「いやー、ほら。この建物にも名前って必要でしょ?」
「それは解りますけけど、あたし達みんな何も聞いてないですよ?」
ミューゼに詰め寄られ、妙にしどろもどろになりながら、名前について説明しようとするネフテリア。
その様子を見て、これは何かあると感じ、少々強引に聞き出す必要性を感じた。
「正直に言ってください。あたし達に言えないような理由があったら、ぶっ飛ばすんで」
「ちょっと待って! 遠慮とか手心とか、そーゆーのは王女相手に無いの!?」
「テリア様とフレア様にそんなの必要無いじゃないですか」
「即答!?」
「わたくしも!?」
もう完全に開き直ったミューゼの返答に、王女は後退り、巻き込まれた王妃はガタッと椅子から立ち上がって驚いた。
横ではガルディオが、日頃の行いだな…と、しみじみ頷いている。
「【縫い蔓】っと。さぁ吐いてもらいましょうか。何でこんな名前にしたのかを!」
「何で足縛ったの!? 最初から説明する気だったんですけど!?」
「……何でこんな名前にしたのかを!」
「テリアの反論をなかった事にしたし!?」
あまりの強引なスルーに、本人からではなく横から見ていたクリムからツッコミが入った。
「テリア様、まさかとは思いますけど──」
「お待ちになって」
「ノエラさん?」
ミューゼの尋問に待ったをかけたのは、それまで2人のやりとりを静観していたフラウリージェ店長ノエラ。静かにミューゼの方へと歩を進める。
「もうその謎は解けていますわ。『エルトフェリア』と名付けた理由は、至って単純」
そこで区切って、ミューゼから1歩分だけ下がった所で止まり、足を固定されたネフテリアを見る。
「ネフテリア様のファミリーネームである『エルトナイト』から『エルト』。そしてミューゼさんのファミリーネームである『フェリスクベル』から『フェリ』。その2つを合わせてアレンジしたのが、『エルトフェリア』。そうですわね? ネフテリア様」
「!」
静かに言い渡されたネフテリアが、驚愕の顔になる。その反応を見て、ノエラの口角が上がる。
少し驚いた顔になったミューゼは、パフィやフラウリージェ店員達数人と目を合わせ、ふぅ…と息を吐いた。
「いや、それはみんな分かってるんですけど、勝手に名前使われた私が納得したくなかったので、白状させてボコボコにしようと思ってたんですよ……」
「えっ……」
「やだミューゼ怖い……」
ミューゼの考えを聞いたノエラは、唖然とした顔で周囲を見渡した。ほぼ全員が、頷いている。
みるみるうちにノエラの顔が赤くなり、顔を覆って俯いてしまった。
「……なかった事にしてくださいまし」
「アリエッタ。あのノエラ、描くのよ」
「のえら? 描く?」
「ちょっとパフィさあぁぁん!」
このままではアリエッタに今の姿を残されてしまう。そんな危機感を持ったノエラは、涙目でネフテリアを睨み、白状を催促した。どうせ恥なら早めに終わってほしいらしい。逃げようにも、逃げる先はネフテリアの向こうにあるのだ。
その哀れな視線に応えるように、ネフテリアは口を開いた。
「残念、違います」
『えっ』
全員が驚いた。見て分かりやすい名前が2つも組み込まれていて、誰もがノエラが言った答えで納得していたのだ。
しかし、ネフテリアは違うと言い、答え合わせを続ける。
「『エルトフェリア』を逆から読んでみて」
「あ、り、ふぇ……」
「あ、り、え、ふ、と……」
『ああっ!』
全員が一斉にアリエッタを見た。驚いたアリエッタはパフィの後ろに隠れる。
「なるほどなのよ。そしてアリエッタの母親は『エル』」
「そういう事。このお店の本当の功労者を無視出来なかったの。それに、アリエッタちゃんが言葉を覚えて大きくなったら教えたくてね。どうにか隠しながら、店の名前にしたわ」
ヴィーアンドクリームとフラウリージェが尋常ではないくらい繁盛したのは、アリエッタがデザインした服と、その服を着た店員の手伝いによるものである。しかし、言葉が通じにくく幼いアリエッタを表に出すと、その能力の高さに目をつける悪人がいるかもしれない。
その為、普通に見ただけでは分からないようにしてでも、アリエッタの名前を入れたかったと、ネフテリアは語る。
「そうだったんですね……すみません」
「いいのよ。紛らわしかったでしょ。私の名前で隠せば、そうそう悪い事も起こらないだろうし」
「……凄いのよテリア。そこまで考えてたのよ」
「ふふん。もっと褒めても良いのよ?」
「あはは。でも確かに分からなかったですね」
本当の意味を知って、ネフテリアを賞賛する一同。しかし、約一名わなわなと震える人物がいる。
「もうやだ死にたい……ここから消えたい……」
得意顔でみんなと同じ考えを披露し、ミューゼの思惑をぶち壊しにしたノエラである。さらにその答えが間違いであるという事が発覚し、顔を押さえて蹲ってしまった。頭から湯気も出ている。
「それじゃあいい加減この蔓外してくれる?」
「あ、そうですね。失礼しました」
「いいのよー。何も言わなくてごめんね?」
ケラケラと笑って終わらせるネフテリア。こうして建物の名前は受け入れられ、明日に向けて気持ち良く解散する事になった。ただ1人を除いて。
「店長、立ってください。あーもう、みんな手伝ってー今日の集計しちゃいますよ」
「いやああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
両手足を店員達に持たれ、真っ赤な顔を隠せなくなり、悶えながら雑に運ばれていくノエラを見て、ネフテリアは安堵のため息をついた。
(よかった~、逃げ道作っておいて。やっぱり怒られたよ)
実の所、ミューゼとネフテリアのファミリーネームを合わせたという回答で正解していたのだ。しかし、ミューゼの反応を予想していたネフテリアは、ダミーとしてアリエッタとエルツァーレマイアの隠蔽工作を用意していたのだ。これならミューゼとパフィは確実に了承してくれると確信して。
そんな思惑に気付く者は、誰もいない……いや、1人だけ鋭い視線をネフテリアに向ける人物がいた。
(あの子、上手く誤魔化したわね。わたくしもストレヴェリー家と名前をくっつけたいわぁ)
サンディとパフィに熱い視線を送るフレアである。やはり母娘というべきか、おかしな所で思考が同じなのか、嘘などは通じないようだ。
この後、エインデルブルグに戻ったフレアは、ストレヴェリーと名を連ねる為、パフィを自然に巻き込めるような計画を、真剣に練る事にしたのだった。
「できた!」
「ん? 本当に描いちゃったのよ……」
翌日、アリエッタがパフィに見せたのは、恥ずかしがるノエラの絵だった。確かに描いてと言ったのはパフィである。
(こんなんで良かったのかな? まぁ学生とかが友達のおもしろ写真撮るようなもんだし)
この程度ならじゃれ合いと見て、その姿を目に焼き付けてから遠慮なく描いたようだ。
「これは閉店後に公開処刑に使うのよ。そっちは……なんでそれなのよ……」
もう1枚目についたのは、マンドレイクちゃんの着ぐるみを着たアリエッタの絵。それだけでなく、同じ格好をしたミューゼとパフィもいる。
「あう……」(2人と一緒の服とかいいなーって思ってたら、つい……)
お揃いの服に憧れるのは良いとして、そこで何故、よりによって着ぐるみなのか。
恥ずかしそうにするアリエッタには逆らえないパフィは、自分も着るのか着ないのか、真剣に悩み始める。離れた場所で本を読んでいるミューゼを呼んで絵を見せると、同じく困った顔で固まってしまった。
「今度コレ着るの?」
「みたいなのよ」
「どうしよう……」
「どうしようって、どうしたらいいのよ……」
2人には、アリエッタが『お揃いがいいなー♪』って考えているようにしか思えない。言葉は無くともしっかり通じているようだ。
「ま、まぁ、女の子らしくていいよね」
「うん、可愛いのよ~」
(流石に人参の着ぐるみは女の子っぽくなかったかな? まぁ最近可愛い服ばっかだったし、こうやって少し男らしくしないと)
男らしさとはなんなのか。地味に価値観が変わっている事に、本人は気づいていない。
それに、可愛いのに慣れたのか、別案も用意していたりする。
「あ、こっちの絵の服は可愛いのよ」
「ホントだー! これ3人で着るのもいいねー」
それはアイドルのようなウエイトレス衣装。店での接客を体験したアリエッタが、ならばウエイトレスの服が必要だと考え、ミューゼやクリムを筆頭に、女性陣全員に似合う制服を描いてみたのだ。
パリッとした給仕服をベースに、側面の色を変え、服の縁を目立つようにラインにし、所々に刺繍を入れている。短いチェック柄のプリーツスカートにパニエを入れ、服の色に合わせたニーハイソックス、そしてミニコック帽が付いている。
(それアイドルのオマージュだけど、まぁ分からないよね。喜んでるみたいでよかったー)
「こんなのがあるなら、今から店に行きましょ」
「なのよ。ほらアリエッタも行くのよー」
「いく? どこ?」
「フラウリージェに行くのよ」
「ふらうりーじぇ! いくの!」(のえらに提出するのか! 緊張するね!)
まだ単語を使った途切れ途切れの会話だが、それなりに成立するようになった意思疎通。順調に教育は進んでいるようだ。
(この調子で女の子らしい言葉遣いを教えてあげないとね。せっかくアリエッタ可愛いんだし)
(もっと可愛い喋り方になるように、しっかり教えてあげるのよ)
(よーし、これからはクールに喋れるように言葉を教えてもらえば、ミューゼの彼氏に相応しくなれるハズ!)
保護者の思惑のせいで、絶対に叶う事が無いであろうアリエッタの考えは、同じ言語を使うエルツァーレマイアにしか理解されない。つまり、現実で教育が進めば進む程、男からは離れていくのである。
その事に本人が気付くのは、いつになるのか…それともそんな日は果たして来るのか。なんにしても、気付いた時には手遅れという事だけは間違いない。
「とりあえず、サンディさんの喋り方をベースにするって事で」
「アリエッタが言うと可愛いから問題無いのよ」
こうして英才教育の方向性を固めたところで、手を繋いで仲良くフラウリージェへと向かうのだった。新しい服の図面を渡し、作ってもらう為に。ついでにノエラをいじる為に。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!