テラーノベル
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最初は、偶然だと思っていた。
廊下で立ち止まったとき。
階段を下りるとき。
教室を出たあと。
少し遅れて、同じ方向から足音が聞こえる。
振り返ると、美咲がいる。
目が合うと、軽く手を振ってくる。
それだけ。
それなのに、胸の奥がざわついた。
気にしすぎ。
そう言い聞かせて、私は前を向く。
クラスが違うから、話す機会は減った。
そのはずなのに、見られている感じだけは、増えていった。
その日の放課後、スマホが鳴った。
《今日、悠真と廊下にいたよね》
心臓が、はっきりと跳ねた。
《たまたまだよ》
指が少し震える。
打ち間違えないように、ゆっくり送る。
すぐに既読がつく。
《でも、話しかけられたでしょ。》
事実じゃない。
でも、否定する言葉がうまく浮かばなかった。
《話してないよ》
短く返すと、少し間が空いた。
その「間」が、頭の中をいっぱいにする。
怒ってる?
信じてない?
何て返せば、正解?
《七瀬さ》
次のメッセージは、名前から始まっていた。
《私、嫌なんだよね》
何が、とは書いていない。
でも、分かってしまう。
やはり正解してしまった。
《悠真の近くに、七瀬がいるの》
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
好きだった人。
今も、完全に何とも思っていないとは言えない人。
でも、それを口にしたことは、一度もない。
《誤解されるから》
《七瀬って天然だからさ、変に勘違いされやすいし》
天然。
また、その言葉。
優しく見えるのに、逃げ道を塞ぐ言葉。
私が一番嫌いな言葉。
《だから、もう悠真に近づかないで》
画面を見つめたまま、息が止まった。
それは、お願いじゃなかった。
相談でもなかった。
決定事項みたいな文。
私は、しばらくスマホを握ったまま動けなかった。
どうして、私が?
何もしていないのに。
でも、その疑問より先に浮かんだのは、別の気持ちだった。
――逆らったら、どうなるんだろう。
《分かったよー》
そう送ってしまった自分に、少し遅れて気づく。
既読がつく。
《ありがとう》
その一言で、全身の力が抜けた。
ありがとう、なんて言われることじゃない。
でも、拒否されなかったことに、ほっとしている自分がいた。
その日から、私は無意識に動くようになった。
悠真がいる場所を避ける。
たくさんの子がいるグループに近づかない。
廊下では、なるべく端を歩く。
話しかけない。
話かけられても必要最低限の会話で済ませる。
それでも、美咲からの連絡は減らなかった。
《今日、誰と帰ったの?》
《女の子だけ?》
《名前教えて》
名前、という言葉を見た瞬間、背中が冷たくなる。
《なんで?》
初めて、そう返した。
数秒後、返事が来る。
《心配なだけだよ》
その文のあとに、スタンプが一つ。
可愛いはずのキャラクターが、
なぜか、こちらを見張っているみたいに見えた。
学校で、美咲と目が合う。
笑っている。
でも、前みたいな笑顔じゃない。
私が誰と話しているか、
ちゃんと見ている目。
その夜、布団に入っても、スマホを手放せなかった。
電源を切れば楽になる、スマホなんてほっとけばいい。
そう分かっているのに。
切ったら、何が来るか分からない。
それが、怖かった。
暗い部屋で、天井を見つめる。
友達、ってなんだろう。
これが、普通?
私が、気にしすぎなだけ?
でも、胸の奥に溜まっていく重たい感じは、
どう考えても「安心」じゃなかった。
――このとき、私ははっきり思った。
怖い。
その感情に名前をつけた瞬間、
もう前と同じ場所には戻れない気がした。
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