テラーノベル
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副社長室の扉が、静かに閉まった。
『今朝の報道のことで、あなたの部下たちも混乱しているんじゃなくて?』
清香の言葉が、頭の奥に残っている。
――部下たち。
母が告げた〝部下たち〟の中で、真っ先に浮かんだのは瑠璃香だった。
(……どう説明する?)
ほんの数秒前まで向き合っていた現実と、これから向き合わなければならない現実が、うまく噛み合わない。
事実だけを並べるのは簡単だ。
だが、それで納得させられるとは思えない。
まして――。
(瑠璃香とは……全部話したうえで向き合わないといけない)
思考が、そこで止まる。
静まり返った役員フロアは、いつもと何も変わらない。
「お話は済まれましたか?」
すぐそばで、落ち着いた声がした。
顔を上げると、副社長秘書の山根湖紘がいつも通りの表情で立っている。
「ああ」
短く返す。
それだけのやり取り。
だが、その〝不変さ〟が、わずかに引っかかった。
(……こっちは、もう戻れないところまで来てるってのに)
内心で苦く息を吐きながら、エレベーターのボタンを押す。
待つ間も、思考は止まらない。
説明するなら、どこまで突っ込んで話すべきか。
いや――。
(隠していいことじゃないな)
分かっている。
分かっているのに、言葉の形にできない。
ポォーン、と音が鳴り、扉が開く。
中へ乗り込み、ボタンを押して扉を閉ざすと、外界と遮断される。
わずかな下降の時間。
逃げ場のない箱の中で、思考だけがぐるぐると巡る。
(……全部、話すしかない。――けど、もう俺の口からじゃ遅いかもしれない)
恐らく晴永が話すより先に、かなりの情報が開示されてしまっている――。
そこが一番の問題に思えた。
こんなことなら昨夜――なまこに邪魔されたからだの、記念日の空気を壊したくないだの、そんな理由を並べて逃げずに、向き合っておけばよかった。
報道前の段階なら、自分の出自のことと、会ったことのない許嫁のことを話すだけで済んでいたはずだ。
だが、今はもう少し状況が複雑になってしまっている。
あんな広報があった状態で、恐らく晴永は企画宣伝課長を続けることは不可能だろう。
瑠璃香は、一気に押し寄せる変化についてきてくれるだろうか。
小さく、息を吐く。
結論は出ている。
伝えないなどということはあってはならない。
ただ――それを、どう伝えるか。
それだけが、決まらない。
やがてエレベーターが止まる。
扉が開いた、その瞬間――。
空気が変わった。
フロアに足を踏み出す。
その一歩で、はっきりと理解する。
――もう、同じ場所じゃない。
視線が、集まる。
だがそれすら、これまでのようなものとは違う。
気軽に話しかけてくるような距離の近い視線ではなく、測るような……値踏みするような……。あるいは――線を引くような、視線。
背後でエレベーター扉の閉まる音が、やけに大きく響いた。
「……お疲れ、様……です」
声がかかる。
だが――ほんの一拍、遅れていた。
顔を上げると、声をかけてきた部下と目が合う。
その視線が、一瞬だけ揺れる。
何かを言いかけて、飲み込んだような気配。
そして、続かない。
これまでなら――。
コメント
1件
これはるりかちゃんが気になる( ̄▽ ̄;)
#夢
凪川 彩絵