テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
𝕞𝕙𝕞
335
39,614
さき
733
俺の隣の家は大豪邸である。
壮大な屋敷にだだっ広い駐車場。屋外プールに体育館、広い庭には普通の家が4.5軒は立ちそうである。
そしてそこから出てくるお姫様。
御伽話のようなその屋敷から出てくるお姫様は嘘みたいにその雰囲気に溶け込む。
👑「おはよぉ!すちくんっ」
お姫様は危機感がない。
ほら、今だって、ボタンひとつのかけ間違いがとんだ間違いを犯そうとしている。
ねえ、それを俺が指摘しなかったら、君は今頃どうなってるかわかる?まあ、わかってたらこんなことしないだろうけれど。そんな自問自答の繰り返しの日々。
🍵「みこちゃん、ボタンかけちがってる」
👑「っわ、ほんまやっ」
慌ててかけ違いを直そうとするお姫様。
小さな指先が慌ただしく動いて、困り眉はより八の字に近くなる。ねえ、今俺がここで壁にならなかったら、君は今頃どうなると思ってるの?あ、これ、デジャブか。
👑「ぉしえてくれたありがとぉ!すちくんっ」
ふんわりと天使のような笑顔を浮かべる。けれどその蜂蜜色の瞳の奥には、どろりとしたくどいくらいの甘さがあって、狂おしいほどに愛おしい。
不躾な質問はたびたび俺を襲う。
「なあ、すちって白雪さんとつきあってんの?」
🍵「付き合ってないよ」
ノータイムでのレスポンス。
実際そうなのだからまあ至極真っ当なことだが。
「照れんなって、まじで聞いてんの!」
🍵「いやいや、本当に付き合ってないってば」
今日のやつはなかなかしつこい。
それもそのはず。この前友人が「あいつみことのこと好きらしいよ。」と俺にニマニマしながら伝えてきたやつなのだから。
お姫様を好きになってしまう奴が多くいるのは非常によくわかる。けれど、そいつらを見ると心底可哀想で残念な奴だと思う。
なんでかって?そんなの、報われないからに決まってるだろう。
どこをどう切り取っても華のある別嬪さんなお姫様。実家がお金持ちのお嬢様な彼女は、少々夢見がちなため彼氏ができたことはない。まあ、俺の知る限りでは。
けれど、もし俺に秘密にしている彼氏がいるのなら、それは俺の知りうる範囲外のことであって、俺が知ってはならない。
お姫様の秘密を知ってもいいのは王子様だけだから。俺のような騎士は知ってはならないのだ。
そろそろ見当がついてるかもしれないが、俺の幼馴染はひどく残酷なお姫様なのだ。
そして俺はそのお姫様から逃げたくても逃げられない、ただのマリオネットの一端だ。
小さい頃からそうだった。
うちの一家は代々白雪家の護衛の一家で、5つくらいのときからテーブルマナーに護衛術など、さまざまなことを覚えさせられてきた。普通の子供のような娯楽はほとんどなかった。不思議とそれは嫌じゃなかった。今でも忘れられない。自分が3つの時の誕生日。
広い庭園で花に囲まれるお姫様と目が合ったあの時。俺はもう彼女の虜だった。
真っ白な透き通るほどの肌。
こぼれ落ちそうな黄金色の瞳。
ふんわりと笑う笑顔。
おぼつかない足取りでこちらに駆け寄ってくるお姫様。
👑「あなたが、みこのないとさま、?」
その瞬間から、俺の運命は決まっていた。
ふたりだけの帰り道。
いつもならお車が迎えにくるが、お姫様の要望で週に一度は歩きで帰る。
🍵「……みこちゃん、なんだか顔赤くない?」
👑「っうえっ、わ、…わかる?」
🍵「うん」
頬を赤く染めるお姫様。
伏し目がちな瞳がとろんとしている。
ああ、なんだか嫌な予感。
こういう時、幼い頃に身につけた危機管理能力が心底嫌になる。
👑「こくはくされちゃった…」
🍵「…」
やっぱり。しかも、この反応はどうやらそこら辺の男ではないらしい。
👑「あのねっ一個上の先輩でね」
「同じ国際コースの人で、軽音部のボーカルさんで、歌が上手で、」
🍵「ああ、西園寺先輩」
目星はついていた。綺麗な顔のハーフの方だ。余裕もあって長身で、どうやら実家も経営者で太いと噂の。お姫様がいう王子様にぴったりな。
👑「そぅっ!えへへ、みこ彼氏できちゃうかも、っママにもいわなきゃっ」
🍵「素敵な人だね。みこちゃんにぴったりだ。きっとお母様も喜んでくれると思う。」
何度も練習した言葉はなんとも上手に喉を通り抜けた。
🍵「ご報告にあがりました。お父様。」
父「ああ、すちか。もっとフランクでいいものを。君たちは本当に真面目だなあ笑」
お姫様のお父様は非常にフランクな人だ。
俺の父を長年の親友と評するくらいに。
🍵「いえ、そういうわけにも行きませんので。」
「お嬢様が告白されたとのことです。もう時期お母様にもご報告するとおっしゃってらっしゃいました。」
「西園寺様です。この前のパーティーにもご参加してらっしゃったそうですのでご交流はあったかと。」
「校内での評判もよく、ぴったりな方だと存じております。お嬢様も喜んでおられました。」
父「おお、すちが言うならなかなかだなあ。」
「……ところで君はどうなんだ?君くらいスマートな男なら浮いた話のひとつやふたつ、あるだろう?笑」
🍵「…ございませんよ。業務に支障が出ますから。」
父「ほお……、お前もあいつに似てつまらんところがあるなあ笑」
「まあ、みことのこともありがたいが、自分の人生も楽しむように。」
🍵「ありがとうございます。失礼致します。」
愛だとか恋だとか。俺はよくわからないのかもしれない。けれど彼女の笑顔で心臓が鼓動するのは。彼女にぴったりの彼の登場でこんなにも胸が痛むのは。この感情に名前をつけるなら愛だとか恋なんだろうから、心底気持ち悪い。
一、主命は万事に優先すべし。
二、主の安寧をもって、己の安寧となすべし。
三、主の御身は、己が身命に代えても守護すべし。
四、主の御心を尊び、己が私情をもってこれを乱すべからず。
五、忠義に見返りを求むべからず。
六、主の幸福を妨げるもの、何人たりとも看過すべからず。
七、仕える者の本分を忘るべからず。
何度も何度も読み込んだ古い書物。
こんなにも苦しかった日はかつてあっただろうか。
🍵「おはよう、みこちゃん」
時というのは残酷なもので。なんの配慮もなくやってくる。
👑「おはようっ!すちくんっ」
🍵「…ハーフアップ似合ってるね」
👑「えへへっ!ありがとぉ〜っ」
「柳瀬さんにやってもらったのっ」
🍵「よかったね、西園寺先輩に見せちゃう?」
👑「っか、からかっとるやろっすちくんっ」
顔を真っ赤にしてぷんぷんという擬音がぴったりな君の表情。
こんな冗談でも言わないと、どこか壊れてしまいそうで。騎士失格だな。なんて。
👑「すちくん、なんか今日、元気ないねぇ」
🍵「そう?昨日ちょっと宿題多くて夜更かししちゃったからかな笑」
👑「すちくんがそんなことになるなんて珍しいっ」
🍵「みこちゃんは俺をなんだと思ってるの笑」
👑「ぁ、せんぱいだ、っ」
🍵「!」
『あ、みことちゃん…と、護衛の…』
🍵「日馬です。」
『日馬くんか、よろしくね。』
『あれ、みことちゃん。今日はハーフアップなんだ、かわいいね』
👑「!、ぇへへ、…やったぁっ先輩もかっこいいですっ、」
たまらないくらい蕩けちゃいそうな笑顔。
俺には見せたことのないようなその表情が、鉛のように重く俺にのしかかる。
何週間か経った頃。お姫様との話題は彼のことばかりで。夢見がちなので彼女らしくて可愛らしかった。
DMの返信。デートでの服装。
明日の髪型も。好みのタイプも。
全部全部答えられた。自分でも驚くくらい完璧に。
お姫様と王子様は当然のように惹かれ合った。けれど、そんなある日の出来事。
きっかけは小さなことだった。
お姫様との約束に王子様は遅刻したらしい。
些細な出来事。最初はお姫様も大して気にしていなかった。けれど、長く付き合うほどに嫌なところは見えてくるもので。
案外と女の人にだらしないところ。
時間にルーズなところ。
店員さんへの接し方が少し無愛想なところ。
お姫様の話よりも自分の話を優先するところ。
お姫様がそんな愚痴をこぼすたびに、言ってしまいたい言葉を飲み込んだ。君の騎士として。
👑「っぐす、っ…ひぐ、ッ」
それは突然だった。
お姫様が泣きながら俺の教室にやってきた。
時間帯から見ておそらく授業を抜け出してきたのだろう。
🍵「ど、どうしたのっ?!みこちゃん」
突然のことに自分でも驚くくらい冷や汗をかく。昔からそうだ。お姫様が泣くと心臓が鷲掴みにされるように苦しくなる。大きな瞳からボロボロと溢れる涙も。真っ赤になる鼻先も。八の字を超えるほどの眉も。
お姫様に涙は似合わないから。
🍵「中庭のベンチに行こう?」
「あとで先生にはお話つけておくから。」
ベンチまでふたりで歩いて行く。
ぐずぐずと泣き続ける彼女にあらゆることは尽くしたくて、もってきていた彼女の大好きなチョコレートにクッキーなどの甘いお菓子、自販機であたたかいホットココアを購入。ありがとうと受け取ってくれたけれど、まだ上の空な様子の彼女。彼女が泣いているのをみたのが初めてなわけじゃない。門限を守らずにお外で遊んでお父様に怒られているところも。お母様が大事にしている花瓶を割ってしまってどうしようと泣いているところも。何度も何度も見てきた。それでも、こんなに辛そうにして、何も言わない君は初めてで。しばらく背中を撫でて、落ち着くように促す。
🍵「大丈夫、大丈夫だよ」
「何があったのか、落ち着いたら話してほしいな」
こくんと頷いて下を見つめる彼女。
小さな口はドーナツにかぶりつく。
口が開かれたのは数十分後。
ぽつりぽつりと彼女がこぼす言葉を一言も逃すまいと集中して聞き続ける。
👑「……それでぇ、ね、…」
「せんぱぃね、、ぉんなのひと、と、…きす、してた、…」
「みこ、ぁそびだった、って…っ」
「ぱぱとの商談がうまくいくよーに、っなかよくしてた、だけっ、って…ぐす、っ、」
心底吐き気がした。この世界で1番かわいいお姫様を、そんな理由でよくも泣かしてくれたなと。
俺のせいだ。俺がもっとあいつのことを調べてたら。こんなことにならなかった。
お姫様が嫌な思いをする前にもっと予防できたはずだ。なぜしなかった?なぜ失敗した?
怖かったから。あいつを知れば、あいつがもっとお姫様に見合う男だと思ってしまうかもしれないと思ったから。実際、家柄や校内での噂を少々調べてやめた。これ以上調べてもいい情報しかでないと判断したからだ。それから、お姫様に見合う男が出てきてしまったら、俺はもうお姫様にとって必要じゃなくなってしまうと思ったから。全部全部俺が愚かなまでに君を愛してしまったから。
護衛としての役割を忘れるな。
護衛以上の職務をするな。
驕るな。望むな。ひたすらに仕えろ。
🍵「ごめんね、俺がもっとちゃんとしてれば、みこちゃんはこんな思いせずに済んだのに。」
「騎士失格だ。」
👑「っち、ちがうっ、すちくんはわるくないっ」
「みこ、っ…ぐす、っ、みこ、ね、」
「せんぱいが、おんなのひとと、きすしてるのが、かなしかったんじゃないの、」
🍵「…え?」
👑「せんぱいがね、…、」
「みこのこと、ほんとにほんとに、いちばんにあいしてるひとなんて、いないって、」
「さいごに、いわれて、」
「みこ、いちばんじゃないの、?ぐす、っ」
「だれのいちばんでもないの、?みこ、」
🍵「1番だよ。」
柄にもないくらい彼女の手首を強く掴んでしまった。華奢な君の手首に傷がついていないかすぐに確認する。幸い、跡はなかった。
🍵「ごめん、痛かったね」
👑「ぅ、ううんっ、だいじょぶ、」
「いちばん、?みこ、すちくんのいちばんなの、?」
🍵「…うん、1番。」
👑「ほんと、?」
🍵「本当。」
👑「っ、ぇへへぇっ、」
満足そうに笑顔を浮かべるお姫様。
👑「ずうっと、すちくんの1番はみこ、?」
🍵「当たり前だよ。」
涙できらきらとする蜂蜜色の甘い瞳。
小さく通った綺麗な鼻。
白くて小さな顔に困り眉。
ベビーピンクの唇。
🍵「君の肌に傷ひとつつくくらいなら、俺の心臓を捧げてもいい。」
「君が俺の唯一のお姫様だから。」
そう、どこまでいっても残酷なお姫様の君が。
ベビーピンクの唇は、くどいくらい甘いチョコレート味なんだろうけれど。
騎士の俺が知れるのは、綺麗な指先についたほろ苦いピスタチオの欠片だけだから。
コメント
1件
読み終わりました…。 タイトルの「甘いチョコレートとほろ苦いピスタチオ」、まさにこの関係性そのものだと思いました。蜂蜜色の瞳の奥にあるどろりとした甘さと、騎士としての立場に苦しむすちくんの胸の内がひしひしと伝わってきて、重くて甘くて、切なくて。 最後の「君が俺の唯一のお姫様」って言葉、本当はずっとずっと彼女だけを見てきたんだろうなって思うと、胸がぎゅっとなりました。続きが気になります。素敵な作品をありがとうございます🌙