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「だああああぁぁ……」
部屋に戻るや否や、沙織は頭を抱えて唸る。
(覚悟って……なに? ダメだ、どうしたらいいか解らない。誰かに相談したいけど、誰に相談していいのかも分からないわ)
帰り際にミシェルから言われた一言に、頭の中が軽くパニックを起こしている。
そんな中、ふと思い出した。
(あっ、いけない! 明日の件を、お義父様に伝えなきゃだ)
もしかしたら、ガブリエルはまだ帰っていないかもしれないが。
とはいえ、この時間から一人でステファンの研究室を訪ねるのも憚られる。
ガブリエルが邸に居なければ、また明日ステラに連絡を入れてもらえばいい。きっと、ピアノは弾かせてもらえるだろう。
沙織は思い切って、アーレンハイム邸に転移した。ひとり悶々と考えているより、外の空気が吸いたかったのだ。
転移陣から一歩踏み出せば、アーレンハイム邸のいつもの庭。
屋敷に入る前に、月の美しい夜空を見上げた。
(なんか、一人でここに居るのは初めてかも)
「……サオリ?」
――ドキッ!
いきなり名前を呼ばれて驚いた。人が居るとは思っていなかったのだ。
振り向くと、ガブリエルが立っている。
「あっ、お義父様。帰っていらして良かったです」
「一人で来たのかい?」
「はい。お義父様にお願いがありまして」
そんなに長話をするつもりも無いので、庭にあるお洒落なベンチに座って話した。
自分のうっかりで、ミシェルの地雷を踏みまくったこと。アーレンハイム邸へ転移し、訓練以外にも、ピアノを弾かせてもらっていたのがバレたこと。
しかも、ミシェルには……シモンズ領にステファンではなくシュヴァリエが行った事も、鎌をかけられ知られてしまったと。
シュヴァリエの件以外は、別に隠していた訳ではないのだが――。
明日、ミシェルとカリーヌを連れて、アーレンハイム邸へ転移して来る事になってしまった、と伝えた。
カリーヌは、ガブリエルとの訓練が見たいとも言っていたが、どうにかピアノ演奏で我慢してくれそうだ――とも。
「そうか。それならば……明日、私は留守にしているが、ピアノは使って構わない」
「わあ、嬉しいです! ありがとう存じます!」
「サオリ……他に何かあったのだろう? 原因は、ミシェルかい?」
ガブリエルは、優しく尋ねる。
図星をつかれて、目を見開いた。空元気に振る舞っていたのを気づかれていたのだ。
「どうして……わかったのですか?」
「ミシェルは私に似ているからな。何を言われた?」
迷ったが……ミシェルから言われた事を、ガブリエルに相談した。
「……そうか」
「私、どうしたらいいか分からなくて」
「サオリは、誰か思いを寄せている相手はいるのかい?」
「思いを寄せる……好きな人ってことですよね?」
「そうだね」
「うーん……恋愛ってちょっと苦手で。たぶん私はまだ、誰かを本気で好きになったことが無いのかもしれません」
「誰も?」
「はい。家族や、友人、周りの大切で好きな人は沢山いるのですが……。それって、恋愛感情とは違いますよね。でも、私は……ミシェルも、シュヴァリエも、お義父様も、カリーヌ様も大好きなのです」
ガブリエルはクスッと笑い、沙織の頬を両手でそっと包み、視線を合わせた。
頬に、ガブリエルの手の温もりを感じる。
(ヒヤァァァ! 顔が、近い……近すぎです!)
「ありがとう、私もサオリが大好きだよ」
ーー心臓がキュッとなった。
「サオリは、そのままで良い……いつか、自然と誰かを愛する時が来るだろう。今は、自分の思う通りに生きなさい」
そうして、ガブリエルは手を離し立ち上がる。その、大きな背中が安心感を与えてくれた。
「ミシェルがサオリを傷つけるなら、私は息子でも容赦はしない。だが、ミシェルは優しい子だ。心配はいらないよ」
月明かりに照らされた、美貌の公爵は息を呑むほど美しかった。
(私は……私の思うように。うんっ! ミシェルもシュヴァリエも、大好きな事に変わりはないもの)
「お義父様、ありがとうございました!! 私、帰りますっ」
――来た時とは違い、沙織の足取りは軽かった。
スッキリとした表情で、元気よく帰って行った沙織を、ガブリエルは静かに見送った。
沙織が消えた転移陣を見ながら、ガブリエルは呟く。
「私の子供達は、素直な良い子に育っているね。……だが、そう簡単にサオリは渡さないよ」
それはミシェルに対してなのか、将又、シュヴァリエや他のライバルに対しての言葉だったのかは、ガブリエル以外には分からない。
◇◇◇
寮へ戻ってきた途端――。
「お嬢様!こんな時間に、勝手に転移しないでくださいませっ!!」
またしても、魔道具の前で待機していたステラに、がっつりお説教された。叱られながらも、ちょっとだけ嬉しくなる。
(ふふ……ステラも私にとって、大切で大好きな人よ)
――窓の外では、入るタイミングを逃したリュカ姿のシュヴァリエが、心配そうに眺めていた。