テラーノベル
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さて、今晩は夏祭りである。千歳は星野さんから借りた浴衣を着る、とずっと言っている。
「そう言えば、千歳は一人で浴衣着られるの?」
『何言ってんだお前、ワシ生まれたの江戸時代だぞ』
千歳(朝霧の忌み子のすがた)は胸を張った。そういえばそうか、浴衣どころか着物まで一人で着られて当たり前か。
そんな訳で千歳は浴室の更衣室にこもり、しばらくゴソゴソしていたが、やがて姿を見せた。
『どうだ?』
千歳はその場でくるっと回り、俺は目を奪われた。長い髪の毛をお団子にアップした千歳。うなじのおくれ毛から下に目をやると、薄い水色の布地に色とりどりの朝顔が染め抜いてある。きゅっと締めた黄緑色の帯も、全体の色合いを引き締めている。
「……めちゃくちゃ似合う、すごくかわいい……」
俺は吐息まじりに言った。俺、今、好きな人の浴衣姿見てるのか、うわあ、こんな眼福が人生にあるなんて思わなかったな……。
『まあ、結構着こなせてるだろ?』
千歳は照れたように笑った。
「浴衣の着こなしとかよくわかんないけど、すごくいい感じだよ」
『へへへ、じゃあ行こう』
千歳は下駄でも見事に歩き、俺達は本白神社の近くの公園、南公園へ向かった。けっこう広い公園なのは知ってたけど、あちこちに提灯吊るしてあって、広場に屋台が所狭しと出てると、夏祭り会場の顔になるなあ。人もけっこう来ていて、もう店に並んでる列がちらほらある。
『りんご飴食いたかったけど、まずはかき氷だなあ、暑い』
「俺もそうしようかな」
近頃の夏は、日が暮れても熱が残っていて暑い。暑いので、俺はTシャツにハーフパンツだ。浴衣のかわいい子と並んで歩く格好ではないな……。
出店の看板からかき氷を探し、二人で列に並ぶ。
『あ! カルピス味ある! これください!』
「レモン味ください」
座れる場所を探し、広場の隅のコンクリート壁が丁度座れる高さだったので、二人で腰を下ろした。
「おいしいね」
『うん! 祭りで食うと一味違う!』
祭り価格でもあるけど、これはもうしょうがないな。
周りを見ると、俺達と同じで腰を下ろしてたこ焼きを食べている人たちや、焼きそばを食べてる人たちもいる。時間が経つにつれて、広場にたむろする人達が増えてきた。
「あら! 千歳ちゃん! 和泉さんも!」
声をかけられて、そちらを見ると、星野さんがいた。隣には、星野さんの旦那さんと思しきおじいさんも。
『あ! 星野さん!』
千歳は立って星野さんに駆け寄り、俺も立って星野さんに挨拶した。
「こんばんは、いつもお世話になっております」
「あらー、お世話になってるのこっちよ、畑の手伝いまでしてもらっちゃって」
星野さんはカラカラと笑った。
『星野さん、デートか?』
「そうよ、ここまで旦那引っ張ってくるのが大変で」
星野さんの旦那さんは、気まずそうに咳払いをした。
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「母さん……そういうことはあまり大きい声では……」
「いーじゃない! せっかくあなたも完全退職したんだし! 残りの人生楽しまないと!」
……まあ、人生エンジョイしたほうがいいと思うが、おじいさんになって『デート?』と聞かれて気恥ずかしいのもわかる……。
ていうか、千歳がいつも星野さんにもらってるの、星野さんの旦那さんが作った野菜じゃん。お礼言っとかなきゃ。
俺は星野さんの旦那さんに話しかけた。
「あの、いつもおいしい野菜ありがとうございます。とても助かっております」
「ああ、いや、ついたくさん作ってしまうんだけど食べるのが追いつかなくてね、無駄にしないでくれて助かる」
星野さんの旦那さんは頷いた。それから、声を潜めて俺に聞いてきた。
「その、千歳ちゃんは、見た目ずいぶん違うようになったが、どういうことなんだい?」
あ、やっぱりそこ引っかかってるか……でも怨霊とかなんとか言うとややこしいことになるし、今この人が知らないということは星野さんも伝えてないんだろうから、千歳は特殊メイクとコスプレが趣味だからで押し切るしかないな。
「ええと、千歳は特殊メイクとコスプレが趣味で、すごくいろいろな顔かたちになれるし体格も変えられるんですが、今それをやると体がトラブルなのでお休み中です。あれがすっぴんです」
俺がしれっとそう言うと、星野さんの旦那さんは「そ、そうかい……」とあまり納得してなさそうな顔で言った。まあそうなるよな!
『なあ! 和泉! もっと腹に溜まるものも食べに行こう!』
千歳が呼ぶので、俺は千歳の方に行った。
「星野さんとはもういいの?」
『デートの邪魔しちゃ悪いだろ』
それはそう。
「んー、お腹にたまるものねえ。たこ焼き、焼きそば、お好み焼き……あ、トッポギもいいかなあ」
俺は目に止まった屋台の看板を指さした。
『トッポギ?』
「韓国料理。棒にしたお餅を甘辛ダレで炒めたの」
『あ、うまそう。チャレンジしてみようかな』
二人でトッポギ屋台の列に並んだ。甘辛いというのは、甘じょっぱいの意味ではなくて、スパイシーの意味なので、俺は自分の腹の弱さ的に食べようか迷ったが、店頭に【甘口】の札があったのでそっちを食べることにした。
千歳はなんのためらいもなく辛口を選び、ひとくち食べて『辛い! でもうまい!』と騒いだ。
「まあ、たまにはこういうのも新鮮でいいだろ」
『うん、うまい』
俺もトッポギをひとくちかじった。甘い醤油ダレに餅の弾力。うん、おいしいな。
『ワシ、あと、りんご飴と綿あめとたこ焼きと焼きそば食いたい』
「あっちにアメリカンドッグもあるよ」
『あ! それも食う!』
千歳はあちこちの屋台を回り、食べたいものをコンプリートした。俺も焼きそばとたこ焼きを一緒に食べた。
夏祭りなんて、何年ぶりかな。下手したら小学生以来じゃないか?
久しぶりの夏祭りが、浴衣姿の好きな人とで、その人が夏祭りを満喫してくれていて、俺はずいぶんと、幸せ者だな。
コメント
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夏祭りデート回、いいですね!江戸時代生まれだから浴衣はお手の物っていう千歳さんの台詞が最高です。朝顔の浴衣姿に「めちゃくちゃ似合う」と息を吐く和泉さんの感じ、すごく伝わってきました。星野さんの旦那さんに「特殊メイクとコスプレ趣味」で押し切る場面も思わず笑いました。屋台巡りで千歳さんが食べたいものをコンプリートしていく姿が可愛くて、久しぶりの夏祭りを好きな人と過ごせる幸せな空気がじんわり来ます。