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ロマンチックすぎっ✨
「ねえ、人間ってさ、何のために生きてると思う?」
夏の湿り気を帯びた放課後の図書室。窓際で色褪せた背表紙をなぞりながら、彼女——サトミが唐突に言った。
僕は読みかけの新書から顔を上げ、答えに窮する。人類学の難しい本を読んでいたけれど、そんな根源的な問いの答えはどこにも書いていなかった。
「……生存本能、とか?」
「つまんない。もっとこう、ワクワクする理由がいいな」
彼女はいたずらっぽく笑い、僕の隣に座った。ふわりと、シャンプーと日焼け止めの混ざったような、夏の匂いがした。
その瞬間、僕の心臓が、僕の意志とは無関係にドクンと跳ねた。
ああ、これだ。僕はこの「面倒くさくて、説明のつかない感情」を知っている。
僕たちは、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すだけの機械じゃない。
たった一言の「おはよう」に一喜一憂し、隣り合った肩の距離に一喜一憂し、相手の瞳の中に映る自分を探してしまう。そんな、非効率で、滑稽で、愛おしい生き物だ。
「……たぶん、誰かに恋をするためじゃないかな」
口にしてみて、顔が熱くなる。
彼女は驚いたように目を丸くした後、今日一番の笑顔を見せた。
「正解! 私もそう思ってた」
彼女の指先が、僕の手に触れる。
その刹那、僕の頭の中で、壮大なオーケストラが鳴り響いたような気がした。
細胞のひとつひとつが、彼女という存在を祝福している。
人類の歴史がどうとか、進化論がどうとか、今はどうでもいい。
僕の目の前にいる、この「貴方」という奇跡。
そのまつ毛の揺れも、少し癖のある髪も、全部僕が独り占めして、名前をつけて保存しておきたい。
「ロマンチストだね、君は」
「……君に言われたくないよ」
窓の外では、入道雲がぐんぐんと背を伸ばしている。
僕らの夏は、まだ始まったばかりだ。
愛を歌うには若すぎるかもしれない。でも、この溢れ出す感情を「ロマンチズム」と呼ばずになんて呼ぶのだろう。
僕は彼女の手を、少しだけ強く握り返した。
それは、人類が何万年も繰り返してきた、最もシンプルで、最も美しい答えだった。
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