「「お邪魔しまーす」」
「いらっしゃい」
新しいマンションに引っ越して、初めてぺいんとたちを招く。
「おー、結構広いな」
「ホントですねぇ、綺麗だー」
リビングに通してソファーに座るように促す。
「お茶出すね。コーヒーでいい?」
「何でもいいよ」
キッチンに立って準備をしようとしていたら呼び止められた。
「トラゾーさんこれ」
しにがみさんに紙袋を渡される。
「つまらないものですが…」
どうやら菓子折りらしい。
「友達なんだから、こんな気ぃ使わなくていいのに」
「いやいや、お招き頂くんだから手ぶらというわけにはいかないでしょ。受け取ってくれたら嬉しいです」
ね?と可愛い顔で言われたら断れない。
「じゃあ、…ありがたく頂きますね」
「トラゾー、俺からも」
今度は違う色をした紙袋をぺいんとに渡された。
「ぺいんともありがとう」
それを受け取って、一旦置かせてもらった。
「どうぞ、楽にして」
もう一度促して、ようやく2人は座った。
お茶の準備をしようとお湯を沸かす。
「そういえば、クロノアさんは?」
「ちょっと出かけてる。なんか、頼んでいたものができたらしくて、取りに行ってくるって言ってた」
お客さん用のカップを用意する。
俺の手の届きやすいところに物をクロノアさんが置いてくれていた。
そういう言わずのさりげない優しさも好きだなと思う。
「おいおい、妊娠中の新妻ほっといて旦那はどこほっつき歩いてんだよ」
一瞬の沈黙。
「…ぺいんとさん、言い方が親父くさいです」
「…なんかやだな、その言い方親父っぽい」
しにがみさんと同時に同じようなことを言う。
「親父じゃねーし」
そんな歳じゃねぇよと怒るぺいんとに吹き出す。
「はははっ!」
面白くて笑ってたら睨まれた。
「この人のことは置いといて、…それはそうと体調はどうですか?」
「うん、まだ大丈夫。気持ち悪くなったりも今んとこないし」
ほんの少しだけ膨らんだお腹を撫でる。
「いや、でも流石クロノアさんだな」
「?」
「一発で妊娠させるなんてな」
「!!」
ニヤニヤするぺいんとを逆に睨みつける。
「エロ親父」
「ぺいんとさんセクハラですよ、それ。クロノアさんに聞かれたら怒られますよ」
「聞こえてたよ」
「「うわっ⁈」」
猫みたいに飛び上がる2人にくすくす笑う。
「おかえりなさい、クロノアさん」
「トラゾー、ただいま。ぺいんと、しにがみくん、いらっしゃい」
「お、お邪魔してます」
「気配なさすぎだろ…」
「ごめんて。それより、ぺいんと」
にっこり圧のある笑みのクロノアさん。
「俺のトラゾーにちょっかいかけないでね?」
「!、す、すみません…。つい、嬉しくて…」
萎縮するぺいんとと、それ見たことかという顔のしにがみさん。
「分かってるって。冗談ではないけど、俺も大人げなかったね」
「いえ、ちょっと調子にのりました…すみません…」
「そうやってすぐ調子に乗るから痛い目見るんですよぺいんとさん」
「うざ」
「お前、ホントにムカつくな」
コントのようなやり取りに笑う。
やっぱり、みんなといるのは楽しい。
「ふふっ、楽しいな」
「トラゾーさんがまた可愛い顔して笑ってますよ、クロノアさん」
「トラゾーは何してもかっこいいし可愛いから、見てて飽きないよ」
そう言うとクロノアさんは手に持っていた箱を俺に渡してきた。
「はい」
「???、出掛けてたのってこれが理由ですか?」
「うん」
両手くらいの正方形の薄緑の箱。
綺麗に装飾されたそれ。
「開けてみて」
「?…分かりました」
水色のリボンのついた蓋を開ける。
「わっ」
俺の声に座っていた2人も近付いて箱の中を覗き見る。
「わぁ、綺麗」
「これって、クロノアさんとトラゾーの結婚式の時の花?」
「そうだよ。ほら、あのタクシーの運転手さんの娘さんにお願いしたんだ」
色々と迷惑とお世話をかけた運転手さん。
運転手さんの話とその家族の話を本人から聞かせてもらった。
式に呼びたいって、俺が言うとクロノアさんは微笑んで頷いてくれた。
断る理由もないよ、と。
寧ろ来て欲しかったから。
恐縮そうに出席してくれた運転手さんと、そんな運転手さんの背中を叩いている奥さん。
それを見て呆れながらも嬉しそうにしていた娘さん。
あぁ、なんて幸せそうな家族なんだろうと羨しく思った。
そんな心中を察したのか、クロノアさんに俺らも同じように幸せになろうねって言われたことは昨日のように思い出せる。
その娘さんがフラワーアレンジメントとかそういうのが好きだというのも栞をもらった時に知っていたから、恩着せがましくも俺からひとつお願いしたことがあった。
ちらっとリビングのテレビ横に置いてあるハーバリウム。
その中には俺が最後に吐いた白銀の百合が飾られている。
燃やしてしまおうとも思った。
けど、それをしてしまうには惜しいような気がして作り方を乞うたのだ。
自分の吐いたものではあるから気が引ける気もした。
それでも、残しておきたいと思ったから。
つらかったことも、悲しかったことも、嫌だったことも、嬉しかったことも、楽しかったことも、あたたかくて、色んな感情で泣いたことも。
それが全て詰まった想いの結晶。
カタチとして残したかった。
今は光に当てられて輝く百合を綺麗なものと思えている。
綺麗な箱に綺麗に詰められた花々。
「プリザーブドフラワーにしてもらったんだ」
「え、それ高いって聞きますけど、大丈夫だったんですか」
「うん。お金はいりません、寧ろ作らせてほしいって言われちゃってね」
目の前の箱に詰まった白や紫、ピンクの花たちを見る。
「ただ、その代わり赤ちゃんが産まれたら抱っこさせてほしいって言ってたよ」
「気が早いなぁ…」
幸せな気持ちでくすぐったい感じだ。
全然、嬉しい。
そこで沸かしていたお湯がカチッと音を立てた。
「あ、お湯が沸いたね。コーヒー淹れるよ」
ソファーに戻った2人にコーヒーを用意する。
クロノアさんにもコーヒーを淹れた。
「インスタントで悪いけど…」
「すみません、トラゾーさん、ありがとうございます」
「ありがと、トラゾー」
「俺、自分で淹れたのに…。ほら、トラゾーは座ってな」
ソファーまで引かれて座らされた。
「トラゾーはココアね」
「ありがとうございます」
棚からココアを取り出すクロノアさん。
いつもちゃんとカフェインの少ない物を選んで買ってきてくれている。
「愛されてんね」
「…俺には勿体無いくらいだけど、誰にもあげたくない。……俺のクロノアさんだもん」
ぽつりと小さく呟く。
「うんうん、トラちゃんも素直になりましたねぇ」
「クロノアさんに言ってあげたら喜ぶぜ?きっと」
「恥ずかしいからやだ」
「何の話?…はい、トラゾー」
ココアを渡されて、手に取る。
「ありがとうございます、クロノアさん」
「どういたしまして」
俺の隣に座ってコーヒーを一口飲む。
やっぱり様になってる。
「で?何の話してたの?」
「トラゾーが可愛いなーっていう話です」
「外に出したくないでしょう?クロノアさん」
「できればね。外に出したくはないかな」
俺を見て困った顔をしていた。
「トラゾー1人の体じゃないしね。外行く時は俺が必ず着いて行ってる。家に1人にするときも知らない人だったら絶対に出ないように言ってるし」
セキュリティのよいマンションではあるけど、成りすましてくる人もいるから宅配でもなんでもダメと釘を刺されている。
クロノアさんにお腹を撫でられた。
「それにほら、トラゾー痩せてから筋肉とか付きづらくなったでしょ?」
「まぁ確かに。身長はあっても、俺より細いんじゃねーの?」
花吐きも治ってご飯も普通に食べれるようになったけど、前みたい筋肉とかは戻ることはなかった。
「何かあってからじゃ遅いし。襲われかけてこと、まだ俺許してないし」
「ゔ…」
「まぁ、俺も悪いからね。……あのαは2度とトラゾーの前には姿見せないだろうからいいけど」
クロノアさんがあのαに何をして何を言ったのかは知らないし、知らなくていいと言われたから俺は聞くのをやめた。
「まぁまあ!いいんじゃないですか、トラゾーさんはトラゾーさんですし、根本は何一つ変わってないじゃないですか」
たまに一番男前なことを言うのがこの人だ。
「しにがみさん、ありがとう」
「だって、僕たちにとっても大事な人ですもの。誰よりも幸せになってほしいと願うのは当然のことです!」
にっこり笑うのにつられて俺もふっと笑い返した。
「しにがみさんもぺいんとも、俺の大事な人だよ」
「「ワァ…」」
「ん?ち◯かわ?」
某キャラクターのような声を出す2人に首を傾げる。
「クロノアさん、あんたホントに苦労しますね」
「これを素でやられたら、確かに注意もできないですね」
「分かる?大変なんだからね、マジで」
三者三様に溜息をつかれた。
「え、俺なんかした?笑った顔キモかった?」
「「「それはないわ」」」
「トラゾーさん、あなたホントにクロノアさんから離れちゃダメですよ。誘拐とかすぐされそう」
「優しいから道案内とかにホイホイ着いていきそうだもんな」
「俺のフェロモン纏わしてるからそうそう手を出してはこないと思うけど…ごく稀にいるんだよ、怖いもの知らずが」
「「あぁ…」」
肩を引かれて、体が密着する。
「わっ」
「こうやってくっついてても、近付こうとする奴らがいるんだよ。困っちゃうよね?…勝手に向こうが来て、俺的に優しく威圧すると勝手に怖がって逃げちゃうんだけどね」
「クロノアさんの圧に充てられたら、その辺のαは逃げ帰るでしょ」
「αだけじゃないでしょう。てか、そもそもの圧が強いんだから大抵の人は近寄るのも無理でしょ。…この世には怖いもの知らずという人たちも一定数存在しますからね」
置いてけぼりをくらう俺はココアを少しずつ飲む。
体の内側から温まる感覚に目を細める。
「あれだろ、人妻感があるから余計に変なのが寄って来ようとすんだろ」
左手薬指の指輪を指さされる。
「ほら、さっきの話。トラゾー筋肉つきづらくなったから、こう華奢じゃないけど…危うい感じ?が相まってちょっかいかけたがる輩がいんじゃねーの?」
「あー、なるほど。元々ギャップのあるトラゾーさんが更に可愛さ綺麗さマシマシになったらそりゃあ、ほっとかないでしょ」
いきなりクロノアさんに指を握られて、指輪の部分を撫でられる。
「っ!」
「誰にも渡さないけどね。俺のだし」
「「ワァ…」」
「ちい◯わ?」
「「「「…………ふっ、」」」」
クロノアさんも同じことを言って、顔を見合わせた4人同時に吹き出した。
リビングテーブルに置いたプリザーブドフラワーが半永久的に残るように、この幸せは永遠に続いていくと、ぺいんとも、クロノアさんも、しにがみさんも、俺もそう思った。
永遠に変わらない愛、変わらぬ心、途絶えない記憶、永遠の不変
おわり
コメント
4件
めっちゃほのぼのする!! いやほんと幸せすぎるハッピーエンドですよ、最高でした✨️ これからも投稿楽しみにしてます! (無理のない範囲で…)
微笑ましい最終回過ぎて嬉しすぎます(語彙力0)これからも無理がないように頑張ってください