テラーノベル
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篠原愛紀
#独占欲
「……俺、実は中学まですげえ太ってて、『ブタ谷』って呼ばれていじめられてたんすよ」
「……え?」
「痩せたら急に周りが『王子』とか言い始めて。でも中身は、あの頃のままなんすよ。みんな俺の『ガワ』だけ見て寄ってくるけど、本気で中身を見てくれる奴なんていないと思ってた。……でも、主任だけは違った」
王子谷は自嘲気味に笑い、ジョッキのラベルを指でなぞった。
「だから、正直……春川先輩のことが、死ぬほど羨ましかったっす。先輩は自分を『モブ』って言うけど、白石さんは先輩の『中身』を愛して、全肯定してる。……あの真っ直ぐな愛が眩しくて、悔しくて……ずっと、羨ましかった」
僕は、返す言葉が見つからなかった。悩みなんてなさそうな完璧な王子だと思っていたから。
「……で、お前はどうなんだよ。新婚(仮)生活は」
しんみりした空気を変えるように、佐藤がニヤニヤしながら話を振った。
「えっ? ああ、うん……。まあ、ボチボチだよ。ただ、ちょっと確認なんだけど……」
僕はどこまでも真剣な面持ちで、箸を置いた。
「夫婦の間では、毎日……その、『大事なところ』を触られるのって、やっぱり『普通』のことなのか?」
「ぶふっっっ!!!」
佐藤がハイボールを吹き出した。隣の王子谷も、ビールが変なところに入って激しくむせ込んでいる。
「おま、……っげほっ! 何て言った!? 毎日どこを、どうされるんだって!?」
「だから、キッチンで目玉焼き焼いてる時に、背後からノータイムで触られるとか……。これ、佐藤のところも、やっぱり毎日そんな感じなのか?」
佐藤は溢れたビールを拭くのも忘れ、遠い目をして天を仰いだ。
「……春川、いいか。世の中にはな、触ってほしくても『やめてよ汚い』で片付けられる悲しい生き物だっているんだ。……くーっ、羨ましすぎて涙が出てくるぜチクショー!」
(……佐藤、目がガチで怖すぎる……)
佐藤は空になったジョッキをガンッ!と机に叩きつけると、血走った目で王子谷を見た。
「聞いたか王子谷! この鈍感野郎、毎日『朝の応援(セクハラ)』受けてるんだとよ!」
王子谷は、もはや信じられないものを見る……いや、「全人類の敵」を凝視する目で僕を見つめていた。
「……先輩。さっきの俺の『羨ましい』って言葉……これっぽっちも理解してなかったんすね(怒)」
(王子谷からハイライトが消えた!? 僕を網の上で焼こうとする殺意を感じる……!)
佐藤はどこかヤケクソ気味に店員を呼んだ。
「生3つ! あと特上ネギ塩牛タン追加!」
「おい、王子谷! 今日はこいつ(春川)の奢りだ。この『幸福の化身』から、一円残らず搾り取ってやるぞ! もっと食え! 飲め!王子谷!」
「えっ? ええっ!?」
「うるさい!若くてかわいい奥さんに毎日おさわりされてるなんて……そんなの、『重税』を課すしかねえだろ!」
「……そうっすね。 店員さーん! 特選カルビ5人前追加で!」
(……王子谷まで!? さっきの『ブタ谷』の悲しい過去はどこにいったんだよ! 完全に僕の財布の中身を潰しに来てるだろ!)
二人の理不尽な声(と僕の悲痛な悲鳴)が、夜の焼き肉屋に響き渡った。
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