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「いや、運営会社の社長は非常に喜んでいらっしゃった。よかったよ。改めておめでとう。おめでとうございます、美冬さん」
片倉の隣で浅緋も嬉しそうな顔をしていた。
「槙野さんには本当にお世話になったもの。お幸せそうで嬉しいわ」
浅緋は両手の指を絡めて、顔の前できゅうっと握っている。先程の告白にいたく感動したようだった。
「うん。幸せだよ」
槙野はそんな浅緋と、浅緋を微笑ましげに見つめている片倉にも、幸せだと胸を張って言えることをとても嬉しく思った。
「ちょっと、美冬に話があるから外す」
槙野は美冬の手を繋いで、二人の前を離れてガーデンの方に移動する。
ガーデンはレストラン階に緑が配置されていて、ビルの中のオアシスだ。
夜はグリーンにライトアップされているのが美しくて良い雰囲気だった。
「予定外のことが起きてしまった」
「すごく恥ずかしかったわ」
「悪かったな」
「でも嬉しかったの」
きゅっと槙野の手を握り返す美冬だ。
「本当よ」
「契約だからか?」
改めて、槙野は確認する。
もうすれ違うのは御免だ。
美冬は首を横に振った。
「最初はそうだったの。でも祐輔はとてもいい人だもの。面倒見が良くて、優しくて強くて仕事もできて、見直すことだらけだった。最初は会社のための契約のつもりだったけど、一緒にいる時間が長くなるほどそんなものには収まらなくなったわ」
「俺もだよ。最初は契約だって思ってた。けれど美冬はいつも一生懸命だし、意外なことばかりして可愛くて目が離せない。契約書は有効だけれど、契約前提の結婚だとは思わないでほしい。俺は美冬を大事にしたくて……愛してる」
契約ありきの結婚の予定だった。
けれど今は違う。
二人の想いがあって結婚を決めて、その中の一部としてあの契約書がある。
あれは単なる二人の間の約束事に過ぎないということなのだ。
「早めにあの婚姻届、出しに行くか」
「そうね。そうしましょう」
そうして、会場の中に戻ろうとした槙野を美冬の手が引っ張る。
「何だ? キスか?」
「違うわよ。祐輔の方の事情は何だったのかなって……」
「あー……」
ガーデンからは室内のパーティの様子が見える。綾奈が国東に腕を絡めているのも見えた。
「アレだな」
「綾奈さん?」
「あやうく結婚させられるところだったわけだな」
「あら。可愛くてセンスのある方だけれど」
「俺の好みではないんだ。申し訳ないが」
「そうよ! 私だって好みじゃないとか言われたのよね。どういう人が好みなのよ?」
槙野はため息をつく。
キスさせてくれないだろうか。
美冬はとっても頑固な顔をして槙野を見上げていた。
答えなくてはキスなんてさせてくれそうにない。
「それはあの時の話だろうが。今の俺の好みは美冬だよ。そんなの変わるもんだろう。自分の好きな人が好みなんだ。そういうもんじゃないのか?」
そんな風に槙野に説明されて、美冬は妙に納得してしまった。
「それを言うなら確かに私も出会った時の祐輔は好みに当てはまらなかったかも」
むしろ、怖くて苦手だったのだ。
槙野はそうだろう? という顔をする。
「でも、今はとても好みだと思うし大好きだわ。本当、不思議ね」
「そういうもんだ」
槙野は美冬の顔に自分の顔を近づけたら美冬が口を開いた。
「あとひとつっ!」
「まだあるのかよ!」
「甘えるなってどういうこと?」
「お前……」
槙野は顔を横に向ける。
「起きてたのか」
美冬も思わず俯いてしまった。
「あ……の、すごく寝かかっていたのよ? 違うの。本当はあの日、ちゃんとしようって思ってた」
「ちゃんとしよう?」
「えっと……そういうこと。あの、ソレ。ベッドでするやつ」
「セックスか?」
真っ赤になった美冬が槙野の肩をポンっ! と叩く。
「あからさまに言わないでよっ!」
「あからさまもくそも、その通りだろうが」
槙野は腕を組んで、美冬に向かって首を傾げた。
恥ずかしがって俯いている美冬の風情は本当に可愛いのだ。
「なるほどな。したことない美冬ちゃんにはその言葉さえハードルか。真っ赤になって可愛いな。で? 本当はしてくれようと思ったんだ?」
「なのに、あんなこと言うから……」
今度こそ本当に堪えることなんてできなくて、槙野は思いきり美冬を抱きしめた。
その抱かれ方はあの契約婚をすると言った時のことを美冬に思い起こさせる。
それでも、美冬はあの時と今は全く気持ちが違うということを強く感じた。
「すげえ好き。だから甘えられたら、きっと強引にでも奪ってしまいそうだと思ったんだ。好き過ぎて、美冬の意思に反することはしたくないって思ったんだよ。甘える美冬ってむちゃくちゃ可愛いからな」
大きな身体で強く抱きしめられるだけでも安心するのに、大好きとか可愛いとかたくさん言われ過ぎて、もはや美冬はどうすればいいのか分からない。
「甘えちゃ、ダメ?」
「ダメなわけない。俺だけに甘えろ」
「そんなの、祐輔だけに決まってるでしょ」
「お前、俺を殺す気かよ」
耳元で低く囁かれて、それだけで美冬はきゅんとして力が抜けそうで、ぎゅうっと槙野に掴まる。
「家まで我慢できない」