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#初心者だからつまんないかも....
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編集者の女性とは色々あった。 けれど、彼女が持ち込んでくれた情報のおかげで、省吾の調査は少しずつ前へ進み始めていた。
そして不思議なことに、省吾が私の事件について知れば知るほど、私の身体に絡みついていた紐のようなものが静かに切れていく。
一本切れるたびに身体が軽くなり、行ける場所も増えていった。
今では近所の店や駅前あたりまでなら行けるようになっていた。
そんなある日、省吾は一人の女性に電話を掛けていた。
私は何となく隣で聞いていたけれど、相手の名前を聞いた瞬間、思わず声を上げてしまった。
結衣。
高校時代の親友だった。
編集者から紹介されたらしい。
どうやら翌日の午後、近くの喫茶店で会う約束をしたようだった。
「そうだ、結衣なら何か知ってるかも」
自分のことなのに、どこか他人事みたいに呟く。
事件のことももちろん気になる。
でもそれ以上に、私は結衣に会いたかった。
翌日。
省吾が出掛ける準備を始めていた。
時計は十三時二十分を指している。
待ち合わせは十四時。
きっと結衣のところへ向かうのだろう。
私も慌てて準備を始めた。
とはいえ、準備するものなんて何もない。
髪も整えられない。
服も着替えられない。
メイクだってもちろんできない。
それでも鏡の前に立つような気持ちになる。
今日は親友に会う日だから。
気分だけでも身支度を終えた私は、省吾の後を追って部屋を出た。
喫茶店まではそれほど遠くない。
問題は途中で限界が来ないかどうかだ。
最初は少し後ろを歩いていた。
見つからないように。
もちろん見つかるはずもないのに。
だけど歩いているうちに、だんだん横に並びたくなった。
恋人みたいなことをしたいわけじゃない。
ただ、お父さん以外の男の人と一緒に出掛ける経験なんてなかったから。
私はそっと省吾の隣へ移動した。
並んで歩いて初めて気付く。
大きい。
部屋で見ているだけの時には分からなかったけれど、こうして隣に立つと背も高いし肩幅も広い。
私よりずっと大人の男性なんだと実感する。
少し顔が熱くなった。
まるで恋愛漫画のヒロインみたいだ、と馬鹿なことを考えてしまう。
喫茶店へ到着すると、窓際の席に女性が座っていた。
私は思わず足を止める。
制服姿しか知らない。
一瞬誰だか分からなかった。
髪も伸びていた。
メイクもしていた。
屈託なく笑っていた少女は、いつの間にか綺麗な大人の女性になっていた。
でも。
笑った時に少し目尻が下がる癖だけは昔のままだった。
「結衣……」
声が漏れる。
もちろん届かない。
省吾は店内を見回した。
まだ結衣が分からないらしい。
私は力を振り絞る。
冷たい空気を揺らし、彼の意識を窓際へ向ける。
省吾が不思議そうに顔を上げた。
そして結衣を見つける。
「結衣さんでしょうか?」
「はい。桜庭さんですね」
二人は席に着いた。
私は少し離れた場所に座る。
意味はない。
それでも、昔みたいに三人で話している気分になりたかった。
省吾はノートに視線を落としながら、順番に質問を重ねていった。
高校時代のこと。
友人関係のこと。
私の性格のこと。
結衣は真剣に答えてくれた。
「澪は目立つタイプじゃなかったけど優しかった」
「困ってる人を見ると放っておけなかったかな」
「あと変なところで頑固だった」
「それは認める」
思わず苦笑する。
聞こえないけれど。
少し嬉しかった。
忘れられていなかったから。
結衣は少し考えてから、小さく笑った。
「雨の日に傘を忘れた子がいて、自分の傘を貸しちゃったこともありました」
「朝倉さんがですか?」
「その日、自分はびしょ濡れで帰ったんですよ」
「馬鹿だなって言ったら、困ってたからって」
結衣が懐かしそうに目を細める。
「そういう子でした」
省吾はノートをめくった。
「付き合っていた人はいましたか?」
結衣は首を傾げた。
「たぶんいなかったと思います」
「たぶん?」
「私が知らないだけかもしれないので」
「いや、いないって」
反射的に否定する。
恥ずかしくなった。
思い返してもそんな相手は一人もいない。
好きな人すらいなかった。
「そもそも恋愛にあんまり興味なかったよね」
結衣が笑う。
「ダンスのことで頭がいっぱいだったし」
「私は恋バナばっかりしてたんですけど、澪はいつも苦笑いしてました」
結局、事件の手掛かりになりそうな話はほとんど出てこなかった。
省吾の表情にも落胆が浮かんでいる。
「すみません。あまり役に立てなくて」
「いえ。十分です」
省吾が頭を下げる。
その時、結衣のスマートフォンが小さく震えた。
画面を見た結衣が少しだけ笑う。
「ごめんなさい」
そう言って通知を消した。
どこか柔らかい表情だった。
「このあと仕事があるので」
「ああ、お仕事中だったんですね」
そう言って立ち上がる姿は、高校時代に知っていた結衣とはどこか違って見えた。
けれど私はそれほど残念には思わなかった。
久しぶりに結衣に会えた。
それで十分だった。
喫茶店を出た後も、私はしばらく幸せな気持ちでいた。
省吾の隣を歩きながら、昔のことを思い出していた。
放課後に寄り道したこと。
どうでもいいことで笑い転げたこと。
そんな記憶ばかりだった。
その夜。
省吾は取材ノートを整理していた。
結衣から聞いた話をまとめながら、ふと手を止める。
私の事件。
そして架純さんの事故。
同じ日だった。
省吾はそのことが気になっているみたいだった。
二つの出来事に何か関係があるのだろうか。
私には分からない。
やがてノートを閉じたまま机に突っ伏す。
そのまま眠ってしまったらしい。
「省吾、風邪ひくよ」
優しく声を掛ける。
もちろん返事はない。
私は眠る省吾を見つめながら、昼の出来事を思い出していた。
結衣は大人になっていた。
社会人になって。
たくさんの出来事を積み重ねて。
そうやって今日まで生きてきたのだろう。
だけど私は違う。
あの日から何ひとつ変わっていない。
身体も年齢も。
時間さえも。
受け入れているつもりだった。
それなのに胸が苦しい。
気付けば涙がこぼれていた。
結衣は大人になった。
私はなれなかった。
それだけの事実が、どんな言葉よりも残酷だった。
コメント
1件
うわあ……この話、胸に来るものがありました。結衣に会えて、昔の話を聞けて一瞬だけ幸せな気持ちになれたのに、最後の「結衣は大人になった。私はなれなかった」という一文が、本当に残酷で……。自分の時間だけが止まっている感覚、想像するだけで苦しいです。でも、省吾が隣にいて、一歩ずつ前に進んでいるのが救いですね。