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「いつまで眺めているつもりですか?」
リグレザの声は、俺を慮りつつも何もしないし喋りもしない現状に、飽きてきたというニュアンスも含んでいた。
けれど、なにか聞き心地の良い響きがある。
「あぁ。……そうだな。そういえば、魔王になるんだっけか」
空の美しい様子はすでに、いつものような青一色へと変わりきっていた。
それでも動く気になれず、いつまでも空と雲の流れを眺めていた。
仇を討ったのだなぁと、感傷に浸っていたのかもしれない。
「そうですよ。力の使い方も基本は理解したようですし、魔王城にでも行ってみましょう」
みましょう。ということは、後のことはノープランか、それに近い状態なんだろう。
それでも、何の手掛かりもなく闇雲に魔王を目指すよりは、道案内が居てくれるのはありがたい。そう、しみじみと思った。
そして、その方角を聞こうとした時に、その声は遥か上空から降って湧いた。
落ちてきたと言ってもいい。
「旦那さま~! わたしの旦那さま~ッ! やっと! お会い出来ました~!」
それは明らかに、俺か、リグレザを指しているのが分かる指向性のある大声だった。
「だーんーなーさーま~!」
少しずつ、いや、急速に近づくそれは、どうも俺を指しているのを身震いで察する。
「この声、ラースウェイトに向けていますよ――」
「だんなさまっ! ようやくお会いできましたね! 最後に見た時そのままのお姿だから、スグに分かりました!」
高くて可愛い声の主は間違いなく霊体で……上から落ちるように降りてきたその子は、俺の頭上少しのところで見事に止まった。
ほっそりとした手足に、丸みを帯び始めた腰つき。まだ幼さの残る顔立ちの割に、しっかりと育った胸。バランスの良いその体に、亜麻色の長い髪がゆらめく姿は、少女ながらもうっかり見惚れそうになる。
そして、満面に浮かべた微笑みは本当に嬉しそうで、大きなブラウンの瞳は愛おしそうに俺を見ていた。
「……ごめん。誰?」
「――あら、まぁ」
俺の問いとリグレザの反応に、彼女は一瞬顔を曇らせたもののすぐに微笑みに戻した。そして、目線を合わせるためにすぐ隣まで降りて、両手を広げた。
かと思うと、俺の首にすがるように腕を回し、がっちりとホールドする。
「な、なぜそんなに強く締めるんだ」
細腕のわりに強い力で首をロックされていて、上下左右と後ろには、動けそうもない。
しかし目の前には、この子の顔がある。つまりは振りほどけないのだ。
「お忘れですか? ほら、ちょうどこの森です。野盗に捕らえられていたわたしを、身を挺して助けてくれましたよね。その時に約束しました。結婚してくれるって」
結局は助けられなかったし、何なら一緒に殺された仲ではあるが、結婚の話はどこから来たのだろうか。
「ラースウェイト……。あなたって人は、私と女神様だけに飽き足らず、こんな女の子まで……。ロリコンの趣味もお持ちでしたか。ストライクゾーンの広いことで……」
「い、いや、結婚て何だよ! 誤解だ! それに俺はロリコンじゃねぇ!」
今まさに真正面で顔を突き合わせて、可愛い女の子だとは思う。
だが、だからといって年端のいかない子に手を出すような俺ではない。
ないというのに、状況は俺に味方しない。
「言い訳は、天界の方で聞きましょうか。あ、その前にお仕置きが必要でしょうかねぇ?」
「まてまてまてまて!」
リグレザよ、ソウルペインでも使う気じゃないだろうな!
「ちょっとぉ! タマゴさん! わたしの旦那さまに何するつもりですか! 旦那さま、わたしはあの時の、あなたが身を挺して守ってくださったスティアです。死に際に、『もし生まれ変わったら、こんなわたしとでも一緒になってくれますか』って。そしたら『俺で良ければ』って。そう誓いあって死んだじゃないですか!」
「あ~……。言った気がする……」
リグレザのタマゴ姿から、無いはずの冷たく刺すような視線が痛い。
「やっぱり覚えててくれたんだぁ! 嬉しい……。あの、ふつつかものですが……末永くよろしくおねがいしますね」
――健気な感じが、可愛いじゃねぇか。
って、違う違う!
「いやあれは、死に際のあれだよ! 嘘ってわけじゃねぇが……まぁ、その、まさかこうなるとは……イチミリも思ってなくてだなぁ」
もはや殺されると分かった状態で、そう言われたら誰でも分かったと答えるだろう?
独り身だったのだから、何も問題はなかったんだ。
「え……うそ……だった、んですか……? わたし……転生出来るって聞いた時、真っ先に旦那さまの元に行きたいですって、そう願ったのに……」
そう言われると、心に刺さるものがある……。
俺は死んだ後にはすっかり忘れていたし、あの神殿では、振られたがリグレザと、女神セラに心を奪われてしまったから。
「あーあ。女の子泣かせましたねぇ」
これは……俺が悪い……のか。
だが、こういうことは白黒はっきりさせなければならん。
「……俺には、もう女神セラひとすじなんだ。彼女を振り向かせると決めている。すまん。お前の気持ちには応えられない」
「うわぁ。振っちゃった」
「えぇ~! 一番目がセラ様なんですかぁ? うぅ……」
「本当にすまない。まさか、こんな霊体になっちまうとか、お前も同じようになって追いかけてくるとか、想像できなかったとはいえ……。だが、俺はもう、心に決めてしまったんだ。スティア、お前と結婚することは出来ない」
いったい、誰ならこんな状況になることを想像できるだろうか……。
「まさか、こんなところで修羅場になるとは思いませんでした。最低ですね、ラースウェイト」
俺も思わなかったよちくしょう。
「もう……。しょうがないですね。分かりました」
「え、そ、そうか、分かってくれるか。なら、この手も離してくれな――」
「――旦那さまの、そういうハッキリしたところもステキです。決めました。わたしは二番目でいいですから、やっぱり一緒になってください!」
「え?」と、リグレザ。
俺もほとんど同時に、「なんだと?」と声を出すので精一杯だった。状況にますますついていけない。
「そちらのタマゴさんはタマゴだから、違うんですよね? だから二番目でいいです! セラ様には、こうして旦那さまのお側に居られるようにしてくださったという、ご恩がありますから。だから二番で納得します」
「はぃぃ?」
リグレザの声が裏返っている。
「いや、ちょっと待て。そもお前は、まだ子供だろう」
「大丈夫です。綺麗になったこの身ですから、初めてを旦那さまに捧げますからね」
「何言ってるんですかアナタは!」
「話聞いてくれよ……」
リグレザはなんか怒りだしてきたし、スティアは会話が成立してねぇ。
「霊体に、子供も大人もかんけーありませんよ。それに、旦那さまになら喜んで全てを捧げますから。何なら発育はいい方ですし?」
「……女神セラ様の所に帰りなさい」
これは、女神セラが寄越したのか?
何にしても、話を聞かねぇよこいつ……。
「いいから離れてくれ。それからお前も服を着ろ。イメージでどうにでもなる」
スティアが素っ裸なのも、言うタイミングを逸して言えずにいたのをようやく言えた。
「もぅ。照れ屋さんなんですからぁ」
が、ズレた反応しか返ってこねぇ。
「……私、天界に帰りたいです」
タマゴよ、ひとり逃げるのはゆるさんぞ。
「しかし、俺は一体、何を試されている……?」
「これでどうですか? 胸元と背中の開いた赤いドレスで~す。可愛いですか? あ、旦那さまの好みの服とかあります?」
俺から離れたかと思えば、そのドレス姿を見せるためにくるくると回ってみせている。
「それでいいから、そのまま少し離れていろ。いいな」
「はーい。それで、こちらのタマゴさんはどちら様ですか?」
なんか、一気に疲れが出てきたぞ……。
「えーっとだな、こいつは大天使だったリグレザだ。訳あって今はこの姿だ」
「……今でも大天使です。スティアちゃん。天界に帰れるんでしょう? 帰りなさい」
「大天使リグレザさま。旦那さまのお側に居たいので、帰らないですし帰れませんので、どうぞよろしくお願いしますね」
スティアのやつ、声のトーンがすでにケンカ腰なんだが。
なぜいきなりそうなる?
「仲良くしろよ、二人とも」
「はぁ? 別に普通ですけど。ロリコンのラースウェイト様」
「ロリコンじゃねぇって」
タマゴは何で俺に当たるんだよ。
「旦那さまの言いつけなら、そうしますね」
「いや……ていうかスティア……本当について来る気か? あまり良い旅になるとは思えんから、子供は来るなと言いたいんだが」
人間の敵になるための旅だからなぁ。
「女神セラさまから、魔王になるために遣わされたと聞いてますよ。お手伝いに来たんです」
「うそぉ!」
「まじかよ……」
「ハイ! うそじゃないですよ? なんだか、霊格がどうのこうので、旦那さまが不自由するだろうからって。お側に居たいとダダをこねたら、ほんとにお手伝いのために私も遣わされたんです。エッヘン!」
意味がわからんぞ……。
「ダダこねて来たんじゃないですか……」
「そ、そうだ。そういうのはあれだ。良くないぞ」
「でも、もう来ちゃったので~」
駄目だ。
何を言っても聞かないやつだこいつは……。