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緊張して、正面から向き合うのが怖かったから。
「好きです!」と、顔中真っ赤にしながら勇気を出して告白をした。
婚姻届を手に持ち、それを突き出すような姿勢で。
当時、学生の間でひそかに流行っていたのだ。
好きな人への告白する時に、自分の名前を記入した婚姻届けを渡すことが。
それだけ真剣な想いが伝わる、ということで。
受け取った側も署名をして、2人のどちらかが保管するのだ。いつかこの婚姻届を提出する日を夢見て。
今、振り返ると、考えの足りない危険な行為だったと思う。
私は、身をもって痛感することになる。
「え⁉︎ 俺⁉︎ リディア?まじか‼︎ 」
「ア、ア、ア 、アーサー? なんでっ、ここに?」
机に突っ伏していたアーサーが、上体を起こし振り向いて驚きの声を漏らす。
何かがぶつかったような激しい物音が入口から聞こえて、2人は一斉にその方向へと視線を向ける。駆け出して行くフレデリックの後ろ姿が目に入った。
「おい!フレディ! 遅かったじゃないか、っておいどこ行く?おーい!
あー……まいったな……リディア?
君の気持ちは、分かったよ」
アーサーは婚姻届を受け取ると、私の頭にぽんと軽く手を乗せてから、立ち去る。
時が止まったように呆然としたリディアは、そのまま脱力するように床に崩れ落ちた。
どうして、確認しなかったんだろう……
どうして後ろから声をかけたんだろう……。
どうして、どうして、どうして……。
フレディが、机に突っ伏していることなんてなかったのに。
あまりにも緊張しすぎて、きちんと見ることもできなかった。
その席に他の誰かが座っているなんて思いもしなかったから。
まさか、よりにもよってアーサーが座っているなんて。
そんなこと想像もしなかったから。
恥ずかしい……。
見られてしまったの? フレディ、どこから見ていたの?もしかして……。
告白相手を間違えたのだと、アーサーに伝えなければいけないのに、臆病な私はすぐに追いかけることもできなかった。
翌日、婚姻届を返してもらおうとアーサーを訪ねた。けれど、間の悪いことにすでに遠征に出立した後だった。
その後、リディアはアーサーからの手紙をフレデリック経由で受け取ることになる。
手紙の内容は「あの婚姻届は、提出するから心配いらない」と一文だけだった。
いつアーサーが帰ってくるのか分からない、いつまで待ち続けなければいけないのか、不安な日々が続いた。
きちんと話し合いたいのに、どこにいるのかも分からない。
無事でいてくれたらいいと、友人として待っていたわ。
書類上は、あなたの妻かもしれないけれど。
帰ってきたら、何から話そうかと毎日毎日ずっと考えていたの。
でも、5年過ぎた頃には、ほっとしたのも事実。
アーサーの行方が分からないのに、安堵するなんて、私は、自分勝手な酷い人間よね。
そんな時フレデリックから、プロポーズされて、嬉しすぎてもう死んでもいいとさえ思った。
例えそれが契約結婚だとしても。
フレディ、この2年間はとても幸せでした。
大好きなフレディ。
アーサーにどんな顔をして会ったらいいの?
おかえりなさいと笑顔で言える自信がないわ。
自室に戻ったリディアは、フレデリックの署名の入った離縁書を眺めながら、はらはらと涙を流していた。
◇ ◆ ◇