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翌日、昨晩の騒ぎで懲りたので部屋で大人しくすることにしました。ベルの言う通り私達は非常に目立つみたいなので、これ以上厄介事を増やさないための処置です。それに、ガウェイン辺境伯からの連絡を待つ必要もありますからね。
「昨夜の酒は最悪だったわね」
「民の口にする酒はあんなものですよ、お母様」
腕の良い酒職人や設備はどうしても貴族階級が独占するので、基本的に庶民が口にする酒は味も最悪。レイミ曰く、ほとんど酢に等しいのだとか。
ただ、シェルドハーフェンには酒造を生業にする組織がそれなりに居ますし、美味いお酒は箔付けのために需要があるので実は他より流通しているお酒の質は良かったりします。暗黒街の方が質の良いお酒を飲めるのは皮肉なものですが。
黄昏に関しては、ドルマンさんが連れてきた酒造を生業にするドワーフ達が農産物を利用して生産しているのでかなり質の良いお酒が出回っています。マーサさん曰く、他所では高値で取引される主力商品でわざわざ遠方から買い付けに来る商人も少なくないのだとか。
あまりお酒を飲まない私には詳しいことは分かりませんが、収入源が多いのは助かりますし、お酒を好む構成員達の士気も上がるので全て任せています。酒場の評判も上々です。
「黄昏の酒場のお酒は悪くなかったわよ」
「いつの間に酒場へ……外出されるなら一言くださいませ」
「過保護ね」
お母様はふらっと護衛も付けずに黄昏を彷徨うので心配してしまいます。まあ、護衛など必要ないくらい強いのは承知していますが、折角生きて再会出来たのです。大切なものを失いたくないと言う娘心を、少しは汲んでいただきたいですね。
考え事をしていると、ドアの近くで壁に寄りかかっているベルが口を開きました。
「それで、ガウェイン辺境伯とは何処で会うつもりなんだ?」
「予定では、この部屋で場所の情報を得られる筈なんですが」
懐中時計を見てみると、既に予定の時間を超過しているのが分かります。と言うか、もうすぐ昼になってしまいますね。これはなにかトラブルが発生したと見るべきでしょうか。
「懐かしい匂いね」
「お母様?ちょっと待ってください!」
急にお母様が立ち上がり、部屋を出たので私達もすぐに追い掛けました。
お母様は宿の裏手に回り……これは。
「お嬢、ちょっと下がってな」
そこには血を大量に流した男性の死体が放置されていました。身形からしてそれなりに裕福で、金品目的の強盗殺人でしょうか?
「見覚えがあるわ。こいつ、確かガウェイン辺境伯の小間使いだった筈よ。今も変わらなければね」
お母様の言う懐かしい匂いとは血の臭いでした。それより、気になる証言が得られましたね。
「駄目だ、何も持って無ぇ。盗られてるな」
死体を調べていたベルが首を横に振りました。ふむ、お母様の記憶が正しいなら彼こそガウェイン辺境伯からの使者だったのでしょう。それが襲われたと。
「シェルドハーフェンじゃ珍しくもない話だが、お嬢もついてないな」
「全くです」
行く先々で面倒事に巻き込まれるのは慣れていますが、シェルドハーフェンではない此処では静かに過ごしたかったのに。
とは言え、嘆いていても始まりません。
「下手人を探します。おそらく奪われた品物の中にガウェイン辺境伯からの書状が含まれている筈です。そんなものが紛失したとなれば、大問題です。辺境伯は困りますし、私達だって困ります」
「やれやれ、三人しか居ねぇのに。直接会うのは駄目なんだよな?」
「それは駄目です。いえ、駄目ではありませんがこのまま放置するより手を打った方が辺境伯の好感を得られますよ」
野放しにするよりは良いでしょう。
「分かった。お嬢達は宿に戻ってくれ。俺が聞き込みをして回るからよ」
「それには及びません。事は一刻を……お母様、どちらへ?」
またフラりと歩き始めたお母様に声をかけました。お母様は振り向かずに答えました。
「私、難しい話は苦手なのよ。でも、コイツを殺した奴等を見つけないとシャーリィは困るのよね?」
「ええ、困ります。段取りが台無しですし、下手をすれば辺境伯からの不審を買ってしまいますから」
「そう、それが分かれば良いわ。ついてきなさい」
「……分かりました」
お母様は何かを掴んだのかもしれません。ベルに合図して二人でお母様の後を追い掛けました。
しばらく街中を歩きました。農作物の産地だけあって商店街には新鮮な野菜や果物が並び売り出されていました。値段も安いし、大勢の人で賑わっていますね。
商店街を抜けて石造りの三階建ての集合住宅へ足を踏み入れました。
ふむ……内装は荒れ果てていますね。治安が悪そうな場所です。
「ベルモンド、貴方ナイフは?」
「何本か持ち歩いているが?」
「じゃあ、一本借りるわよ」
「あいよ」
ベルからナイフを受け取ったお母様は、そのままこちらをじろじろ見ていたチンピラに近寄り。
「あ?なんだ?」
「お金はどうでも良いわ。手紙を持っていたでしょう?それだけ返してくれないかしら?」
「ああ?なんの話を……ごぶっ!?」
お母様は相手の返事を待たずに腹へ膝を叩き込み、前屈みになった彼の首の後部にナイフを突き刺し、左右に三回ほど往復させて引き抜きました。
「容赦ねぇなぁ、お袋さん」
夥しい血を流しながら倒れたチンピラを一瞥して、お母様はある部屋を見つめました。
「お母様、急なことで少し驚きました。犯人の一味ですか?」
「そうよ。片目を失ってから鼻が効くようになってね、あの死体の血の臭いを辿っただけよ」
「いやいや、何だその滅茶苦茶な鼻は」
「お母様は昔から規格外です。ベル、行きますよ。大事なのは辺境伯の書状を取り戻すこと。過程は問題ではありません」
「話が早くて助かるわ、シャーリィ」
お母様のする事はいつも規格外かつ非常識なので、下手に考えずありのまま受け入れる癖がついただけです。
ベルがドアを蹴破ると、そこには手紙らしき紙片を手にした男性がこちらを見て目を見開き何かを口にしようとして……。
「邪魔」
「がっ!?」
お母様がしゃべる暇も与えずに素早く投擲したナイフが手を貫き、私も同時に魔力を巡らせて一気に加速して落とした紙片を拾い、ついでにテーブルにあったアイスピックを掴み、下顎に思いっきり突き刺してやりました。ふむ、口の中を貫通して脳まで達しましたか。ついでなので何度かグリグリして手を離しました。
「頼むから少しは自重してくれ。護衛の意味が無ぇぞ」
「今更ですよ、ベル。頼りにしていますから」
家財を巻き込みながら派手に倒れる男性を尻目に、私はお母様とハイタッチを交わすのでした。