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地下道の空気が、一変した。
志摩の警告通り、地上に繋がる無数の通気口が
外側から鋼鉄のプレートで次々と溶接封鎖されていく音が響く。
密閉された地下空間。
そこへ、組織が用意した「掃除」の時間が訪れた。
「……兄貴、なんか変な匂いがしねえか?」
山城が鼻を啜りながら、ライトの光を天井に向ける。
通気口の隙間から、無色無臭に近い
だが喉を微かに焼くような「白い煙」が音もなく流れ込んでいた。
「催涙ガスじゃねえ……神経ガスだ。源蔵さん!隔壁を閉めろ!」
「わかってる!だが、ここはボロだ。完全に遮断するのは無理だぞ!」
源蔵が手動のハンドルを回し、通路を分断する重い鉄扉を閉じていく。
だが、目に見えない死の気配は、錆びた配管の隙間を縫って容赦なく浸透してくる。
地下に潜伏していた数百人の住人たちに、パニックが広がり始めた。
「落ち着け!濡れたタオルを口に当てろ! 高い場所に移動するんだ!」
俺の声が反響するが、ガスの濃度は刻一刻と増していく。
このままでは、反撃の狼煙を上げる前に全員が静かな死を迎えることになる。
『黒嵜、聞こえるか!』
志摩からのノイズ混じりの通信が入る。
『ガスの供給源は、都庁前の地下駐車場に停められた三台の大型特殊車両だ。そこを止めない限り、お前たちは全滅する』
『…だが、地上は完全に封鎖されている。今外に出れば、狙撃兵の餌食だぞ』
「……外がダメなら、もっと深い場所を通るまでだ」
俺は源蔵に視線を送った。
源蔵は一瞬躊躇したが、重い腰を上げた。
「……和貴。一つだけ、地図に載ってねえ地下水路がある。新宿駅の真下、戦前の古い暗渠だ。そこを通れば駐車場の下まで行けるが……増水してりゃ一巻の終わりだぞ」
「雨が降ってる…チャンスは今しかねえ」
俺は山城に、地下の住人たちの避難を任せた。
「山城、お前はみんなを一番奥の防空壕へ連れて行け。そこはガスが届きにくい。俺が供給源を止めてくるまで、誰も死なせるな」
「兄貴、一人で行く気ですか!?無茶っすよ!」
「……俺は一人のほうが動きやすい。お前は『新宿の未来』を守れ。それがお前の仕事だ」
俺は脇差を背中に固定し、源蔵が指し示した床の重い石板を抉じ開けた。
下から立ち上る、泥と腐敗の匂い。
俺は迷わず、暗黒の激流へと身を投じた。
地上では、死のガスが街を飲み込もうとし、地下では一人の男が激流に抗いながら、敵の心臓部を目指す。
残された時間は、あと2280時間
新宿の地下で、決死の逆流が始まった。