探索3日目の朝、小鬼の洞穴9階層。
10階層へ続く階段の近くに設営したテントの中で、ボス部屋突入直前の俺とテオは作戦の最終確認をしていた。
あくまで“ゲームと同じ仕組みであれば”という前提付きだが。
ダンジョンボスが纏う闇の魔力が『魔王の僕』という称号および【魔王の援護】【魔誕の闇】というスキルを生みだしており、いわばダンジョンを支配する元凶だ。
勇者の【光魔術】等の光属性攻撃でボスにダメージを与えることで、闇の魔力は相殺され減っていくはず。
これを完全に消し去りさえすれば、このダンジョンは闇から解放、つまり浄化されることになる。
ただし完全に浄化される前にボスを倒しきってしまうと、残された闇の魔力が空気中へ広がり、捉えづらくなるため、再びボスが現れるまで8時間ほど待たなければならなくなってしまう。
これをふまえ立てた「俺達の作戦の概要」はこうだ。
戦闘が始まればすぐ、ボスのゴブリンリーダーはスキル【魔王の援護】で自動強化され、仲間のゴブリン10体を召喚するだろう。
まずは念のため【鑑定】を使用し、【魔王の援護】スキルでどれぐらい強化されたかを確認する。
それからテオと俺とで手分けし、雑魚ゴブリンを4体まで減らす。
3体以下にしてしまうとボスが再召喚を行い再び10体まで増やされてしまうので、“雑魚4体状態”をキープするのが最も戦いやすくなるはずだ。
続いて俺が【光魔術】でボスへの攻撃を開始。
できる限り距離をとり相手からダメージを受けるのを防ぎつつ、ひたすら光球をぶつけていく。
MP回復アイテムは多めに持ち込んでいるから、MP切れの心配はない。
テオは終始、サポート役に徹する。
例えばゴブリンを倒さないようあしらったり、ボスの攻撃が俺に向かいにくいよう注意を引き付けたりなど、臨機応変に動くつもりだ。
前情報通りなら、これで問題なくダンジョンを浄化できると思う。
ちなみに今回のボスは『土属性』のため『風属性』の攻撃に弱い。
よってテオの【風魔術】【魔術付与】に加え、練習を重ねていた【魔術合成】も切り札として備えてある。
事前に想定した様々なパターンの作戦を軽く確認し終えたところで、テントを撤収し、俺達は意気揚々と10階層へ向かった。
他の階より少し長い数十段もの階段の先に待っていたのは、大きな金属製の扉。
扉の高さは、軽く10mはありそうだ。
黒っぽく武骨で頑丈な造りの金属扉からは、どことなく不穏な空気が漂っている。
「この扉を開けたら、いよいよボス戦か……」
さっきまで威勢がよかった俺も、さすがに扉を目の前にすると少し緊張してきた。
「心配しなくても大丈夫だって! 回復薬とかもしっかり持ってるし、何よりタクトの剣も魔術もだいぶ上達したんだし」
「そうだよな……よし!」
覚悟を決めた俺が先頭に立ち、金属扉に手をかける。
見た目通り重い扉を押して開けると、辺りに大きな音が響きわたった。
――ゴゴゴゴ……
前情報通り、扉の先にあったのは広さ30m四方ほどの石造りの部屋。
部屋の中央に佇むのは、ダンジョンボス・ゴブリンリーダー。
その体は普通ゴブリンより一回り大きく、うっすらと不気味な黒いガスに覆われている。
侵入者の姿を視界にはっきり捉えたところで、奴は“何か”を察したらしい。
醜悪な顔を「ギキッ」と歪め笑った。
「グギャアアアァァーーーーーッ!!!」
耳を突き破るかのごとく轟く雄叫び。
その咆哮に応えるように風が渦巻き、巻き起こった強烈な衝撃波が俺達に襲い掛かる。
と同時にボスを包む黒いガス状の物質は、黒と紫が不吉に混じる禍々しいオーラへと徐々に変容していった。
俺とテオは衝撃波から顔などを守りつつ、飛ばされないよう足を踏ん張る。
「……ギルドの情報には、こんな動き報告されて無かったぞ? タクト、もしかしてこれって――」
「ああ。スキル【魔王の援護LV5★】を発動中だと思う」
顔を強張らせるテオと対照的に、俺は割と落ち着いていた。
特定の条件下で、魔王の援護を受けて強化されるスキル【魔王の援護LV5★】。
そして特定の条件とは「勇者が討伐パーティにいる」ということ。
ゲームでも、勇者がダンジョンボスと戦う際に必ず発動するスキルであり、ボスから放たれる衝撃波も、オーラの変容も、俺達プレイヤーにとっては何度も目にした普段通りの光景。
こうなることは事前に予測済みだった。
ややあって、衝撃波がおさまると。
毒々しい色のオーラを纏い凶悪さを増したダンジョンボス・ゴブリンリーダーが、部屋の中央で余裕の笑みを浮かべていた。
素早く【鑑定】をかける俺とテオだが……。
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名前 ゴブリンリーダー
種族 ゴブリン
称号 ゴブリンの統率者:ゴブリン達を従える者
土の魔物:肉体が土属性の魔力で構成される者
魔王の僕:肉体が完全に闇魔力で覆われている者
状態 【魔王の援護LV5★】発動中
LV 5
■基本能力■
HP/最大HP 1403/103+1300
MP/最大MP 1824/ 24+1800
物理攻撃 36+ 96
物理防御 27+213
魔術攻撃 11+180
魔術防御 18+210
■スキル■
<称号『ゴブリンの統率者』にて解放>
剣術LV3:剣技での攻撃力が27倍になる
同族召喚LV3:自分より低レベルの同種族の者を10体まで召喚できる
<称号『土の魔物』にて解放>
土特性LV1:自身の全ての攻撃が土属性攻撃になる
風属性攻撃で受けるダメージ増加
水属性攻撃で受けるダメージ軽減
<称号『魔王の僕』にて解放>
魔誕の闇LV5★:周辺の魔力を増幅し、攻撃的な魔物を生み出しやすくする
魔王の援護LV5★:特定の条件下で、魔王の援護により強化される
■装備■
錆びた剣(物理攻撃力+8)、破れた毛皮(物理防御力+3)、ぼろぼろのマント
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「……嘘だろ?」
想定を大幅に上回る能力値。
今の自分達が普通に戦っても傷ひとつ負わせるのは不可能な防御力。
明らかに格上過ぎるステータスに、俺達は言葉を失ってしまう。
ゲームにおいてダンジョンボスが受ける【魔王の援護】――基本能力にプラスされる数値――は、その時の魔王の能力値により決まる。
そして魔王の能力値は、その時の勇者のLVによって確定しているはずであり、それを外れることなど無かったはずだ。
だが現実の鑑定結果は、ゲーム上の“約2倍”。
「俺、まだLV11なのに……なんでこんなに強化されてるんだ?」
「タクト、これヤバいって! 早く逃げよう――」
現実を受け入れられず戸惑う俺に、テオが退避を提案する。
だが時は既に遅し。
「ギギギッ!」
ボスのゴブリンリーダーが剣を掲げ【同族召喚LV3】を発動。
俺達は、召喚された10体のゴブリンに回り込まれてしまった。
急に現れた敵に向かい、慌てて剣を構える。
焦りつつ鞭を構え、そしてゴブリンに一括鑑定をかけたテオが驚きの声を上げた。
「こいつらも【魔王の援護】付きなのかッ?!」
「えっ、言ってなかったか?」
「聞いてないッ!!」
「すまん……スキルLVは1だけどな……」
うっすらと紫っぽいオーラに包まれているゴブリン10体全員が、ゲーム同様に、スキル【魔王の援護LV1】――『その時点の魔王の能力値の2%』が『援護対象の魔物の能力数値』に加算されるスキル――持ちだったのだ。
もっとも強化数値の大きさに関しては、こちらもゲームの約2倍だったのだが。
例えば、その内の1体の鑑定結果がこちら。
他の4体の棍棒ゴブリン、3体の槍ゴブリン、2体の弓ゴブリンのステータスも、ほぼ似たような数値である。
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名前 棍棒ゴブリン
種族 ゴブリン
称号 先天の棍棒使い:棍棒を持って生まれし者
土の魔物:肉体が土属性の魔力で構成される者
魔王の僕に呼ばれし者:魔王の僕に召喚された者
状態 【魔王の援護LV1】発動中
■基本能力■
LV 4
HP/最大HP 281/21+260
MP/最大MP 364/ 4+360
物理攻撃 15+23
物理防御 6+45
魔術攻撃 5+36
魔術防御 18+42
■スキル■
<称号『先天の棍棒使い』にて解放>
棍棒術LV1:棍棒技の初歩的な技が使えるようになる
<称号『土の魔物』にて解放>
土特性LV1:自身の全ての攻撃が土属性攻撃になる
風属性攻撃で受けるダメージ増加
水属性攻撃で受けるダメージ軽減
<称号『魔王の僕に呼ばれし者』にて解放>
魔王の援護LV1:特定の条件下で、魔王の援護により強化される
■装備■
素朴な棍棒(物理攻撃力+5)、破れた毛皮(物理防御力+3)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
背中合わせになって武器を構えつつ敵を睨みつける俺達。
円状に取り囲みニヤニヤするゴブリン10体。
離れたところで嬉しそうに眺めるゴブリンリーダー。
しばらく、その膠着状態が続き……。
「ギキャッ!!」
ゴブリンリーダーの剣での合図を皮切りに、俺達目掛けて、一斉にゴブリン達が飛び掛かってきた。
何とか隙間を潜り抜け初撃を避けるものの、その後も攻撃は続く。
俺は盾と剣で攻撃を防いだり避けたりするだけで精一杯。
テオは隙を見て、武器を鞭から、より近接戦闘向きである剣に持ち替えて応戦するものの、こちらも攻撃を防ぐのがやっと。
気が付けば、徐々に離されていく俺とテオ。
まずいとは思ったが、連携がとれたゴブリン達の動きに押され、状況は悪化の一方だった。
――そして、恐れていた事態が起こる。
「ぐはっ」
猛攻を防ぎきれなかった俺が、腹に棍棒でのクリティカル攻撃を食らい、動けなくなってしまう。
その後はガードなどできるはずもなく、ゴブリン5体にタコ殴りにされていった。
前後左右から怒涛のように襲い来る鋭い痛み。
ゴブリン達の下劣な笑いと、テオの必死な叫びとが響き渡る中、俺の意識はぼんやり遠のいていった。
白く穏やかな月が照らすのは。
静かに澄み切った黒の闇夜。
そして……いつか見かけた1人の少女。
――瞬間。
おぼろげだった拓斗の頭が、ふわっと冴える。
彼女は変わらず美しく、だけど変わらず寂しげで。
「いったい、あなたは……誰なんですか?」
そう拓斗がたずねると。
少女はゆっくり、ゆっくり口を開いた。
「…………私は……リィル」
今にも消え去ってしまいそうなほどに、かすかな声。
「リィル……それが、あなたの名前?」
少女はコクリとうなずき、そして、はかなく言い添えた。
「……リィル…………リィル・ヴェーラ……」
その答えを聞くや否や、拓斗は再び意識を手放した。