テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
『偽りの無能、真の覚醒〜転生皇女はすべてを奪い返す〜』
歪む空間。引き裂かれる視界。
「リン!」というローゼマリー様の私を呼ぶ気高き声が、耳の奥で遠ざかっていく。
次の瞬間、私の身体は、冷たい大理石の床へと投げ出されていた。
「……っ、ローゼマリー様! アルベルト様!」
すぐさま起き上がり、手にした魔導ランタンの灯りで周囲を照らす。
しかし、そこにはお二人の姿はなかった。あるのは、どこまでも不気味に続く、見たこともない漆黒の回廊だけ。
空間そのものが魔王の闇の魔力によって完全に作り変えられ、私たちはバラバラに分断されてしまったのだ。
「落ち着きなさい、私。ローゼマリー様の専属侍女として、このような醜態は許されませんわ」
パッとエプロンドレスの埃を払い、呼吸を整える。
お二人の安否を確かめるため、まずは自身の影を伸ばして古城全体の索敵を行おうとした、その時だった。
「――え?」
私の背筋に、冷たい戦慄が走った。
いくら魔力を込めても、床に広がるはずの私の影が、ピクリとも動かない。
それどころか、ランタンの光が私を照らしているというのに、足元には私のアウトラインすら存在していなかった。
影の魔術の最高峰であり、かつて裏社会で「死神」と恐れられたこの私の『影』が、完全に奪われている。
これが、魔王ディルクが手に入れたという「世界の外側の闇」の権能。
私の最大の武器であり、四肢の延長でもあった影の魔術が、完全に封じられてしまったのだ。
◇
グルルルルル……。
絶望を噛み締める暇さえ与えてくれないのが、この迷宮の悪趣味なところらしい。
漆黒の回廊の奥、そして天井の裂け目から、おびただしい数の魔獣たちが這い出てきた。
それは、先ほどローゼマリー様の魔法すら受け流した、あの『黒い霧』を全身に纏った異形の眷属(けんぞく)どもだった。その数、数十、いや、数百。
「ククク……最強の皇女の可愛い飼い犬め。影を失ったお前など、ただの無力な人間だ。ここで無惨に噛み殺されるがいい!」
魔獣たちが一斉に牙を剥き、私に向かって獰猛に飛びかかってくる。
「影が使えないからと、舐められたものですわね」
私はフッと、おっとりとした笑みを唇に浮かべた。
たとえ魔法が使えなくとも、私は元最強の暗殺者。そして何より、ローゼマリー様に命を救われ、その美しさに魂を捧げた専属メイドだ。
「メイドたるもの、主(あるじ)の元へ駆けつける途中で、羽虫ごときに遅れをとるわけにはまいりませんの」
スカートの奥に忍ばせていた、無数の投擲ナイフを両手の指の間に挟み持つ。
影の補助がないのなら、純粋な肉体の技術だけで、この有象無象を屠るまで。
シュババババババッ!!!
暗闇を切り裂く、肉眼では捉えきれない神速の銀光。
私の手から放たれたナイフは、寸分の狂いもなく、飛びかかってきた魔獣たちの眉間を正確に貫いた。
「ギャンっ!?」
しかし、魔獣たちの動きは止まらない。
ナイフが命中した箇所から、おぞましい黒い霧が溢れ出し、傷口を一瞬で再生させていく。やはり、この世界の物理法則や通常の魔力では、彼らを完全に消滅させることはできないのだ。
「チッ……往生際が悪いですね」
私は回廊の壁を蹴り、天井へと跳び上がると、魔獣たちの頭上を華麗に舞いながら、次々と首の骨を折り、急所を突き刺していく。
常人離れした暗殺術のステップ。しかし、どれだけ倒しても、黒い霧の魔物たちは無限に湧き出し、じわじわと私の体力を削るように追い詰めてくる。
影がない。有効な打撃も与えられない。
気づけば私は、回廊の行き止まりの広間へと追い詰められていた。
背後は冷たい壁。目の前には、私を肉片に変えようと、不気味に蠢く数百匹の霧の魔獣の大軍。
「ここまで……でしょうか。いいえ、そんなはずはありませんわ」
肩で息をしながら、私は胸の奥にある、ローゼマリー様からいただいた温かい言葉の記憶を思い返していた。
『あなたのその手は、人を殺すためだけにあるんじゃないわ。私を守り、共に新しい未来を歩むための手よ』
私のこの命は、あの御方のためにある。
影を奪われようが、世界がひっくり返ろうが、私はローゼマリー様のメイドとして、絶対にあの御方の側へ戻らなければならない。
その強い執念と、主への絶対的な忠誠心が、私の魂の奥底に眠る「本当の魔力」の引き金を、ガチリと引いた。
「私は……絶対に諦めません。ローゼマリー様をお守りすることこそが、私の、最高のメイドの矜持(プライド)ですわ……!!」
リンが叫んだその瞬間。
彼女の身体から、これまでの漆黒の影の魔力とは真逆の、神々しいまでの『純白の光』が爆発的に溢れ出た。
◇
ドォン!!!!
広間全体を埋め尽くしたその光は、魔王の「世界の外側の闇」に対して、最も致命的な特効を持つ、極上の『神聖光魔法』だった。
「ギャァァァァァァァァァッッッ!?」
光に触れた霧の魔獣たちが、今度は再生することすらできず、まるで熱湯を浴びせられた雪のように、悲鳴をあげながら一瞬で消滅していく。
しかし、奇跡はそれだけでは終わらなかった。
リンが「ローゼマリー様をお守りしたい」と強くイメージした瞬間、その神聖な光の粒子が、彼女の頭上で無数の美しい『氷の薔薇(バラ)』の形へと結実していったのだ。
ねむ
74
#転生
コシ
103
耀聖(ようせい)
1,401
287
主の象徴である、あの美しくも高貴な薔薇の魔法。それが今、リンの忠誠心と共鳴し、彼女自身のオリジナル魔法として開花したのだ。
「――咲き誇りなさい。我が主を脅かす悪意を、全て薙ぎ払うために。――『聖華・光氷の薔薇(シャイニング・ローズ)』!」
リンが手を前に突き出すと、頭上に浮かぶ無数の光の薔薇が一斉に開花し、広間を埋め尽くしていた数百の魔獣たちへと、光の矢となって降り注いだ。
ズガガガガガガガッ!!!!
激しい光の爆発と共に、空間そのものを侵食していた黒い霧が、文字通り一瞬で完全に浄化されていく。
わずか数秒。圧倒的な数の暴力でリンを追い詰めていた魔王の眷属どもは、ただの一匹も残らず、光の塵となって完全消滅した。
光が収まった広間には、美しい光の粒子と、淡い薔薇の香りが漂っている。
「ふう……。少々、荒々しいお掃除になってしまいましたわね」
リンは自身の手に宿る、温かくも強力な光と花の魔力を見つめ、それからいつものおっとりとした笑みを浮かべた。
影を奪われた絶望の淵で、彼女は主への愛によって、魔王の闇を完全に打ち破る「最高の武器」を手に入れたのだ。
「お待たせいたしました、ローゼマリー様。今すぐ、あなた様の元へと駆けつけますわ」
メイド服の裾を上品につまんで一礼すると、
リンは新たな光の力を身に纏い、
歪む迷宮の奥深くへと、一切の迷いなく堂々と走り出すのだった。
コメント
1件
リン、めちゃくちゃカッコよかったですね……! 影を封じられた絶望の中、それでも主への想いで新たな力を引き当てる展開に胸が熱くなりました。特に「聖華・光氷の薔薇」で魔王の眷属を一掃する場面は、世界観の裏付けが効いていて爽快でした。伏線として「影の魔力」が単なる能力ではなく、彼女の魂の在り方と結びついていたんだな…と納得です。連載中とのこと、次が待ち遠しいです!