澄んだ青空にはハケでさーっと描いたような繊維状の雲が一筋。
絹のように光り美しかった。
翔太💙「綿あめみたい」
蓮🖤「また食べ物かよ」
呆れたように笑う蓮。
亮平💚「ほんとだ、美味しそう」
クスクス笑いながら、食べる仕草なんかしている。
……あざといやつめ。
そんな亮平は、雲を指差して誇らしげに教えてくれた。
巻雲(けんうん)って言うんだって。
蓮は「すじ雲って言えよ。嫌味なやつ」なんて、鼻で笑っていた。
俺が「亮平って物知りだね」って言ったら、亮平は嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑った。
その横で、蓮は少しだけ面白くなさそうな顔をしていた。
……可愛いやつめ。
二人に挟まれて笑われた朝。
その瞬間だけは――
この幸せな夏が、ずっと続くような、そんな気がした。
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コメント
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早く誤解が解けて欲しい😭😭😭

「何でミラノにいるの?」の質問に最初は笑っていたのに、「真摯に説明しなきゃ……」と背筋が伸びたって言っていた推し💙に、1億回目の恋に落ちた花凜です🌸 なかなか小説に向き合えない日々が続いていて(多忙💦)だからといって、義務感だけで書くのもなんか違うな……と思っています。