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教室の空気が、じわじわと水を含むように濁っていた。
昼休み。誰も声を荒げることはない。けれど、遥と日下部の席のあいだに、必要以上の「空間」がある。椅子を引いた音一つにも、意味が込められる。
「……また、あのふたり、一緒にいるよな」
誰ともなく呟いたその声に、反応したのは数人。けれど、顔を見合わせることも、声を出すこともない。ただ、少し笑う。鼻先で。口の端で。
それが、肯定だった。
遥が立ち上がると、日下部も立ち上がる。
日下部が教室に戻れば、なぜか誰かが通路をふさぐ。遥だけが、後ろから足を引っかけられる。
誰が仕掛けたのか。誰が指示したのか。はっきりとした輪郭はない。
けれど、明らかに中心にいるのは蓮司だった。
蓮司は笑う。
あくまで「巻き込まれている」顔で、どこまでも無関係そうに、けれど一歩も外に出ない。
誰かが「ふたりってさ」と言えば、「……え、なにが?」と返す。
けれど、それは否定ではなく、ただ――炙っている。
「なんか、似てるよな、ふたりとも。言葉、少ないし。空気、止まるし」
「でもまあ、別に……いいけど」
「勝手に、いれば?」
その「勝手に」のあとには、何かが落ちる音がある。筆箱が倒れ、椅子がずれる。
誰かがぶつかってきたふりをして、遥の肘を押す。
日下部の教科書が、机から滑り落ちる。
「……拾わないの?」
蓮司が言った。誰にも聞こえない声で。遥の耳元で。
「それ、おまえの”セット”だろ?」
遥は、拾わない。
でも、日下部も拾わない。
床に落ちた教科書のページが、ゆるく揺れる。
誰も触れない。誰も声を出さない。
それなのに、全員が関与している。
昼休みが終わると、ふたりの机の上には、誰かがこぼした牛乳の染みがある。
日下部の椅子の脚は、さりげなくひとつだけ短くなっていた。
遥の椅子は、すこしだけ、引き出せないように机に押し込まれていた。
まるで――「おまえたちは、そこにいていいけど、立ち上がるな」と言わんばかりに。
そして蓮司だけが、その光景のすべてを、遠巻きに眺めながら、あくまで無関係な笑顔で、
遥のほうに、ほんの少しだけ、視線をずらす。
「……隣、いるじゃん。いいじゃん、ひとりじゃないんだし」
その言葉に、誰も笑わない。
けれど、笑わないという沈黙が、何より残酷だった。